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3話 キッチンへ


 クルミは早速翌日にキッチンを訪れた。


 皇帝の黒猫様と異名がつけられ、不本意ながらシオンの妃と認識されているクルミの登場に、キッチンにいた料理人達は恐縮し通しだ。



「あ、あの黒猫様。そちらは?」



 人が入りそうな大きな箱を空間から出して勝手に設置しだしたクルミに、さすがに料理長が困惑顔で口を挟む。



「料理長、もし食材を長期保存できるとしたらどうします?」


「それは食を任せられる者としては助かります。夏場などは特に食材の傷みが早く、お出しする料理には細心の注意が必要ですから」


「そこで、これです」



 クルミは箱を開けて、料理長を手招きする。



「ちょっとこの中に手を入れてみて」


「は、はぁ」



 戸惑いつつ手を入れた料理長は、すぐに驚いた顔をする。



「これは! 黒猫様、こちらはいったい」


「これは食材を凍らせることのできる魔法具です。ここに入れると、真冬のような寒さで真夏でも水を入れれば氷ができます。食材も凍らせれば長期保存が可能となります」


「なんと!」



 途端に料理長の目がキラキラとしだした。



「ちなみに、凍らせずに冷やすだけの冷蔵庫っていうのもあって、こっちは野菜を新鮮な状態で長く保存できたり飲み物を冷やしたりできるんですけど、これもキッチンにいります?」


「もちろんです!」



 食材を保存しておくだけなら空間の中に入れればいい話なのだが、王宮内の食材すべてを保存できるだけの容量がある空間を料理長が持っているとは思えない。


 空間の広さは魔力量によって変わってくるのだが、多い人でも荷馬車一台分の容量があればいい方。

 出入りできる広さの空間を持つクルミの魔力量が普通ではないのだ。


 きっとクルミの空間ならば城の備蓄を全部収納するぐらいはできるだろう。

 まあ、魔力量が多くても、精霊に好かれない質だと色々不自由なのだが……。


 それに料理人で魔力を持つ者がそもそも料理長だけと聞く。

 手間を考えると使う度に料理長が出し入れするわけにもいかず、食材は冷暗所に置いてあるのが普通だ。

 それ故、食材を保存できると聞いて即答する料理長に苦笑し、クルミは冷凍庫の隣に冷蔵庫も置くと、料理長は感動に打ち震えていた。


 クルミにとったら地球で普通にあった家電製品だが、この世界……というか、この帝国ではお目にかかることのないものだろう。



「しかし、私達の中で魔力を持つ者は私だけなのです。魔法具というからには魔力を常に注がねばならぬのではないですか? 維持に時間を取られていては仕事ができません」



 我に返った料理長が沈んだ顔をしたが、クルミは会心の笑みを浮かべた。



「それなら大丈夫。これは魔石を媒体に作っているので、魔石の力を燃料としているので魔石がなくならない限り使い続けられます」


「それは素晴らしい! ……ですが、魔石の消耗はいかほどなのでしょう?」



 魔石は王宮で働く者でもおいそれと使えるものではない。

 いずれは普及させるつもりだが、燃費の悪い魔法具しかできない現状では、シオンもあまり流通させるつもりはないらしい。

 なので、王宮内でも魔石の使用は厳重に管理されていた。


 料理長では使える立場にないが、消耗品であることは料理長も知っているようで、その辺りが心配のようだ。

 しかし、それは作ったクルミも同様だった。



「魔石がどれぐらい保つか使ったことないので分からないんですよねぇ。この魔法具に使われてるのは元々私が持っていた物だけど、この大きさの冷凍庫を使い続けた場合の魔石の消耗具合を調べたいから、研究の一環としてしばらくは私が管理します。研究のためならってことで次からはシオンが魔石をくれるみたいだから、心配しなくていいですよ」


「それはなんとありがたいことでしょうか!」



 料理長だけでなく、他の料理人も目を輝かせていた。



「お礼なら、今日の夕食にこの冷蔵庫を使って冷製スープでも作ってくれると嬉しいです」


「ほう、冷たいスープですか。陛下には何度か魔法で作ったものをお出ししたことはありますが、私は冷やす魔法は苦手で頻繁にはお出しできないのですよ。ですが、この魔法具があれば毎日のように作れます。夕食は楽しみにしていてください!」



 歯を見せて笑う料理長に、クルミも親指を立てて笑顔を見せた。

 そうして料理長達が働き始めたキッチンを後にしたクルミは静かに考え込んでいる。



「うーん……」


「どうしたんでっか?」



 腕を組んで唸るクルミに、ナズナが不思議そうに首をかしげる。



「いやね、あのキッチンをもうちょっと使いやすいようにリフォームできないかなと」


「確かに大変そうやったなぁ」



 どうやらナズナも気付いていたらしい。

 魔法を使えるのが料理長だけということで、基本的にキッチン内はクルミからしたら前時代的な造りになっている。

 当然水は井戸から汲んできて、火は薪で火力を調節する。



「シオンによると、魔法具は一般販売を視野に入れてるらしいから、一番庶民の財布の紐を緩めさせるのは主婦の興味を引くことなのよねぇ」


「なるほどな~。主婦がいっちゃん使うのはキッチンや水回りやもんな」


「そうそう。だから宮殿内のキッチンで運用試験をして、それで商品化。売上金の一部は私の懐にも入ってくるらしいから、将来悠々自適に生活できるわよ」



 主人と使い魔はそろってニヤリとあくどい笑みを浮かべた。



「ガッポガッポやなぁ」


「んふふふ。まずはキッチンから改造して、地球では生活必需品だった家電を魔法具にしてみよう」


「わいも手伝うでぇ」



 クルミは早速研究部屋へと足を向けた。






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