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12話 病気の対処法



「皇帝の病気は限界まで隠されていたから、周囲はユリアーナを皇女と思っているが、知っている者は知っている。そして、不義密通した妃は本来なら斬首刑なんだけど、僕の母親ということで生かされることになったんだ。けれど、なんのお咎めもなしというわけにはいかず、あの辺鄙なところで監視の下に軟禁しているんだよ」


「監視なんてしてあった?」



 人の気配など全然しなかったと口にするクルミに向かって、シオンは口角を上げる。



「僕を誰だと思っているんだい?」 


「愛し子様でしたね……」



 精霊に監視をさせているということか。



「なるほどね。あの待遇には納得したけど、ユリアーナちゃんのことは納得してないわよ。不治の病だとしても、もっと医者に診せるとかすべきでしょう? 皇帝なら病気を調べるとかさせられるじゃない」



 放置などもってのほかだ。



「僕も何もしなかったわけではないよ。貴重な症例になるから今後の研究のためにもあの子を引き渡すように言ったけど、あの女が癇癪を起こしてね」



 仮にも妹になんたる言い草。クルミは頭が痛くなってきた。

 あんな純粋なユリアーナと兄妹と思いたくない。



「そんなの当たり前でしょうが。どこの世界に大事な子供を実験にするなんて言われて引き渡す親がいるのよ」


「さあね。僕は親の愛情を受けたことがないから分からないよ」


「私だって分からないわよ! でもオカンが同じように言われて、あなたは引き渡せるの!?」



 ビシッとアスターを指差す。

 シオンはアスターの顔をじっくりと見てから眉をひそめた。



「それはかなり胸くそが悪いね」


「そうでしょう!? ちゃんと分かってるじゃないのよ」



 ここでかまわないと言われなくて良かったと心の底から思う。

 やはりオカンはシオンにとって人間らしくいるための最後の砦なのだと実感した。



「オカンが同じ病気だったら、国中から医師を集めて治そうとするでしょうが!」


「確かにそうだね。だけど、ユリアーナはアスターじゃないから」



 天使のような微笑みを浮かべながら、なんという悪魔のような言葉。

 やはり魔王は魔王であったか。



「あー、もう。シオンに理解してもらうのは諦めたわ」

「それは良かった」



 妹なんてものはシオンにとってなんの意味もないのだろう。

 血の繋がらないアスターの方が、よっぽどシオンの重要な部分を占めている。



「ねぇ、オカン。シオンの教育の仕方間違えたんじゃないの?」


「それを俺に言ってくれるな。俺がこいつと顔を合わせた時にはすでにこんなんだった」


「オカンでも矯正不可だったわけね。これは重傷だわ。こんなんが皇帝でこの国大丈夫なのかしらね」


「側近達が優秀だからなんとか大丈夫だ。こいつが皇帝になった時、愛し子で本当に良かったと思ったよ。愛し子のおかげで深く政治には関われないからな。そうじゃなければこの国はこいつの玩具にされてたと思うと身の毛がよだつ」


「ひどいな、二人共。本人を目の前に言うことかい?」



 文句を言うシオンに、クルミとアスターはじとっとした眼差しを向けた。



「まあ、いいわ。シオンにどうこうする気がないなら私が治しちゃってもいいわよね?」


「好きにしたらいいけど、できるのかい?」



 その質問はクルミに対しては愚問であるが、少し問題がある。



「そこがちょっと難ありなのよね。シオンは精霊殺しっての知ってる?」


「知ってるよ。前までヤダカインの魔女達が使っていた魔法だね。確か、それが原因でクルミは前世で殺されちゃったんだっけ?」


「そうよ。かなりヤバい魔法だってことはすぐに分かったから使用を止めたらこっちがやられたわ。でも、その精霊殺しの元となった原型は、そもそも魔力過多症の症状を抑えるために私が作った魔法だったのよね」


「えっ、そうなの?」


「あくまで原型よ。それを精霊殺しにしてしまったのは弟子の方。私は危険性を理解したからすぐに手を引いたの。まさかその危険な方向に研究を続けてたとは思いもしなかったけど」



 ちゃんと研究資料を残さず処分しなかったのは前世のクルミの不始末だ。

 だが、弟子は自分と一緒に研究資料を見ていたので、処分していたとしても、精霊殺しはできあがっていた可能性は大きい。


 その魔法により、どれだけの精霊が失われてしまったかと考えたら、前世のクルミのしたことはとんでもない罪になる。

 だが、リディアもリラもクルミにその罪を問うことはなかった。



「クルミの言う難ありってのは、つまりその精霊殺しを使えたら症状を抑えられるってことかな?」


「そういうこと。だけど……」



 クルミが言葉を続けようとした時……。



『だめぇぇ!』


『だめなの!』 



 たくさんの精霊がクルミの前に集まってきた。

 そして、口々に駄目だと怒りをあわらにする。



『精霊殺しは使っちゃ駄目』


『だめったらだめなの!』



 必死に止めようとする精霊達にクルミは苦笑する。



「分かってるわよ。使わないわ」


『ほんとに?』


「ほんとに」


『絶対?』


「絶対よ」

 


 力強く頷けば、精霊達はほっとしたように散り散りになった。

 リディアによると精霊殺しはヤダカインから排除されたと言っていた。

 今さらそんな危険な魔法を掘り起こすつもりはなかった。

 けれど、そこで問題となるのは魔力過多症をどうするかだ。



「魔力過多症を抑えるにはもう一つ方法があるの。それが、使い魔なのよ」


「よく分からないんだけど、使い魔でどうにかなるのかい?」


「魔力過多症は、体の内に溜まった魔力が暴走する故に症状が出るの。でも、使い魔と魔力を繋げることで、使い魔が代わりに魔力を消費してくれるから内に魔力が溜まることがなくなるのよ」


「へぇ」



 シオンは感心しているようでいて、どうでも良さそうだ。



「さっき言った原型となる魔法が危険だと感じて、魔力過多症のため別の方法として考えたのが使い魔なのよ」



 まあ、元々はクルミが使い魔という存在を欲しかったからという理由が発端なのだが、これは魔力過多症の対処法となるのではないかと、両方の面を考慮して魔法陣を作り上げた。



「完成したと思ってたんだけど、できたのが……」



 クルミはなんとも言えない表情でナズナに視線を向ける。

 ぽっちゃり関西弁のオカメインコ。

 魔法陣のどこにもそんな情報入れていないのに、どうしてこうなったのか未だ判明していない。



「ふぅ……」


「主はん。わいの顔見て溜息吐くのやめてくれへんか。めっちゃ気分悪いわぁ」


「だって、完成したと思ったものが欠陥品だと分かった時のがっかり感ときたら……」


「わいは欠陥品とちゃーう! こんな愛らしいわいが失敗なわけないやろ!」



 翼をバサバサとはためかせて怒りを爆発させるナズナを軽くあしらう。



「はいはい、そうね。一応役に立ってるものね」


「一応やと!? めっちゃ役に立っとるやないかい!」



 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるナズナのくちばしを指で挟む。

 ムガムガ言っているナズナを無視してシオンに確認する。



「ということで、ちょっと予想外のものができちゃうかもしれないんだけど、ユリアーナちゃんに使い魔を作ってもらっても構わないわよね?」


「別に僕に確認する必要はないよ。……あー、でも、その病気と使い魔作成による症状の結果は書類にまとめておいてほしいな。宮殿の医師に見せたいから」


「了解。この病気に関することは前世の時からの資料もあるからそれも一緒に渡すわ。でも、帝国にはヤダカインの魔女もいるんでしょう? その人達ならユリアーナちゃんの病気のことも分かったんじゃないの?」



 先程クルミが言ったように、当時のヤダカインには何人も同じ病気の者がいたのだ。

 数千年も経てば、有効な治療法が完成しているかもしれないとクルミは思った。だが……。



「さあ、その辺のことは医師に任せていたから僕には分からないや」


「あなたねぇ……」



 いかにシオンがユリアーナに興味がないかを告げているようなものだった。

 非難を込めてアスターを見れば、申し訳なさげに肩をすくめるだけだ。

 ユリアーナのことに関して、シオンに何かを期待することは諦めた。



「もういいわ。ユリアーナちゃんのことは私がなんとかするから、後で文句言わないでよね」


「勿論だよ。好きにするといい」



 シオンに対して思うところはたくさんあったが、シオンの許可が下りたなら怖いものなしだ。

 誰にも文句は言わせない。



「よし、いっちょやるか!」


「わいは手伝わへんでぇ」



 先程のことをよほど気にしているのだろう。いじけたようにアスターの頭に止まった。

 しかし、それを許すはずもなく、強制連行する。




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