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11話 不義の子


 ユリアーナの状態が落ち着いたのを見計らって、クルミは本殿へと戻ると、その足でシオンの部屋へと向かった。



「ちょっと、シオン!」



 ノックもなく無遠慮に入る。

 皇帝であるシオンに対してそんなことができるのは、きっとクルミぐらいのものだろう。

 だが、さすがにマナーが悪いとシオンも苦笑する。



「クルミ、いくら君が僕の愛しい妃だとしても、ノックぐらいはしてほしいな」


「今はそんなことどーでもいいぐらいあなたに怒ってるのよ!」



 シオンはやれやれというように肩をすくめ横を見る。

 その視線の先には苦笑したアスターがいた。

 どうやら二人でお茶を飲んでいたようだ。



「アスター、君の娘なんだからちゃんと教育しとかないと駄目だよ」


「こらこら、いつから俺の娘になったんだ。それに、教育までは俺の仕事の範疇にないぞ」


「なら本当に養子縁組して娘にしてしまうかい? そうしたらどこの馬の骨ともしれない者を妃にするのは反対だと言ってる一部の貴族を黙らせることができるし」


「御免こうむる」



 アスターは腕で大きくバツを作った。



「クルミはどう思う?」



 いつもと変わらぬ笑みを浮かべるシオンに、今日ばかりは苛立ちが先立つ。

 怒りに任せ、両手をテーブルに叩きつけた。

 さすがにここまですればクルミがご機嫌ななめなことが伝わったようで、二人は目を丸くする。



「どうしたんだい、クルミ? 何か怒ってる?」


「ええ、怒ってますとも。あなたユリアーナちゃんのあの状況はなんなのよ! 知らないとは言わせないわよ!」


「ユリアーナ?」



 シオンはきょとんとした顔をした後、ひどく冷めた表情を浮かべた。



「ああ、あの子のことか」



 聞いたことのないシオンの冷たいその声に、クルミはそれまでの勢いをなくす。



「……妹なのよね?」


 

 自信がなくなるほどにシオンからは感情が見えなく、クルミの声は小さくなっていく。

 いつも良くも悪くも笑顔を絶やさないシオンが、今はなんの表情も浮かべていない。そこにあるのは『無』だった。

 こんなシオンを見たのは初めてのことで、クルミはわずかに動揺する。



「そうだね。一応妹だ。残念ながら」



 その言葉の中にはユリアーナへの関心も親しみも感じられなかった。血の繋がった妹だというのに。

 冷静になったクルミは、シオンの向かいの椅子に座る。



「あなたの母親はアサリナ様って方で合ってる?」


「合ってるよ」


「ぶっちゃけ聞くけど、仲悪いの?」



 シオンを化け物と口にしたアサリナと、今のシオンの反応を見てそう思ったのだ。

 その遠慮のなさにアスターは焦りを見せながらシオンの顔色を窺ったが、シオンは逆にクスクスと笑った。



「本当にぶっちゃけるね。僕を前にそんな率直にあの女のことを聞いてきたのはクルミが初めてだよ」



 母親をあの女呼ばわり。

 それだけで良好な関係でないことが分かる。



「仲が悪いかと聞かれたら、良くないと答えるしかないだろうね。向こうが一方的に嫌っているんだ。僕が息子であることは吐き気がするほど嫌なのだそうだよ」



 結構きついことを淡々と答えるシオンに、クルミは頬杖をついて問う。



「アサリナ様ってもしかして魔力ない?」



 魔力がないということは精霊が見えないということ。

 精霊に守られたシオンの姿は恐怖の対象ともなり得ることをクルミはよく分かっていた。



「そうだよ」


「じゃあ、しょうがないかぁ」



 その軽い調子にシオンの方が驚いた顔をする。



「随分軽いね」


「私も親とは似たようなものだしねー」


「そうなのかい?」



 シオンは目を大きくする。

 そういえば地球にいた両親のことを話したことはなかった気がする。



「私が育ったあっちの世界ではね、精霊が見えないのが普通なのよ。十八年あっちで暮らしたけど、最後まで精霊が見える人には出会わなかったわ。そんな中で精霊が見えているなんて言ってみなさいよ。どうなるか分かるでしょう?」


「相当気味悪がられるだろうね」


「その通り。こっちの世界なら魔力持ちだと喜ばれたかもしれないけど、残念なことに庇護してくれるはずの親からは完全に化け物扱いよ。面と向かって気持ち悪いって嫌悪をぶつけられることも日常茶飯事だったんだから」



 クルミは当時を思い出して深い溜息を吐いた。

 しかし、そこにはあまり深刻さは感じられない。クルミはとっくに諦めているのだ。

 さらに言えば、こっちの世界に来た時点で関係の修復は不可能になった。悩むだけ無駄というもの。



「それは災難だったねぇ」



 シオンは同情するような言葉を発しつつも楽しげな顔をしている。

 同志を見つけたとでも思っているのだろうか。



「だから親の愛情なんかに期待しないし、仲良くしろとも言わないけど、ユリアーナちゃんは別でしょう。あんな魔力過多症の子をほったらかしにしてるなんて、人としてどうかと思うわよ」


「魔力過多症?」



 シオンだけでなくアスターまで不思議そうにする。



「ユリアーナちゃんの病のことよ」


「それは初耳だ。ユリアーナは原因不明の不治の病と聞いているけど、クルミはあの病気を知っているのかい?」


「前世で少し研究していたのよ。何故か分からないけど、この病気は精霊に好かれない私みたいな人がなることが多いのよ。前世で一緒にヤダカインに渡った魔女の中にも何人かいたしね」



 魔女の始まりはそもそも、精霊に好かれなかった者達の集まりだ。

 その中で魔力の多い者は高確率でこの病気を持っていた。

 幸いクルミはこの病気にはならなかったが、同胞の病気をなんとかすべく、研究をしていた。



「ユリアーナちゃんも精霊に好かれない体質なんじゃないの?」


「さあ? そうなのかな?」



 その興味のないシオンの返しに、クルミはがっくりする。



「シオン、あなた……。妹のことでしょうが! 母親は仕方なくても、妹のことぐらいもうちょっと興味持ちなさいよ。しかも仲悪いからってあんな人の来ない寂しい所に追いやるなんて、お姫様に対して不憫すぎるでしょうが!」


「あぁ、それは違うよ」 


「どこがよ!」


「ユリアーナが姫だということだよ」



 クルミは首をかしげた。



「だってあなたの妹でしょう? それなら皇女様じゃないの?」


「いいや。ユリアーナは同じ母親を持つ妹だが、父親は前皇帝じゃない。それ故に皇女ではないただの平民だ」


「……はっ!? えっ、ちょっと意味が分からないんだけど」



 理解できないクルミに、シオンは先程と同じ表情を浮かべた。

 ひどく冷めた、血の通わない顔を。



「早い話が不義密通。皇帝の側妃でありながら、皇帝以外の者と情を交わしたことにより産まれたのがユリアーナだ」


「で、でも、エビネさんって人はユリアーナちゃんのこと姫様って……」


「そんな不祥事広めるわけにはいかないだろう? だから、このことを知っているのは一部の者だけだ」


「勘違いじゃなくて?」


「あの女がユリアーナを妊娠した頃には、とっくに皇帝はベッドの住人だった。それなのにどうやってユリアーナを授かると言うんだい? そもそも、精霊がそれを証言している」


「オーノー」



 それ以上の言葉が出てこない。

 精霊は決して嘘を吐かない。なので、精霊がそう言ったならそういうことなのだ。





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