4話 職人棟
クルミによるキッチン大改造作戦が始まって数週間。
まずはキッチンに水の出る蛇口を付け、以前に作り溜めていた火をおこす魔法具をさらに改良したコンロも設置した。
これまではかまどだったキッチンは、スイッチ一つで火力の調節ができるようになった。
薪を使ったオーブンは、これまで通りパンを焼くのに使っているが、フライパンや鍋での調理はコンロが大活躍している。
弱火から強火まで自由自在ということで、これを持っていって使い方を披露した時には、料理人達から歓声が上がり、ちょっとドン引きするぐらいに涙を流しながら喜ばれた。
地球で育ったクルミにとったら見慣れたコンロは、この世界の人には刺激が強すぎたらしい。
そしてキッチンを訪れてから気になったことがある。
それは洗い物の多さだ。
キッチンはとても広く、簡単にだが区分けされていた。
皇族の料理を作る場所。貴族へ出す料理を作る場所。そして、宮殿で働く者達への料理を作る場所というように。
それぞれで働く料理人達を指揮管理しているのが料理長だが、その料理長は皇族の料理を主に手がけている。
即位時の大粛正により皇族は少なく、作る量も少ないので一番時間に余裕がある部門だが、皇帝であるシオンに出す料理を作るとあって、料理長により厳重な管理がされた一番気を遣う所だ。
貴族に出す料理も気を遣うが皇帝に出すほどではないので、料理長は味の最終確認をするぐらい。
そして一番忙しく、戦場のようになっているのが、宮殿で働く者達の料理を作っている場所。
宮殿で働く人は多く、作る量はとんでもない。
至る所で怒号が飛び、せわしなく人が行き交っている。
そんな洗い場にはたくさんの洗い物が山のように積まれていた。
誰もが忙しく、手をつけている暇がないのだろう。
食事時を過ぎると、今度は食べた者達の食器も追加されて悲惨な状態となる。
それらを処理するのは料理人の中でも下っ端の役目らしく、ただでさえ雑用を言いつけられる彼らにとって、難しくはないがやりたくない仕事のようだ。
なにせ、スピード重視で洗おうものなら食器は簡単に欠けてしまう。
それが高貴な人達が使う食器なら給料から差っ引かれるというから悲しい。
たかが洗い物。されど洗い物。
洗い物はなんだかんだで面倒な仕事なのだ。
井戸から水を汲むこの世界ならなおのことだろう。
冬場は水の冷たさであかぎれになったりもする。
一応この宮殿のキッチンにはクルミにより水の出てくる蛇口型の魔法具が設置されて以前より使いやすくなったが、お湯が出るようにもした方がいいかもしれない。
どうせなら徹底的にやりたくなってきた。
「うーん。お湯が出るようにするのはそれほど難しくはないかな」
刻んである魔法陣をちょちょいといじるだけである。クルミにとってはさした難度はない。
「でも洗い物を処理するために浄化の魔法具でも置いた方がいいかな……」
どんな形にしようかと考えていたところで浮かんできたのは、地球で何度もお世話になった食洗機だ。
「汚れた物を中に入れたら浄化の魔法が発動するようにすれば簡単よね」
そうすれば一瞬で洗い物がすむ。
だが、クルミが想像する家庭用では小さすぎるので、容量の大きなものが必要だろう。
そうと決まればクルミはある場所に赴いた。
宮殿の本殿から少し離れた所にある別棟。そこは製造に関わる職人達が働く職場である。
クルミが部屋に置いてある冷凍庫や、鉄製の蛇口といった、他にもキッチンに設置した魔法具の土台となるものを作ってくれたのがここの職人達だ。
冷凍庫の箱は木工職人に。
蛇口は鉄鋼職人に作ってもらった。
それらを魔法具に加工したのがクルミである。
冷凍庫のための木箱はクルミでも作れないことはないのだが、冷蔵庫を作ろうとのこぎりを持ったところで女官達に慌てて止められてしまった。
皇帝の妃ともあろう方がそんなことをしてはいけないと。
けれど、作りたい物があるからと言ったところ、ここの職人達の存在を教えてくれたのだ。
さすが宮殿で雇われている職人とあって、歪みも隙間もない完璧な箱が作られた。
細部には木彫りで模様がつけられた、高級家具店で扱われてもおかしくない綺麗な仕上がりに、クルミは大いに喜んだ。
きっとクルミが作っていたらそれほどに上等な箱はできなかっただろう。
それがあってから、魔法具の土台を作る際にはちょくちょくここの職人にお願いするようになったのだ。
蛇口も、クルミが最初の村で使っていた魔石で作ったものを見せて同じような蛇口を作ってもらった。
魔石は魔力を流すと自由自在に形を変えられて便利なのだが、魔石を無駄遣いしないためにも、土台となる部分は人の手で作った方が節約できる。
最初にいた村では蛇口を作れるような職人がいなかったので魔石で作ったが、ここの職人は腕が良いので現物を見せたらすぐに作ってくれた。
いずれ各家庭に向けて量産するためにも、蛇口の金型は必要になってくる。
建物の中に我が物顔でクルミが入っていくと、至る所で職人が作業をしているのが見えた。
クルミが様子を窺っていれば、すぐに近くにいた若い青年が気付き声を上げる。
「あっ、黒猫様じゃないですか~。なにかご用ですか?」
「魔法具のためにまた作ってほしいものがあるんだけど、手の空いてる人いる?」
「いますよ~。呼んできますね」
にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべてその場を離れた青年を待つこと数分。
二階からぎゃあぎゃあと騒がしい声が聞こえてきてクルミは苦笑する。
「お前はお呼びじゃねえ!」
「お前こそ自分の仕事はどうした!」
喧嘩をしながら降りてきた中年の男性二人は、タンジーとキルタンサスと言う。
赤髪のタンジーは木工職人を、栗毛色の髪のキルタンサスは鉄鋼職人をまとめる親方である。
どうやら親方直々に出張ってきたようだ。
別にクルミは誰でも良かったのだが、この二人はクルミの作った魔法具をいたく気に入ってくれた人物でもあったので、役目を弟子達には譲りたくなかったのかもしれない。
二人はクルミを見るや、階段を駆け下りてきて口々に言い募る。
「おい、黒猫様、今回は俺の力が必要なんだよな!?」
「いいや、俺が作ってやるからなんでも言ってみろ」
一応皇帝の妃という立場でいるクルミに対して無礼千万な口調だが、この二人はシオンに対しても同じ態度らしい。
よくこれで宮殿勤めができたものだと感心するが、その礼儀のなさを許してしまえるほど腕は一級だった。
シオンもそういう細かいところは気にしない性格なので、咎めたことはないようだ。
シオンの妃の立場を認めていないクルミとしても、女官達のように仰々しくされたくないので、むしろ気が楽だと文句はない。
「どうなんだ、黒猫様!」
「俺が必要だよな、な!?」
相手を引っ張りながら前へ出ようとする二人にクルミは気圧されながら口を開く。
「えーっと、水分を含んだ汚れ物を扱うから、金属製がいいかなと思ってるんだけど……」
「なん、だと……」
「よっしゃぁぁ!」
そう言うとタンジーはがっくりと肩を落とし、金属の加工を主に行うキルタンサスがガッツポーズをした。
「いや、金属の加工は私が魔法でするから、木で作ってほしいのよ」
今度はキルタンサスが崩れ落ち、タンジーが天に向けて拳を上げた。
「で、何を作ってほしいんだ?」
ご機嫌な顔で問うタンジーに、クルミは身振り手振りで説明する。
「キッチンに置く、汚れた食器や調理器具を入れるための大きな箱が欲しいの」
「箱っていうと、この前作ったれいぞうこってやつと同じようなのか? また冷やすのか?」
「浄化の魔法を刻んで、一瞬で汚れた物を綺麗にするのよ。冷蔵庫と違って、上から物を入れて蓋を閉める感じにしてほしいんだけど」
蓋を閉めたら魔法が発動するようにするつもりだ。
クルミは紙に簡単に書いてきた図を見せながら説明する。
「ふんふん、なるほど。確かにこのデザインなら木の方がいいな。一々持ち上げるのに金属だと重いから。でも、木だと腐りやすいぞ?」
「そのために私が魔法で加工するのよ」
よく分かっていない様子のタンジーに、とりあえず作ってもらい、キルタンサスには鉄を用意してもらう。
その間にクルミは建物の外へ。




