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2話 手直し



 鬼気迫る形相でガリガリとペンを走らせるクルミを刺激しないようにシオンは大人しくしているが、手持ち無沙汰そう。



「うーん、アスターにお茶を淹れて来てもらおうかな」


「あっ、それならわいが用意しましょか」



 窓辺にいたクルミの使い魔であるナズナがシオンの元に飛んでくる。



「できるのかい?」



 流暢に人間の言葉を話すが、ナズナはぽちゃっとしたオカメインコである。

 鳥にお茶の準備ができるのかと疑いの眼差しだが、そんな視線はなんのその。

 ナズナはクルミの空間からティーセットを取り出すと、ポットを器用に風の魔法で持ち上げて、カップに注いだ。



「そういえば、君は魔法具を持っていたね」


「主はんに作ってもらいましてん」



 ナズナが使ったのは、首にあるチョーカーの形をした風の魔法具だ。

 これが結構役に立つ。



「お茶はオカンが用意してくれたもんやけどな」



 クルミがアスターのことをオカンと呼ぶせいで、ナズナまで同じように呼ぶようになってしまった。

 アスターはもう諦めているようだ。

 最近ではオカンと呼ばれても素直に受け入れている。



「ん~、なんやこれだけやと寂しいなぁ。そや、あそこの箱にシャーベット入っとんねん。取ってくれへんか?」


「シャーベット?」



 不思議そうにするシオン。ナズナが「これや」といってくちばしで突いたのは、部屋の隅に置いてある縦長の木の箱。



「それがどうしたんだい?」


「開けてくれへんか?」



 言われるままに開けた途端、冷気が流れ出てくる。

 これにシオンは目を丸くした。



「なんだい、これ?」


「冷凍庫ですわ。ここに食料を入れておくと凍るんや。ほらほらそこの白い器。それがシャーベットや。主はんがジュースで作ったのを置いとるんや」



 シオンは白い器に入ったものを見て納得した様子。



「ああ、シャーベットって氷菓子のことか」


「食べたことありまっか?」


「ああ、たまに食べるよ。けれど氷菓子は帝国では高級嗜好品だ。なにせ帝都では氷が手に入るのは冬場だけ。もしくは魔法を使える者だけが作れるけれど、料理に活用しようとする者はあまりいないからね。魔法を使える者は帝国では貴重で、魔法の使える料理人なんて宮殿で雇われている者ぐらいじゃないかな」



 たまにグルメな貴族が囲い込んだりするが、極々一部だという。

 そもそも人口のほとんどを人間が占めている帝国では、魔力を持った者の絶対数が少ない。

 そして、その少ない魔力持ちは、大抵国に取り込まれる、もしくは自分から志願して国に仕えている。

 なにせ魔法が使えるというだけで、帝国では安定した未来を約束されたようなものだからだ。



 そんな貴重な魔法を料理に使おうなどという発想をする者が少ない。魔力がもったいないと言って。

 これが獣王国や竜王国や霊王国ならば、普通に国民も魔法を使える者が多いので、生活の中で普通に魔法を使っているという。

 それこそ真夏に氷菓子だって普通に売られている。



「なんや、切ないなぁ」 


「ほんとにね。四大大国なんて言われているけれど、実際のところ他の三国と比べれば国民の生活水準は大きく離されていると思うよ」



 だから帝国内に魔法具を広めたいんだと言うシオンに、ナズナは至極冷静にツッコんだ。



「大きな魔石を三日で使ってしまうんやったら、ちょっとどころでなく難しそうでんな」


「頭が痛いね」


「できたー!」



 突然響いた大きな声に、シオンとナズナの視線がクルミに向く。



「ふふふふ。最高の出来だわ。さすが私って天才」



 自画自賛するクルミは、書き直した魔法陣をシオンに渡す。



「これでこれまでより圧倒的に燃費がよくなったわよ」


「助かるよ。僕にはさっぱり分からないからヤダカインの魔女に見てもらわないといけないけど」


「見て腰抜かさないように注意しといてね」



 それだけの自信がある内容だ。

 クルミにとったらさして難しい魔法陣でもなかったが、めちゃくちゃだと言わしめる魔法陣しか書けないヤダカインの魔女からしたら腰を抜かしてもおかしくない。

 ひと仕事終えたと腕を伸ばしたクルミは、椅子から立ち上がると冷凍庫を開けて目を剥く。



「シャーベットがない!」


「あっ」



 ナズナがヤバいという顔をする。

 そして、クルミがシオンの手に向けられる。

 そこにはからになった白い器。それは先程までシャーベットが入っていた器だ。



「あかんかった?」



 恐る恐る問うナズナにクルミががっくりと肩を落とす。



「最後の一皿だったのに……」



 ショックが大きいようで、うなだれるクルミに、ナズナが「また作ればいいやん」と元気付けている。



「仕方ない。またキッチンからジュースもらってくるか」



 クルミとしてはそんな暇があるなら研究をしていたいが、魔法具がなければ作れる人間が少ないのが難点だ。

 そこではっとする。

 ないなら置けばいいじゃないかと。



「ねえ、シオン。キッチンに冷凍庫置いてもいい? これよりもっと大きな業務用の。そしたら料理人にいつでもシャーベットやアイスクリーム作ってもらえるし」


「構わないよ。僕も恩恵にあずかれるしね」



 最高権力者の許可が出たなら怖いものなしだ。




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