番外編 とある村のその後
1巻の書籍発売を記念した番外編です。
シオンから与えられた研究室は、日が経つにつれクルミ好みにカスタマイズされていった。
最初は家具と本しかなかった部屋も、あっという間に物で埋まる。
研究しやすくなった部屋で、その日も机に向かっていると、シオンとアスターが入って来た。
入って早々にアスターは顔をしかめる。
「もう少し片付けたらどうだ?」
「オカン、これが私のベストなのよ」
「そうは言うが……」
オカンなアスターはどうしてもこの部屋の散らかりようがお気に召さないらしい。
「まあ、いいじゃないか、アスター。あんまりうるさくすると、本当にクルミの母親みたいだよ。オカンと呼ばれても文句言えないじゃないか」
「うっ」
普段からクルミのオカン呼びに苦言を呈しているアスターとしては遠慮したい。
「それで、なんか用?」
一旦手を止めて振り返れば、シオンがソファーに座ったところだった。
「ほら、クルミが最初に過ごしてた村があったでしょう。クルミが売られそうになってたっていう村。そのことで話しておきたくてね」
「ナズナ、あなたそんなことまでシオンに話してたの?」
村での出来事なんてクルミは話していない。
話したとしたら、窓際で毛づくろいをしているナズナぐらいだ。
「だって主はん、あのお人が小姑の嫁いびりのようにこと細かく聞いてくるんですわ」
「ナズナは私の使い魔でしょうが。なんでシオンの言うこと聞いてるのよ」
「しゃーないんや。わいも命は惜しい」
クルミは深い溜息を吐いて、シオンに視線を戻す。
「で? その村がどうしたって? 正直もうどうでもいいんだけど」
「おや、皇帝としてはよくないんだよね。村ぐるみで人の売買が行われているなんて話は見逃すことができない。この帝国は人身売買を禁じているからね」
確かに国としては見過ごせない話なのだろう。
あまりそこの所を深く考えていなかった。
「それで、大至急調査をすることにしたんだよ。クルミの時と似たように、金欠の旅人を装って調査員を派遣した」
「さすがに私が逃げた後なら警戒されるんじゃない?」
「クルミと違ってとびっきりな美人を派遣したからすぐに食いついたよ」
「すみませんね、平凡顔で」
天使な笑顔で毒を吐くシオンを殴りたくなったが、話が進まないのでぐっとこらえた。
「そこから行商人も芋づる式に捕らえたんだけどね、どうやら村の成人した人間は全て関わっていたようだ。クルミの前にも幾度となく同じことをしていたようで、被害者は少なくなかったよ。助けてあげたいが、とっくに国外に売りに出されているようで、探すのは難しいだろうね」
「そう……」
クルミは運がよかった。
クルミには対抗できるだけの力を持っていたから。
「あの村はどうなるの?」
「すでに関係者は捕縛され、残ったのは子供だけ。それで、子供は近くの孤児院に預けられることになった。子供に罪はないが、大人がいない村で暮らしていくのは難しいからね」
「大人達は?」
「裁判を受けた後に罪を償うことになる。帝国では人身売買には厳しい罰則を設けているから、主犯格は死罪。それ以外は死ぬまで強制労働かな」
「死罪か……」
クルミは難しい顔をした。
思っていたより罰が重い。
だが、クルミの他にも売られて行方知れずの人がいると聞かされては同情できない。
「被害者であるクルミが望むなら、罰を軽くすることも可能だけどどうする? と言っても、死罪から生涯強制労働に変えるぐらいだけど」
クルミは考えるまでもなく首を横に振った。
「この国で決めた法律なら、それにのっとって罰してくれていいわ」
「いいのかい?」
「他に被害者がいるんだもの。私の一存で軽くしてなんて言えない」
「分かったよ。そのように手続きを進めていく」
「よろしく」
そうは言ったが、やはり自分が関わってきた人達が死罪になるかもしれないというのは気分が悪い。
だからと言って考えを変えることはないが、当時の怒りはとっくに冷めているので、村の人達の顔が浮かびモヤモヤとしてしまう。
「……帰ってきたことは嬉しいけど、異世界も楽じゃないわね」
少し前の世界が懐かしくなりながら、クルミは窓の外を見て深く溜息を吐くのだった。
アリアンローズ様よりめでたく1巻が発売されました。
書籍だけに掲載のシオン、アスター視点の書き下ろしがあります。




