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12話 愛し子



 怪我を負ったクルミが連れて来られたのは、クルミが昨日泊まった安宿とは比べものにならない見るからに高級な宿だった。



 その中でも特に質が良さそうな部屋に入る青年に抱っこされたままのクルミは、興味津々に部屋を見渡す。


 ふかふかなソファーに下ろされたクルミは改めて青年を見ると、この高級宿にいることに違和感のない身なりをしている。

 服の質もその辺りにいる庶民が着られるものではなかった。

 どこかの金持ちか、はたまた先程の輩と同じ貴族か……?


 もし貴族ならば警戒心が一気に高まることだろう。

 あんなのを領主にしているこの国の皇帝には不信感しかない。

 他の貴族もあんなのばかりかもしれないのだ。


 けれど、気になるのは先程から視界に強制的に入ってくる小さな小人達。

 背中に羽があって青年の周りをうろちょろとしている。



『シオン~』


『包帯あったよ~』


「助かるよ」



 天使のような微笑みを浮かべている青年はシオンというらしいことが分かった。

 そして、クルミの予想が正しければ、このシオンという青年は愛し子だ。

 普通の人間でこれほどに精霊にまとわりつかれるのは愛し子ぐらいなものだからだ。


 クルミは前世でヴァイトという愛し子を知っていたので、その異常に精霊に好かれるその性質はよく見知っていた。

 今の彼は前世のヴァイトを取り巻いていた光景そのものだった。

 ヴァイトにも小さな精霊達がカルガモの親子のようにくっつき回していた。


 懐かしい……。などとしみじみしている場合ではない。

 愛し子は普通国に保護されて、大事に大事に守られているものだ。

 なにせ、愛し子の意思一つで精霊は動き、愛し子に害が及ぶと精霊は愛し子を守ろうと敵を殲滅する。

 過去、愛し子が原因で精霊に滅ぼされた国は一つや二つでは収まらないだろう。


 そんな愛し子がこんな町中にほいほいいていいわけがない。

 警戒するなという方が無理だ。

 精霊に愛された愛し子に対してへたなことをすると、精霊を敵に回すことになる。

 関わることに面倒な予感しかない。


 早く退散しなければ。そう思ってそろりそろりと移動しようとしていると……。



『あっ、シオン。にゃんこが逃げようとしてる~』



 余計なことをと、クルミは心の中で舌打ちする。

 シオンはやれやれという様子で包帯を持ったままクルミを抱き上げる。

 怪我を気遣ってか、その手はとても優しい。

 そのままソファーに座ったシオンの膝の上に乗せられる。



「駄目だよ。ちゃんと怪我の手当をしないとね」



 優しくにっこりと微笑むシオンの服に、クルミの血が付いたのを見て動きを止めた。

 ここは大人しく手当を受けるのが賢明だと思ったのだ。



『シオン~。これで消毒~』



 精霊が消毒液らしき物を持ってきた。



「ありがとう。ちょっと染みるけど我慢してね」



 大人しくなったクルミの傷口に消毒液が遠慮なくかけられ、毛が一気に逆立つ。



「ミギャ!」


「ゴメンゴメン。でも大事だからね」



 ニコニコと邪気のない笑顔。でも気のせいだろうか、なんだか楽しそうに見えるのは。

 消毒の終わった傷口に今度はガーゼのような布を当てて包帯で巻いていく。

 巻き終わった時にはなんだかぐったりとしてしまった。



「よしよし、よく我慢したね。良い子良い子」



 優しく頭を撫でられる。

 親にすら撫でられたことのない頭を撫でられて、悪い気はしなかった。

 そろそろおいとまするかと立ち上がって、シオンの膝から下りようとしたのだが、クルミは何故かシオンに捕獲された。



「駄目だよ。まだ大人しくしていないと。雨に打たれて体も冷えているしここでゆっくりしておいで」



 まるでクルミが言葉を理解していることを知っているかのように話し掛けてくるシオンに、どうしたものかと考えていると、突然バンッと大きな音を立てて部屋の扉が開いた。


 思わずビクッとしてしまうクルミをよしよしと撫でた後、シオンは叱責するような眼差しを入ってきた人物に向ける。



「どこで何してやがった、帰ってきてるならそう言えー!!」



 入ってくるやそう絶叫した青年は、シオンと同じ年齢ぐらいの若い男性で、赤茶色の髪に深緑色の瞳。耳には羽のピアスがゆらゆらしている。

 腰には帯剣しており、体つきもがっちりとしている男性は据わった目つきをしており、怒っているのが肌で感じる。



「アスター。うるさいよ、何を怒っているんだい?」


「誰のせいだぁぁ!!」



 ずかずかと入ってきたアスターなる人物は、シオンの前に立ち懇々と説教を始める。



「お前がいなくなって、この大雨の中何時間外を探し回ったと思ってる。一人で勝手に動き回るなと普段から言ってるだろう。お前は愛し子としての自覚あんのかぁ!?」


「はいはい、分かった。今度から気を付けるよ」


「お前はいつもそう言っておきながらいなくなるだろうが! その度に俺がどれだけ心配して」


「精霊が側にいるのに僕に何かできる者がいるわけないだろう? 精霊に瞬殺されるよ。それこそ心配なのは相手の方だ」


「そういう問題じゃない。自覚しろ! お前は愛し子だけじゃなく、こうて……ん?」



 突然怒鳴るのを止めたアスターの視線の先には、黒猫の姿のクルミ。

 シオンの膝の上に乗っているクルミと視線が合う。

 互いに見つめ合い、落ちる沈黙。



「……シオン、それはなんだ?」


「なんだって見た通り黒猫だよ。君にはこの子がヤギにでも見えるのかい? それなら良い医師を紹介してあげるよ」


「そういうことを言ってるんじゃない。なんでここに猫がいるんだ!?」


「路地裏で怪我をしているこの子を見つけてね、手当てしてあげたんだよ」


「そうかそうか。手当も終わってるようだし元の所に俺が返してきてやる」



 笑っていない笑顔でクルミに伸ばしてきたアスターの手を、シオンはべしっとはたき落とした。



「何を言ってるんだい。こんな大怪我をした子をこの雨の中外に放り出そうなんて、君は悪魔かい?」


「お前にだけは悪魔とか言われたくないっ。だったらそれをどうするつもりだよ」


「このまま帝都に連れて行くよ。どうやら捨て猫のようだし」



 えっ!? と、動揺したのはクルミである。

 だが、よくよく考えてみるとクルミの目的地は帝都である。

 今はこの町の領主によりお尋ね者の身。帝都まで連れて行ってくれるならこのまま猫の姿でもいいのではないかとクルミは考え始めた。


 そんなクルミには誰も気付かず、アスターはそれは怖い顔でシオンに詰め寄る。



「まさか飼う気か?」


「文句あるのかい?」


「あるに決まってるだろ! お前過去の自分の飽きっぽさを思い返してみろ! 動物を飼いたいと駄々をこねた五歳。献上された犬を飽きたと一ヶ月経たずに放置して、俺に世話を任せやがって。それからも鳥、ウサギ、猿、蛇、亀、果ては象にキリンにパンダ。他にもたくさん飽きたと全部俺に押し付けただろうが。おかげで俺の家は動物屋敷だ!」


「そうだっけ? まあ、この子は大丈夫だよ」


「何を根拠に言ってるんだ」


「この子は一目惚れだからね。特別大切にするよ」



 脇に手を入れ持ち上げられたクルミにチュッとシオンが唇を寄せた。



「…………にゃ?」



 まさに唖然。

 シオンとアスターは何やら言い合いをしていたがクルミの頭には何も入ってこなかった。

 今、キスされた? それも唇に……。初対面の男にキス……。キス……。



「フギャー!」



 そう理解すると、バタバタと大暴れしてシオンの手から逃れ部屋の片隅で身を小さくした。



「あれ? どうしたのかな?」



 シオンは何があったか分からず首を傾げている。



「お前の性格の悪さが伝わったんじゃないか?」


「アスター、君は本当に遠慮がないね。僕にそんな無礼な口をきくのは君ぐらいだよ。クビにされたいの?」


「はんっ! 性格の悪いお前にはこれ位言えるような鋼の精神じゃなきゃ付いていけるか」



 二人は言い合いをしていても、そこに含まれる信頼が垣間見られたが、それに気付けるほどの余裕はクルミにはなく、頭の中は大パニックだ。

 部屋の片隅でシクシク心の中で泣いた。

 助けてくれたことには感謝していたが、こんなことをされるとは聞いていない。

 やはりここから出て自力で帝都に行こう。


 そうクルミが決意し、話に気を取られているシオンの横を通り過ぎ扉へと向かう。すると……。



『シオン~。またにゃんこが逃げ出そうとしてるよ~』



 また余計なことを言う精霊により、シオンがクルミの存在を思い出したようだ。



「困った子だね」



 やれやれという様子で立ち上がったシオンが、逃げるべく扉の前にいたクルミを抱き上げる。



「にゃ~にゃ~(離せ~)」



 猫語が伝わるはずもなく、「お腹が空いたのかな?」とシオンは勘違いする。



「アスター、何か下で食事用意してもらって。僕もお腹空いてきたし」


「……分かった。けど、今度はちゃんと世話しろよ!」



 ビシッと指を突き付けてから、アスターは部屋を出て行った。

 残されたクルミはゆっくり閉じていく扉をがっくりとしながら見つめていた。



「ふふふっ、雨で濡れてた体も乾いてきたね。フワフワだ」



 怪我をした腕に気を付けながら撫で回してくるシオンに、クルミはもうどうにでもしてと不貞腐れていた。

 精霊の目がある中で逃げ出すのは難しいかもしれない。

 どうにか隙を見つけなければとクルミは思案する。

 そんなクルミの頭の中に突然……。



『あかーん!!』



 びっくりしてクルミは辺りを見回したが、すぐにこの部屋の中にいる誰がしゃべったわけではないのに気付く。

 それは、クルミと魔力で繋がったナズナからの心の声だ。



『どうしたの、ナズナ』



 クルミもナズナへ言葉を返す。



『アカンわ主はん。あの領主、本格的に動き始めよった』


『どういうこと?』


『町中兵士ばっかりや。何が何でも主はんを捕まえて魔法具作らす気やでこれは。昨日主はんが泊まってた宿も見張られとるし、町の出入り口も兵士の検閲が厳しいなっとるで』


『あのアホ領主め……』



 アホに権力を持たせるとアホなことにしかならないという典型的な見本だ。

 それではここから出て行っても、すぐに兵士に見つかってしまう可能性が高い。

 ますます人間に戻れなくなった。

 黒目黒髪というこちらの世界では珍しい色をしているのですぐに見つかってしまうだろう。



『ナズナはとりあえず私が指示するまで町の様子を監視してて』


『主はんはどうするんでっか?』


『私を拾ったシオンっていう人に付いてく。どうもこの人も帝都に行くらしいから、猫のままペットとして付いていけばそのまま帝都まで行けるはず。ナズナは私が移動を始めたら少し離れて付いてきて』



 猫の姿ならば見つかることはないので猫の姿でこの町を出ればいいのだろうが、怪我をしているため歩くのにも痛みを伴う。

 怪我が癒えるまでは、ここで猫になりきっていた方が賢明だと判断する。



『了解や。でも、精霊がおって人間ってバレんかいな?』


『今のところ気付かれてないみたいだし、バレないように気を付ける』



 ナズナとの話し合いを終えてシオンを見上げるとにっこりと微笑みが返ってきた。

 何故だろうか。肉食獣を前にした草食動物の気分になるのは。

 こんなに優しい笑顔なのに……。



 後に思う。

 過去の自分と話すことができたらなら、こう言っていただろう。何が何でも逃げろ! ……と。






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