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7話 観光



 そうして、初めて許可を得て宮殿の外に出たクルミは大きく息を吸った。



「ああ、シャバの空気は美味いですなぁ」


「ほんまやなぁ」


「こらこら。誤解を招くような言葉を吐くな。まるで宮殿が監獄みたいに聞こえるぞ」


「似たようなものでは? 私が何回宮殿を出ようとしたかオカンは知ってるでしょうに」



 散々逃亡企てては阻止されているクルミを知るアスターも、それは否定できないようで、なんとも言えない顔をした。



「それで、観光と言うが、クルミは何をしたいんだ?」



 話題を変えるように話すアスターに、クルミは笑顔で即答する。



「それは勿論、美味しいもの食べて、町を歩いて、買い物をする!」


「わいはキラキラしたものが欲しいなぁ」


「ずいぶん範囲が広いな。とりあえず帝都で一番賑やかな中心地に行ってみるか」


「うん。オカンに任せる」



 案内してくれるアスターについて歩くクルミは、物珍しそうに町の様子を窺った。

 きょろきょろと見回していて、完全にお上りさんだ。

 以前リラの協力で脱走に成功した時は、早く帝国から逃げることばかりを考えていたので、ゆっくりと町を見る余裕はなかった。


 だが今回はちゃんとシオンの了承の元の外出である。追われる心配をする必要はない。

 なんと気分のいいことだろうか。

 道の真ん中で「自由だー!」と叫びたいぐらいである。


 アスターによると、宮殿に近いほど土地が高く、中心部に続く大通りには高級店が並んでいるようだ。

 それ故、歩いている人達も服装からして品があり身なりが整っているように感じる。


 店を見ていくかと聞かれたが、クルミが行きたいのはそんな敷居の高い店ではない。

 もっと大衆が喜んで入るような一般的な店が見たいのだ。



「そういえばオカンの家はどの辺りにあるの?」


「貴族街は宮殿を囲むように並んでいて、高位の貴族ほど北側にある。俺は北より西だな」


「へえ、つまりオカンの家はそれなりに高位の貴族ってこと?」


「まあな。愛し子の護衛に選ばれるぐらいには地位が高い。代々皇帝に仕えていて歴史も古いしな」


「ふーん」



 クルミはじーっとアスターの顔を見る。



「何か言いたそうだな」


「貴族に見えないって言われない?」


「くっ……よく言われる」



 アスターは悔しそうに否定しなかったが、クルミは納得だ。


「やっぱり」


「これでもちゃんと貴族として教育は受けてるんだぞ!? 何が違うっていうんだ!」



 恐らく気にしているのだろう。アスターは声を荒げる。



「生活臭というか、オカン感? がにじみ出てるっていうかさ」


「オカン感ってなんだ!?」


「わい、なんとなく分かるわー。オカンからはオカンが常に染み出してるねん」


「そうそう」


「だから、なんだそれは!」



 そう怒鳴られても表現がしづらい。



「やっぱり昔からシオンの子守りしてるからじゃない? あの魔王のお世話なんて苦労が偲ばれるわよね。ちゃんと信頼関係が成り立ってるのが奇跡よ。さすがオカン」


「褒められてる気がしないのは気のせいか?」


「十分褒めてるって。私なら断固拒否するわ」



 クルミなら大金を積まれたって嫌だと即答するだろう。

 アスターが国外逃亡していないのが不思議なくらいだ。



「そりゃあ、確かにあいつには昔から苦労はかけられたが、悪い奴じゃないだろう? なんか放っておけないんだよ」


「その心こそまさにオカンがオカンたる所以よ。オカンがいなかったらきっとシオンは今以上の魔王と化していたと思うわよ。つまりオカンは世界を救った勇者。胸を張ってこれからもシオンの面倒をよろしく!」



 ぐっと親指を立ててアスターを激励するが、要は面倒ごとが起きたら対処は任せたと丸投げしているにすぎない。

 アスターは深い溜息を吐く。



「……どこかにこの役目を押しつけられる奴いないかな」


「無理じゃない? シオンが許さないもの。シオンはオカンのこと大好きだから。逃げようとしたらそれこそ私みたいに精霊使って宮殿から出してもらえなくなるわよ? 今は逃げる気ないから外にも出してくれるけど」


「……ちょっとクルミの気持ちが分かったかもしれない」



 なにやら落ち込むアスターの肩をポンポンと優しく叩き、帝都の中心部へと足を進めた。

 そこは想像以上の賑わいをみせており、活気に溢れていた。



「おお~、すごい人」


「迷子にならないように勝手に歩き回るなよ」


「はーい」



 アスターから離れないようにしながら、アスターのお薦めの店を見て回る。

 よほどこの辺りに来ているのか、アスターは店の人からよく挨拶をされている。



「おや、アスター。そっちの子はあんたの彼女かい?」


「ばっ! そんな怖ろしいこと言わないでくれ!」


「なんだい、違うのか。残念だねぇ」



 貴族と本人は言い張っているが、アスターの性格もあるのだろう。庶民の人達と普通にじゃれ合っていても違和感がない。


 そして、アスターの薦める店はどれも当たりだった。

 クルミは、魔法具で得た報酬を使い切る勢いで大人買いしていく。

 かなりの量となったが、空間に入れればまったく問題はない。

 空間の中は時間が止まっているので食べ物が腐る心配もないので便利だ。

 ぽいぽいと投げ入れていくクルミを、店のおばさんが呆気にとられたように見ている。



「あらぁ、あんた魔力持ちかい? 羨ましいねぇ。私も持ってたら色々助かるのに」



 そう、残念そうに頬に手を添える。



「やっぱり魔力持ちは少ないですか?」


「そうだね、帝国は人間が多いから。亜人と比べて人間は魔力を持ってる者が少ない上に、幸運にも恵まれた人は大抵宮殿に勤めるから、普段会うこともないし。でも帝都は他国からの観光客で亜人も来るから、魔法を使える人はまだ多い方だよ」


「そうですか」



 それだけを言って店を出る。

 多い方とは言うが、やはり周囲を見回しても人間ばかりで亜人や獣人の姿は見られない。

 まあ、獣の部分を残す獣人と違い、亜人はほぼ人間と変わらない姿なので、一目で見分けることはできないが。



「ねぇ、オカン。帝国では亜人に差別意識があったりするの?」


「まったくないと言いたいところだが、人間ではない者達に嫌悪感がある国民は多少なりともいるな。だが少数派だ。さっきの店のおばさんも言っていたが、帝都では他国から観光客がたくさん来るから、差別なんてしていたら商売にならないさ」


「つまり、帝都から離れた辺境なら差別も強いと?」


「残念ながらそうだな。だから多くの亜人は帝都や、クルミが逃げたことがある隣の港町に集まってくる。港町は他国との交易が盛んで、帝都より寛容だからな」


「ふーん。差別意識はどこにでも転がってるわけね。竜王国でもあったし」



 その際たるものが魔女だ。

 多種族が集まった竜王国でも魔女は特に煙たがられた。


 しかし、違うこともある。

 前世でクルミがいた竜王国は数千年前なので今はどうなのか分からないが、クルミがいた頃は人間より亜人や獣人の方が多かった。

 魔法もそこら中で使われていたし、建国の際にはそれが大いに役立てられた。


 しかし、いくつかの店を見回ってみたところ、魔法が使われている形跡はない。

 それ故だろうか。人はたくさんいて賑わっているが、数千年前の竜王国の生活レベルと比べても、少し遅れているように感じる。

 シオンが魔法具を広めたいわけである。


 気になったのは町の臭い。

 下水のような臭いがするが、浄化の魔法が使えないのだ。必然とそういう臭いがするのは仕方のないことだろう。


 それでも、帝都はまだましなのだとアスターは言う。

 帝都では定期的に、宮殿の魔法が使える者が浄化の魔法で町の清掃をしているというのだ。

 帝都だからこそできることで、魔法を使える者の少ない町でどうかは考えるまでもない。


 クルミは人々の生活を見ながら、早急にどんな魔法具が必要かを考え始める。



「やっぱり浄化の魔法具は必須そう。ねぇ、オカン。帝都ではお風呂とかどうしてるの?」


「貴族は自分の部屋ごとに浴槽を持ってるのが普通だ。何故か貴族は魔力持ちが多いから熱い湯を用意するのに苦労しないからな。それか浄化の魔法を使っている。だが庶民でそんな魔法が使える者は少ないから、風呂屋へ行くのが一般的だな。もしくは、魔法を使える者が浄化の魔法で商売していたりする。だが、魔力が無限にあるわけではないから、魔力がなくなったらその日は店じまいだ。金を払えない者はどちらも使えない」


「そうなんだ」



 浄化の魔法を商売にしていた者は竜王国でもいた。竜王国でも魔法の使えない人はそれなりにいたから。

 清潔を保つことは病気を起こさないことにも繋がる。

 これは早急に普及させた方がよさそうだ。

 そのためにはやはり研究しかない。

 宮殿内に置いた、いくつもの浄化の魔法具に使っている魔石の消耗をできる限り少なく収める。

 そうすれば帝都に置き、さらには辺境にまで回せるようになるだろう。


 だが、そうなるとそれまで浄化の魔法具がないことで商売ができていた人達が生活に困るだろうが、その辺りはクルミの領分ではない。

 皇帝であるシオンの管轄だ。


 クルミはよりよい魔法具を作るだけである。

 アスターの案内でたくさん帝都を堪能したクルミは、再び研究部屋に籠もる日が続くのであった。

 




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