エピローグ
結局振り出しに戻り宮殿へと帰ってきてしまったクルミは、庭園に埋まっていたリラを無理矢理掘り起こした。
「せっかくリラに手伝ってもらったのに失敗しちゃったよ」
「それはそれはご苦労様でした。……もう埋まっていいですか?」
相変わらず引きこもりっ子なリラはすぐに土に埋まろうとする。
前世でもリラを見つけるのは至難の業だった。
契約していたヴァイトに対しても、最初は恥ずかしがって中々土から出て来なかったらしい。
精霊信仰のある人達に最高位精霊がこんなだと知ったらどう思うだろうか。
クルミは人間味があって好感が持てるが、幻滅する人もいるのではなかろうか。
まあ、最高位精霊を見ること自体そう誰でもできることではない。
それは愛し子だとしてもだ。
「へえ、それが花の最高位精霊なんだ」
クルミとリラは揃ってビクッと体を震わせた。
声のした方を見るとシオンがこちらに歩いてくるところだった。
今日も今日とて天使の微笑みをした魔王は健在だ。
宮殿に戻ってきた後、どうやって逃げてどうやって船に乗り、どうやって逃げ出したか尋問に合い、それはもう姑のようにネチネチと嫌味を言われた。
やれ、計画性がないだの、もっと頭を使えだの、自分が到着するのが遅れたら子供がどうなっていたかだの。
クルミにも自覚があることを指摘してくるので、耳が痛い。
でも、本心はそんなことを問題にしているのではなく、自分を出し抜いて宮殿から逃げおおせたことを不満に思っているだけだ。
「はじめまして、花の最高位精霊さん」
「ひぃぃぃぃ! 恥ずかしいぃぃぃ」
リラはダイブするように穴の中に頭を突っ込んだ。
「シオンが怖いからリラが埋まっちゃったじゃない」
「怖い? どこが?」
「自覚がないわけ?」
「僕はいつでも笑顔だと思うけどな」
ジトッとした目で見るクルミ。
その笑顔こそが何より怖いのだ。
リラが可哀想なので上から土をかけて埋めてやると、花だけが地面から出てぴょこぴょこ揺れている。
この花、どうやらリラの感情で色が変わるらしく、先程まで真っ青だったのが、段々水色に薄くなっていく。
どうやら土に埋まって気分が落ち着いてきたらしい。
「また来るわね、リラ」
そう言うと、花の色が黄色に変わった。
これは嬉しいととっていいのだろうか、未だによく分からない。
「用が済んだなら一緒に来てくれるかい?」
「どうしたの?」
「いいから、おいで」
さりげなくクルミの手を取り、歩き出すシオンの後に付いていく。
そこはクルミの部屋の隣の部屋の扉だ。
そこを開けて中に入ると、クルミに与えられた部屋よりはこじんまりとしていて、壁には大きな棚があり本がぎっしりと詰まっている。
部屋の中心には二人がけのソファー。
そして、壁側には大きな机と座り心地が良さそうな椅子。それだけの質素な部屋だ。
「何ここ?」
「クルミの研究室かな?」
「えっ?」
「最初に言っていただろう? 三食昼寝に、研究室三昧させてあげるって」
そう言えばそんなことを言っていたのを思い出す。
「あいにくクルミの研究に何が必要か分からなかったから、必要最低限の物だけ用意させたよ。他に欲しいものがあれば言ってくれれば揃えるからね」
二人がけのソファーに隣同士で座り、シオンはクルミの顔を覗き込むようにして反応を見る。
クルミはそんなシオンをじっと見つめた。
「私はヤダカインに行きたいって何度も言ってるんだけど」
「それはいつか連れて行ってあげるよ。そもそも、クルミは何をしにヤダカインに行きたいんだい?」
「何をしにって……」
クルミはただ気になっただけだ。前世で自分が最後を迎えた地が今どうなっているか。
「ヤダカインの現状を知りたくて……」
「うん。それはいつか連れて行ってあげるって言ってるじゃないか。別に逃げ出す必要はないんじゃないかな?」
「それはそうかもしれないけど……。私は魔女よ。普通は嫌がるものでしょう? 精霊魔法の使えない精霊に嫌われた人間なんて、精霊信仰のある国では異端児扱い。でも、ヤダカインならそんな目で見られることはないわ」
クルミは怖いのだ。また前世のように異端児として、迫害されるのが。
「異端児扱いってのは、クルミが生きていた何千年も前の話だろう? 知らないかな? 今帝国では魔法具を作ってるって」
「聞いたことある」
そんなことをどこかで聞いたが、それがクルミの扱う魔法具と一緒かはまだ調べていなかった。
「帝国で作られている魔法具はヤダカインから伝えられたものだ」
「えっ! ヤダカインから?」
これにはクルミは目を丸くした。
帝国とヤダカインが繋がっていたとは。
「そうだよ。人間の多い帝国は、他の大国と違って魔法を使える者が圧倒的に少ない。それは国民の暮らしの質に大きな差を与えている。そこで、帝国はヤダカインと協力関係となり、人でも扱える魔法具やその作り方の教えを請うているんだ。これは僕が皇帝になってから始めた事業だからまだまだ国民に行き渡るほどの魔法具を作れてはいないが、いずれは行き渡るようにして今より生活の質を上げていくつもりだ」
「へぇー」
クルミは感心した。
そして、改めて国民のことを考えているシオンは皇帝なんだと思わされた。
「だから、別にクルミが魔女だからってことで迫害なんてしないよ。というか、させない。それは皇帝としてちゃんとクルミを守ると誓うよ。だから……」
シオンはクルミの手を取った。
「だから、ずっとここにいたらいい。恐れることは全部僕が処理してあげるから」
浮かべたシオンのその微笑みは、悪魔でもないとても穏やかな笑みだった。
まるでクルミの不安を優しく包み込むような。
「どうしてシオンは私にそこまでするの? 確かに魔法具に関しては誰にも負けない自信はあるけど、あれから数千年も経って技術も発達してるはず。他にも役立つ人はいるでしょう?」
すると、シオンは苦笑という珍しい表情をした。
「全然伝わってないみたいだね。かなり分かりやすく言葉にしてたつもりだったんだけど」
「は?」
首を傾げるクルミに、シオンはくすりと笑うと、そっと顔を近付けクルミの唇に触れた。
「言っただろう。一目惚れだって。こういう意味で側にいて欲しいんだよ」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑るシオンに反して、クルミは顔を真っ赤にしながら口をパクパクと開いたり閉じたりして羞恥に身悶えた。
「な、何するのよ~!」
「僕の気持ちだよ」
「今日も仲がよろしいなぁ」
言い合いをする二人を見ながらナズナは毛づくろいに勤しむのだった。
とりあえずこれでいったん完結とさせていただきます。
まだ続きを書きたい話もあるので、プロットがまとまったら再開したいと思います。
こちらは現在書籍化に向けて頑張っております。
発売日など決まりましたら、また活動報告やTwitterなどでお知らせします。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。




