5話 親方
単純なデザインなので、あっという間に作ってしまった木箱をタンジーが弟子達に運ばせて持ってきた。
クルミの周りには、タンジーが作っている間に書いていた魔法陣がある。
「それを魔法陣の真ん中に置いて」
言われるままに箱を置いた弟子達を魔法陣の外に出す。
そして、箱の上に鉄を置いて魔法陣に魔力を流すと、鉄が溶け出し、箱をコーティングするように薄く伸びた。
「おお!」
「あんなこともできるのか!」
タンジーとキルタンサスは驚きと共に感心した様子で声を上げる。
特に金属を扱うキルタンサスの目の輝きは強い。
クルミは蓋を開けて、ちゃんと中まで鉄でコーティングされているのを確認してから、蓋の内側にあらかじめ彫っていてもらったくぼみに、浄化の魔法を刻んだ魔石を入れた。
効果を試すために調理場から借りてきた、汚れのこびりついた大きな鍋を中に入れて蓋をすると、三秒と経たぬ内に蓋を開ける。
そこには綺麗に汚れが落ちた鍋だけが残されていた。
「おー、こりゃすごいな」
「ピカピカじゃねぇか」
親方二人だけでなく、弟子達も箱を覗き込んで驚いた顔をしてる。
一方のクルミは満足そうに腕を組んだ。
「ちゃんとできてるわね」
これならばキッチンの仕事も少しは楽になることだろう。
だが、クルミが考えていたのはこれだけではない。
「キルタンサス、頼んでたものできてる?」
「ああ。できてるぞ」
移動するキルタンサスの後についていくと、建物の入り口を入ってすぐ横にポールハンガーのような円形の土台の棒が置いてあった。
クルミはポケットから手のひらサイズのベルを取り出し、先に紐を付けると、ポールに取り付けた。
「それなんなんだ?」
クルミからこういうのが欲しいと作ったはいいものの、なんのための道具か知らなかったキルタンサスが不思議そうに問う。
そんなキルタンサスや他の職人達を見回し、クルミはビシッと指差した。
「前々から言おうと思ってたんどけど、あなた達汚いし汗臭いのよ! ちゃんとお風呂入ってるの? 男ばっかりだから身だしなみに気を遣わないのかもしれないけど、これからは私もちょくちょく出入りするつもりなんだからせめて汚れを落としてちょうだい!」
若い弟子達はクルミの言葉に深いショックを受けて落ち込んでいたが、親方達は違う。
「ああん、そんなの黒猫様に言われることじゃねぇよ!」
「汗は男の勲章だぞ! こちとら一生懸命働いとるんじゃ!」
開き直る親方二人の言い分も分かる。
ここには鉄や硝子を加工するための炉があったりと、窓を開けていても中はかなり暑い。
汗をかくのは当然だし、作ってるものによっては汚れも酷いので、最初からよれよれの服しか着ない。
そんな中でも一生懸命働いている彼らを尊敬する。……が、それとこれは別物だ。
「タンジー。あなたこの前お孫さんを抱っこしようとしたらくちゃいから嫌って拒否られたらしいわね」
ビクッとするタンジー。
「キルタンサス、あなたは何度も女官長から身だしなみをちゃんとしろと叱られてるのよね」
キルタンサスはそっと視線を外した。
「汗だくになって手にタコを作りながら仕事をするあなた達を尊敬するけども、女官達からもここの職場は不評よ。宮殿の職人は高収入なのに、臭いし汚いからあんまり近寄りたくないって、宮殿内の旦那にしたい職業ランキング最下位だという自覚を持ちなさい!」
「えっ、なにそのランキングぅ!?」
「そんなのあるの!?」
初耳らしい若者が手を止めクルミを見てざわざわする。
「いや、確かに他の職種の奴らは彼女とかすぐできるけど、俺ら宮殿勤めの高収入なはずなのに女っ気ないなとは思ってたんだ」
「食事に誘ってもけんもほろろに断られてばっかりなんだよな」
「そういうことだったのぉ!?」
阿鼻叫喚する未婚の男達。
「じゃあ、どうしろってんだよ。風呂なんて俺ら親方連中ならまだしも、下っ端なんか入らせてもらえないんだぞ」
ふて腐れるようにキルタンサスが愚痴る。
職人は人一倍汚れる仕事だ。
親方ほどの地位があれば宮殿の大風呂を使えるが、それは宮殿内でそれなりに地位のある者だけ。
それ故弟子達は汗だくのまま帰っていくのだ。
夏場は井戸水を頭からかぶったりしているようだが、冬場はそうもいかない。
「だから、これを置いたのよ」
首をかしげる面々。
今や仕事をしている者はおらず、全員がクルミに注目している。
「ちょっと、そこの一番汗まみれの人、ここに来て」
「俺っすか!?」
炉で作業をしてきたところなのか、シャツが体に張りつくほど汗に濡れている若者を指差して、ちょいちょいと手招きする。
「一番汚いって言われてるみたいで悲しいんすけど……」
「ぐだぐだ言わない。事実でしょうが。ほら、このベルを一回鳴らして」
「はあ……」
よく分からない様子で、言われるままにベルに触れると、チリンと耳当たりの良い音が鳴ると同時に、汗まみれだった青年が風呂上がりのようにさっぱり綺麗になった。
ところどころ汚れていたシャツまで洗い立てのようだ。
「すげぇー!」
至る所から歓声が上がる。
「浄化の魔法を刻んであって、ベルを鳴らすごとに魔法が発動するようになってるのよ」
クルミがドヤ顔で説明すると、わらわらと人が集まってきて、次々にベルを鳴らし始めた。
チリン、チリンとベルが鳴る度に、汚れた男達が綺麗になっていく。
「うおぉ! これで二度と臭いとは言わせねぇぞー!」
「彼女だ。今度こそ彼女作るぞ!」
「ランキング最下位の汚名返上だ!」
「ナンパしに行くぞ、野郎ども!」
調子に乗った未婚男子達が「おー」と拳を上げて出ていこうとするのを、親方達が拳骨を振り下ろして止めていく。
「まだ業務時間中だ、馬鹿野郎が!」
「仕事が終わってからにしろ!」
タンジーとキルタンサスが吠える。
「そもそも、すでに悪いイメージ付いてるから、今行ってもフラれるだけだと思うけど?」
そうクルミが言うと、一人の若者が涙ぐみながら縋り付いてきた。
「じゃあ、どうしろっていうんですかぁ! このまま汚男子と思われたまま独身で過ごしたくないぃぃ」
まさに魂の叫びだった。
さすがのクルミも扱いに困る。
「えーと、えーと……」
なにか策はないかと考えるクルミは、そもそも恋愛経験に乏しく、友人に彼氏を取られるぐらいだ。
それでも精一杯の助言をする。
「まずはその服装から直すこと。汚れてもそのベルを鳴らせば綺麗になるんだから、よれよれの服じゃなくてちゃんとした服に替えて、休憩時間や終業時間になったらベルを鳴らして体を綺麗にするの」
「はい! そうしたら彼女できますか?」
「それは、その……」
純粋な眼差しが痛い。
すると、ある一人がぽんと手を叩く。
「黒猫様から未婚の女性に声をかけてもらえば良いんじゃないか?」
「へっ!?」
一人の青年が発した言葉は波のように広がり、希望を目に宿し始めた。
「それだ!」
「天才か、お前」
「いや、ちょっと……」
クルミを置いてけぼりに盛り上がる面々に戸惑う。
「黒猫様なら女官にも顔が利くもんな」
「女官っていったら美人揃いで有名じゃないか」
「黒猫様、ありがとうございます!」
クルミがなにか言う前に話が問いかけではなく決定事項のようになっていく。
文句を言いたいのだが、期待に満ちあふれたキラキラとした目で見られてしまって、クルミから否という言葉を奪い去ってしまった。
「ま、任せといて……」
「さすが黒猫様だ!」
「あざーす!」
「俺にもこれで美人な彼女ができるぞぉ」
安請け合いしてしまったと、クルミは頭を抱えた。




