1話 魔女の作る魔法陣
クルミがシオンから研究室を与えられて早一カ月。
クルミは寝食以外のほとんどをこの部屋で過ごしていた。
妃として用意された部屋と比べたら狭いが、なかなかに過ごしやすい。
むしろこちらの方が居心地がいいかもしれない。
妃の部屋にいると、なにかと女官達が世話を焼いてくるのだが、この部屋には誰も入らないようにとシオンから通達がされたらしく、のびのび過ごせる。
まあ、誰もとは言いつつも、シオンとアスターだけは例外でちょくちょく顔を出すのだが。
それを幸いと、この一カ月でシオンを魔法具に関することで色々と質問攻めにした。
皇帝であるシオンは帝国を暮らしやすい国にするために魔法具を広めたいようだが、帝国民のほとんどは人間であり、人間は亜人に比べ魔力を持つ者が圧倒的に少ない。
魔力がないとなると、魔法具を使うために魔力の代わりとなる魔石が必要となる。
魔力があれば魔石がなくても発動されられるが、帝国ではそれができない者がほとんどを占めていた。
魔石は消耗品であり、保有する魔力がなくなってしまえば消えてなくなる。
帝国の暮らしを良くするには、大量の魔石の持続的な供給が必要である。
それはどうするのかとシオンに聞いたところ、帝国内のとある場所で、魔石がたくさん採取できる魔力が豊富な土地を発見したらしい。
さすがにその場所はクルミといえども教えられないと言われたが、ちゃんと魔石が確保できるならクルミがそれ以上口を出すことはない。
次に疑問となったのは、それならなぜ魔法具があまり広まっていないのか。
クルミが帝都に来るまで通ってきた町では、魔法具が高値で取引されていた。
クルミが見てきた町が辺境すぎたせいなのかと思いきや、シオンによると帝都でも同じ状況らしい。
市場に流通する量が少ない故に必然と値段も高騰している。
魔石があるならもっと作ればいいだろうにと疑問が湧いた。
帝国ではわざわざ魔女の国であるヤダカインから魔女を派遣してもらい、教えを請うているというのだから。
あいにくと帝都に来てからというもの、宮殿から出たことのないクルミは魔女と会ってはいないが、帝都の学校ではヤダカインの魔女が教師となって、未来の魔法具師を育成しているようだ。
宮殿にいる魔力を持った数少ない魔術師も参加しているようだが、思ったような成果が出ていないらしい。
なんでも、魔石の消費が激しく、作ってもすぐに魔石の魔力を使い切ってしまって使用できなくなるのだという。
魔女はそもそも魔力を持っている者達ばかりで、自身の魔力をエネルギーとするような魔力を持った者が使える魔法具は問題なく作れるのだが、魔石を使用した魔法具は知識として知ってはいても深くは知らないそうだ。
それは前世のクルミの死後、精霊殺しという世界から強制的に力を吸収して発動させる魔法が広まっていたことが要因となっていた。
精霊殺しの魔法により、魔石が道ばたにゴロゴロ転がっているほどに魔力の豊富だった土地から魔力を消費し続けていたため、ヤダカインでは長く魔石が姿を消していた。
さらにそこから鎖国状態に突入したヤダカインでは精霊殺しの魔法が主流となり、魔石を媒体とした魔法具が発展しなかったのだ。
今帝国にいる魔女も、ヤダカインでは小さな魔石しか見たことがなく、魔女自身も試行錯誤しながらという状況らしい。
なので、魔石を必要としない魔法具はそれなりに流通しているが、帝国民が求める魔石を使った魔法具は少ない。
少なければ価値が高まるのは当然のこと。
ほぼ使い捨ての魔法具に高い金を出して買う庶民などいようはずもない。
まさに負の連鎖が起こっていた。
「それって、どれくらいの大きさの魔石がどれくらいでなくなるの?」
魔石を媒体とした魔法具を色々と作っているクルミとしては気になるところである。
宮殿で暮らすようになってからいくつか魔法具を目にする機会があったが、どれも魔力を持っている者用の魔法具だったので比較ができない。
魔力をエネルギーとしたものと、魔石をエネルギーとしたものとでは刻む魔法陣も違ってくるのだ。
魔力を持つ者のための魔法具は魔石を使わなくとも作れる。
宮殿内で見かけたのは魔石の使われていないものばかりだった。
「そうだねぇ。こぶし大の魔石が三日でなくなるくらいかな」
「それって大がかりな魔法を刻んだの?」
クルミにしたらそれだけ大きな魔石を三日で消費するのはかなり大きな魔法を使ったという認識だ。しかし……。
「いや、部屋を照らすランプの代わりとなる灯りだよ」
「灯りだけ?」
「そうだよ。クルミが使っている妃用の部屋ぐらい広い場所を明るくする強い光を発するものだ」
というシオンの答えに、クルミは呆気にとられる。
そして、空間からランプを取り出した。
ランプの天辺をポンと軽く叩くと灯りがつく仕様だ。
それはろうそくの火とは比べものにならない強い光を発していた。
地球では見慣れたどの家でもある天井についた照明と同じぐらいの明るさだが、ろうそくの火で暮らす人々にとったらとても明るいだろう。
この部屋の天井にも同じランプがあり、まるで太陽の下にいるかのように部屋を明るくしている。
続いて、クルミは手元にあるランプを開けて、中から魔石を取り出した。
その瞬間ランプの光は消えたが、魔石はクルミの手の中に残される。
大きさは親指ほどだろうか。それをシオンに渡す。
「今も天井にぶら下げてるランプと同じものよ。魔石はそれぐらいの大きさで、点けっぱなしでも一年は保つわ」
「そんなにかい?」
シオンはかなり驚いていた。
こぶし大の魔石が三日でなくなると言った後では当然の反応だろう。
シオンは調べるように魔石を手の中で転がす。
「別段帝国で採れる魔石と変わらないようだね」
「ただの灯りで魔石が三日ほどしか保たないなんて燃費が悪すぎるわ」
「その辺りのことは僕には分からないからなぁ」
シオンも困っているようだ。
「ねぇ、その使われてる魔法陣って私が見ても大丈夫なやつ? いったいどんな魔法陣刻んだらそんなに燃費が悪くなるのか興味があるんだけど」
魔法具はシオンにより国家事業となっている。重要な魔法陣を、今やヤダカインとは関係がなくなった自分に見せてくれるか分からなかったが、そう頼んだクルミに、シオンはすぐさま魔法陣の書かれた書類を用意してくれた。
魔女が学校で教えている……正確には教えつつも研究途中の魔法陣を見たクルミは目を剥いた。
「いやいやいや。なによこのむちゃくちゃな魔法陣は! こんなのじゃすぐに魔石を消耗するのは当然じゃない!」
酷すぎで怒りすら湧いてくる。
「そんなにむちゃくちゃなのかい?」
シオンには魔法陣を見ただけではよく分からないよう。まあ、当然といえば当然な話だ。
「酷いどころじゃないわよ。無駄が多すぎ。なによ、この無意味な情報は。こんなん上乗せしたら無意味に魔力を消費するじゃないのよ!」
「いや、僕に言われても、僕が書いたんじゃないからね」
「これ書いたの本当にヤダカインの魔女なの?」
「そうだよ」
クルミはこめかみに手を置いた。
「数千年で進化するどころか退化してるじゃないのよ」
クルミは期待していたのだ。
数千年も経てば、クルミが考えもしなかった魔法陣を生み出していたりするのではないだろうかと。
それなのにどうだ。
この魔法陣を見ただけで分かってしまった。
数千年も前に死んだ自分よりも劣っていることを。
「どこをどーやったらこんなゴミができあがるのよぉ!」
そう怒りを現しながらヤダカインの魔女が作ったという魔法陣を手直ししていく。




