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10話 ユリアーナの病気



「それは皇帝陛下のご命令です。ご生母をこのような場所に追いやってしまわれるのか、私のような者には理解できませんが、きっと何か理由があってのことなのでしょう」


「けど、この扱いはさすがに文句言った方がええんとちゃう?」


「こら、ナズナ」



 これ以上口を開かさないために、くちばしを指で挟む。



「誤解があるのです。皇帝陛下もいずれきっと……」



 言い訳のようにも聞こえるエビネの言葉を、アサリナの悲鳴のような声が切り裂くように遮った。



「止めて!」



 隣に座るユリアーナがビクリと体を震わせる。



「あの子の話は止めてちょうだい。あんな化け物のことなんて聞きたくないわ!」


「も、申し訳ございませんっ」



 エビネはオロオロとうろたえる。



「化け物って……」



 とても親が子供に向かって言う言葉ではなく、クルミは顔をこわばらせる。

 だが、そういえば自分も親から似たようなことを言われていたなと思い出せば、そう大きな問題ではないなと、何事もなかったかのようにお菓子を頬張った。



 さすが宮殿の料理人の作るお菓子はほっぺが落ちそうなほど美味しい。

 横を見れば、アサリナの癇癪に手を止めてしまっているユリアーナがいて、クルミはベリーで作られたマカロンをユリアーナの口に持っていった。


 きょとんとした顔をするユリアーナに「これ美味しいから食べてみて」と言って、無理矢理口に押しつける。

 素直にパクリと口に入れたユリアーナは幸せそうに顔を緩める。



「くっ、可愛い……」



 こんな可愛い子がシオンの妹だとか詐欺だなと思いながら、クルミはせっせとユリアーナを構い倒す。

 身長が小さいだけでなく、体も痩せているユリアーナが気になって仕方ない。


 これは後でシオンに抗議せねばならないなと考えつつ、空気の凍る中、我関せずという態度を崩さないでいると、突然ユリアーナが胸を押さえて苦しみだした。



「うあ、うぅ!」


「えっ、どうしたの!?」



 突然のことに困惑するクルミは、お菓子を食べさせすぎたかと動揺する。

 椅子から崩れ落ちるユリアーナをとっさに支えれば、ユリアーナの体がひどく熱い。

 顔も真っ赤になっており、何が起きたか分からないクルミを押しのけて、エビネがユリアーナを抱え上げる。



「発作ですね、ユリアーナ様!」



 ユリアーナを抱えて隣の部屋へと行ったエビネの後をクルミも心配そうに付いていくと、そこは寝室のようで、ユリアーナをベッドに寝かせていた。

 その合間もユリアーナは苦しそうにしている。

 だが、エビネも、そしてユリアーナの母であるアサリナも、ただ見ていることしかしない。



「医者は呼ばないの!?」


「……呼んでも意味はありません」


「どういうこと?」



 エビネはつらそうな表情でユリアーナの手を握っていて、その手は食い込んだユリアーナの爪により血がにじみ始めていた。

 それはユリアーナがどれだけ苦しんでいるかを物語っているようだった。 



「お医者様からは治療法がないと言われたのよ」



 言葉を発したアサリナを見れば、彼女もまた悲しげにユリアーナを見ている。



「魔力のない私にはよく分からないんだけど、ユリアーナは人より魔力が多いんだけど、それを外に出す器官が機能していなくて、魔力を外に出せず体の中で暴れるのですって。宮殿の医師でも治療法が分からない原因不明の病らしいの。できることはただ魔力が落ち着くのを待つしかないと……」


「ですから、お医者様を呼んでも意味はないのです」



 つらそうにする二人の前でクルミの記憶に何かが引っかかった。



「魔力が放出されず体の中で暴走……って、それ魔力過多症じゃないの!?」



 そう叫んだクルミに、エビネの眼差しが勢いよく向けられる。



「あなたはこの病気のことを知っているのですか!?」


「知ってる……かもしれない。ちょっとユリアーナちゃんの状態を見させて。私の言う魔力過多症なのか判断したいから」


「は、はい!」



 エビネはすぐにユリアーナから離れて場所をあけてくれた。

 クルミはユリアーナの額に手を乗せ、次に首筋、胸、お腹、足へと手を乗せていく。

 そこに感じる魔力の流れ。



 魔力を持つ人はそもそも普段から微量の魔力を放出しているものだ。

 けれど、中には内に籠もったままになってしまう人がいる。

 それは魔力量の少ない人や亜人のように肉体の丈夫な人ならば、体に大きな影響は与えない。生きる力へと変換してしまうからだ。


 けれど、魔力の多い者はその変換が間に合わず、行き場を失った魔力が内で暴れ回ってしまう。

 そうなると、ひどい熱となって体に変調を起こす。だがその熱は防衛反応だ。熱を出すことでわずかずつ魔力を消費していき、内にある魔力を正常に戻すのだ。


 逆を言うと、魔力が消費されるまで熱が続いてしまう。



「普段、発作が起きると熱はどれぐらい続くの?」


「早い時で一週間。ひどい時には二、三週間です」


「相当魔力が多いのね」



 ユリアーナの体が小さな理由が分かった。

 こんな熱がずっと続けば、体力は消耗し、食事を取るのも難しくなる。

 栄養が足りなければ成長するはずがない。



「ナズナ、紙とペンちょうだい」


「はいな!」



 クルミの空間から紙とペンを出してベッド横のサイドテーブルでクルミは魔法陣を書いていく。

 その様子をハラハラと見守るアサリナとエビネの前で、完成させた魔法陣の書かれた紙をユリアーナのお腹に乗せた。


 そして、人差し指を紙に置いて魔法陣に魔力を流していくと、魔法陣が光り、次の瞬間にはぼっと炎を上げて紙が燃え尽きた。



「きゃあ!」



 突然の炎にエビネが悲鳴を上げる。

 しかし、ユリアーナの様子を見てみれば、荒かった息づかいが規則正しくなっており、額に手を乗せて確認すると熱も下がっていた。

 その様子にほっと息を吐くアサリナ。


 そして歓喜に震えながらクルミに「ありがとうございます。ありがとうございます!」と感謝の言葉を口にしながら手を握った。



「とりあえず応急処置です。また発作は起こるでしょう」


「治らないのですか?」



 方法は……ある。

 だが、クルミはそれを明言しなかった。



「少し時間をいただけますか? 考えてみます」


「よろしくお願いします!」



 期待に満ちた目を向けるエビネの近くで、アサリナは暗い顔をしていた。

 普通はエビネのような反応をするのではないかと思ったクルミはわずかな違和感を持った。





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