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14話 ユリアーナの使い魔



 アサリナの許可が出たことで、クルミは準備を始める。


 手順はナズナを作った時と同じだ。

 テーブルの上に魔法陣を書いた紙を置き、その上にこぶし大の魔石を乗せる。

 クルミが持つ魔石の中でもとびっきり良質なものだ。



「何をするの?」



 クルミの行動を興味津々に見ているユリアーナが問う。



「使い魔を作るのよ。ユリアーナちゃんと魔力が繋がった使い魔を作ることで、使い魔がユリアーナちゃんの内にある魔力を安定させてくれるわ」


「使い魔?」



 クルミ以外に疑問符が浮かんでいる。

 それもそうだ。使い魔は前世でクルミが考えた集大成。

 そんじょそこらの魔女に真似されるようなものではないと自負している。

 だが、知らない者にも分かりやすいように、ナズナをユリアーナの前に置いた。



「この子が使い魔よ」


「この鳥さんが?」



 じーっとユリアーナの目がナズナに釘付けとなり、ナズナが恥ずかしそうにする。



「いややわ。そんなに見つめられたら、わい恥ずかしいやんか」


「この子は魔石を元に作り出した魔法具みたいなものなのよ。生きているように見えるけど、生きてはいないわ。実際に心臓は動いていないでしょう?」



 確認させるために、クルミはユリアーナの手をナズナの胸の位置に誘導する。

 すると、ユリアーナはびっくりしたようにクルミの顔を見上げた。



「本当だ。ドクドクしてない」


「あらあら、私も確認させて」



 ユリアーナに変わってアサリナも手を伸ばし驚くと、エビネまでもがナズナの鼓動を確認する。



「あらまあ、ほんと。よくしゃべる鳥だと思っていたら魔法具だったのね」



 エビネは不思議なこともあるものだと言って、二人と同じく驚いている。



「使い魔は作成者に忠実な下僕であると共に、絶対に裏切らない相棒でもあるわ。作った使い魔をただの魔法具とは思わず、代わりのきかない友達として大切にしてほしいの。それが、使い魔を作る条件よ。できる?」


「友達?」



 真剣な顔でクルミが頷くと、きょとんとしていたユリアーナは嬉しさが込み上げてきたかのように頬を紅潮させていき、何度も頷いた。



「できる! 私の友達、大切にする!」


「よーし。じゃあ、作ろう。ユリアーナちゃんを護ってくれる友達を」


「うん!」



 これまでにない明るい表情のユリアーナを、クルミは微笑ましく感じる。

 女官しかやって来ないこの邸宅にいるユリアーナには、友達というもの自体が未知の存在だろう。

 けれど、きっとユリアーナならば大切にしてくれると確信している。


 しかし、その過程では、子供のユリアーナには少々頑張ってもらわねばならない。

 消毒した針を用意し、ユリアーナに手を差し出す。



「魔石にユリアーナちゃんが使役者であることを記録するために血が必要なの。ちょっとチクッとするだけだから我慢してね」



 そう言うと、目に見えてユリアーナの顔が強張る。



「針……刺すの?」


「指を少しだけね」


「痛い?」


「うーん。できるだけ痛くないようにするわ。それとも自分でする?」



 半泣きのユリアーナを見るに見かねてエビネが横から口を出す。



「か弱い姫様にそんなことを。他に方法はないのですか?」


「こればっかりは避けて通れないので……」



 クルミもできれば痛いことはしたくないが、使い魔作成のためには必要なのだ。



「姫様……」



 心配そうに窺うエビネの袖を引き、一歩前に出たユリアーナ。その顔は覚悟を決めていた。



「エビネ、大丈夫。お、お願いします……」



 声は震えていたが、一生懸命人差し指を差し出した。



「じゃあ、いくわよ」


「はい!」



 ユリアーナは必死で見ないように顔を背けて歯を食いしばっている。

 そんなユリアーナができるだけ痛くしないように素早く針を刺して、ぷくりと出てきた血を魔石に垂らす。



「はい、終わり」



 どうやら息を止めていたようで、大きく息を吐き出している。

 頑張ったユリアーナに、ご褒美として、先日帝都のお店で買った金平糖入りの小瓶をユリアーナに渡し、頭を撫でた。



「よしよし、頑張ったわね。痛いのはもうないから安心して」



 クルミがそう言えば、ユリアーナはほっとした顔をして、頑張ったよと訴えるように母であるアサリナの顔を見上げた。

 アサリナもそれに応えるように、優しい笑みでユリアーナの頭を撫でた。



「さて、次は魔力を流してみようか」


「魔力?」



 首をかしげるユリアーナに「この紙の上に手を乗せればいいのよ」と告げる。


 ユリアーナのように魔力を外に放出できない者は、魔法を使うことがそもそもできない。

 けれど、魔女は魔法陣によりその問題を解消している。

 魔法陣自体に、魔力を吸い取るように組み込んでいる。


 この辺りは精霊殺しの魔法にも組み込まれていたものだが、本来の使い方はユリアーナのような魔力過多症の者から適度な魔力を吸い取るためのものなのだ。

 念のため宮殿の広大な庭からリラを掘り起こして、この部分についての使用に問題ないかと問いかけたら、精霊殺しでないなら問題ないとのことだった。


 まあ、精霊殺しなんてものが生まれる以前から、魔力過多症の魔女が魔法を使用する際の魔法陣に使っていたので文句を言われることはないと分かっていたが、一応だ。

 後々、苦情が入ってきたら困るのだから。



「おっと、その前に忘れるところだった。魔力を流す時には、頭の中でできるだけ詳細な使い魔の形を想像しておく必要があるの。ユリアーナちゃんはどんな使い魔が欲しい?」


「えっと……」



 急に言われてもすぐに答えは出ないだろう。

 大事な相棒だ。クルミは気長にユリアーナの言葉を待った。そしてユリアーナの口から出てきたのは、ユリアーナらしいなんとも可愛い答え。



「ウサギがいい」


「とっても素敵ね」



 ユリアーナとウサギの組み合わせなど可愛いが氾濫しそうだ。



「じゃあ、ウサギの姿を思い浮かべながら魔法陣に手を置いて」


「はい」



 ユリアーナが恐る恐る魔法陣に手を置くと、魔法陣が強い光を発して、魔法陣の上にある魔石が姿を変えていく。

 そうしてできた使い魔に、目をキラキラさせていたユリアーナが次の瞬間には目を丸くする。

 それはクルミも例外ではなく。



「ウ……ウサギ? いや、リス……じゃなくて、ウサギ?」



 完成したのは、リスとウサギを足して二で割ったようなよく分からない生き物だった。



「ユリアーナちゃんの想像してたウサギってこういうのだった?」



 フルフルとユリアーナは全力で首を横に振る。



「ヤバい、またバグった?」


「主はん……。またかいな」



 ナズナに引き続き二度目である。



「よろしくっす。あっしを作ったのはあんさんっすか?」


「うん。ユリアーナです……」


「べっぴんさんっすね。野郎共が放っとかないっしょ? あっしが護ってあげるっすよ~」


「しかも、なんかしゃべり方もおかしいし!」


「そんな言い方ひどいっす。あっしの硝子のハートはボロボロっす」


「今度は念入りに確認したのよぉ! どこにそんな情報入ってるのよ!」



 クルミは魔法陣を一つ一つ確認し始めた。

 何せ、二度も過ちは犯すまいと、わざわざ数日かけて慎重に書いたのだ。

 おかしなカ所は絶対ないと自信満々の魔法陣だったのだ。



「なんでだぁぁ!」



 クルミは頭を抱えた。

 そんな時に聞こえてきた『ぐ~』という音。

 出所を探せば、それは今作ったばかりの使い魔から聞こえてくる。



「お腹減ったっす。何か食べ物欲しいっす!」



 クルミはめまいを感じる。

 使い魔の元となっているのは魔石であり、動力は使役者の魔力だ。

 つまり、食事を必要としない。

 だというのに、このウサギ擬きはユリアーナから金平糖をもらってポリポリ食べているではないか。

 あれはどこへ消えるのか。

 使い魔である。勿論消化器官などなく、排泄もしない。



「頭痛くなってきた」


「わいよりおかしなもんが爆誕しよったな」



 クルミはウサギ擬きを鷲づかみにし、ユリアーナへにっこりと笑みを向けた。



「ユリアーナちゃん、なんかとんでもないものができちゃったから、これは魔石に戻して作り直しましょう。それがいいわ、きっと」



 すると、ウサギ擬きがガーンとショックを受ける。



「ひどいっす! せっかくこの世に生まれてきたのにあんまりっす!」



 ポロポロと涙を流し始めたウサギ擬きに、再びクルミは気が遠くなる。



「主はん、こいつ泣いとりまっせ」


「なんで、使い魔が涙なんか出すのよ」



 繰り返すが、使い魔は生き物ではない。

 涙など生成されないはずなのだ。この涙はどこからきているのかクルミにも分からない。



「ユリリンはあっしがいらないんっすか?」


「ユリリン……」



 ユリアーナにウルウルした大きな目を向けているあたり、ユリリンというのはユリアーナのことらしい。

 勝手にあだ名を付けて呼ぶとは、なんとも厚かましい使い魔だ。


 最初は驚いていたユリアーナだが、涙するウサギ擬きにほだされかけているのが見て取れる。



「あの、お姉さん……。私、この子で大丈夫です」



 それを聞いたウサギ擬きはぱあと表情を明るくした。そして涙も止まる。



「本当に良いの? 作り直してもっと可愛らしいウサギにした方がよくない?」



 というか、これは自分が引き取って、どうしてこうなったか調べ尽くしたい気持ちでいっぱいだ。



「私が作った使い魔だから、どんな子でも私が最後まで面倒見る!」



 手を伸ばすユリアーナに、クルミは仕方なくウサギ擬きを手渡す。



「ユリリン、あっしの名前をつけてくれっす」


「えっとね、マロン! あなたを見た時すぐに思いついたの」


「可愛いっす! さすがあっしのご主人様はセンスがいいっす」



 喜ぶウサギ擬きとユリアーナを、クルミは苦虫をかみつぶしたような顔で見ていた。



「主はん、あれ放っといてええんか?」


「あんたが言うな。バグったのはナズナも一緒でしょ。まあ、おかげでユリアーナちゃんの魔力がウサギ擬きを通して消費してくれてるみたいだから少し様子を見るわ」



 ユリアーナに影響が出るようなら、ユリアーナが泣こうが取り上げざるを得ない。

 そうならないことを密かに願った。






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