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「――ん――」

「ベル! 良かった起きたか!」



 まず目に入ったのは、好きな人の心底安心した顔だった。



「殿下?」

「まだ起きては駄目だ。体に障る」



 体を起こそうとしたが、アーノルドに止められてしまった。言われるがまま再びベッドに戻る。



(私、どうしたの?)



 たしか食事会に出て、レイラや陛下ともお話して、それで……。視界に兄が映る。優しく微笑まれた。



「お兄様」

「やあ、気分はどうだい?」

「少し頭がボーっとします」

「そうか」



 ノアに頭を撫でられる。思いのほか温かい手だった。



「もう少し眠りなさい」



 意識が遠のいてくる。しかし、瞳は誰かを探す。



「マリーは?」



 大事な親友はどこにいるのか聞く。すると、兄が泣き笑いを浮かべた。



「寝なさい」



 頭に置かれた手が、瞼に乗る。途端に視界が黒に染まる。今度こそイザベルの意識は懐かしい夢の中に行ってしまった。








「待てベル!」

「放してください殿下! こんなのあんまりですわ!」



 眠りから覚めたイザベルは、アーノルドから事のあらましを聞いた。毒に侵された体は、レイラの魔法で一命を取りとめ、その代わりマリベルが犯人として取り押さえられてしまった。イザベルは、過去最高に怒っていた。



(あの子がそんなことするわけないじゃない!)



『私はいつまでもイザベル様と共におります』



 そんなこと、あるわけがないのだ。



「落ち着けベル。いくら君の言葉でも、証拠が揃っている以上釈放はできない。それに、君はマリベル嬢と近すぎる。情に任せた訴えで終わってしまうぞ」

「理由ならあります。あの子は家の支援で学園に通っています、ほかにも彼女が家の援助を受けたことは一度や二度ではありません。それを踏まえれば、今回のことはあの子には何のメリットもありません」

「それだけでは感情論で終わってしまう。もっと決定的な証拠がない限り、彼女の疑いは晴れない」

「でも、このままじゃ」



 マリベルが処刑されてしまう。たとえ王家の血筋に入っていないとはいえ、イザベルはアーノルドの婚約者。王家に連なる可能性のある女性を殺そうとした罪は重く、国家反逆罪として処罰されてしまう。



(だめよ、それだけは絶対にダメ)



 彼女の首が斬られるところなど見たくない。けれど、イザベルにできることなどあるのだろうか。もしこのまま、何もできなかったら。



(あの子がいないだけなのに)



 なんと情けない。らしくなく、気分が後ろ向きになる。


 いつも彼女に助けられていた。彼女がいなければ、今のイザベルはイザベルとしていられなかった。今は、それがよく分かる。この状況で実感するのは皮肉でしかないが。

 すると、イザベルの頬が誰かの手に挟まれる。そして顔を上げさせられた。目の前には、ムッとした顔をしているレイラがいた。



「弱気なイザベルさんなんて、らしくないですよ。いつもの貴女なら、「だったら証拠隠滅すればいいじゃない」くらい言うでしょ」

「レイラ嬢、いくらベルでもそこまでは言わないぞ」

「いえ殿下、ベルならあり得ます。アイツはお腹の中が墨で出来ているので」



 なんだか後ろにいる兄に不本意なことを言われている気がするが、今はレイラに目が向いている。



「一緒にマリーを助けましょう。私にできることなら何でも協力しますから」



 「聖女舐めないでくださいよ」と言って、レイラが勝気に笑う。頬にあった手が離れる。今度は両肩に手が置かれた。振り返ると兄と婚約者がそれぞれ手を置いていた。



「王子も忘れて貰っては困るな」

「頼れる兄もここにいるよ」



 忘れてなどいない。二人はイザベルが最も信頼する男だ。もちろん、この世で一番信頼しているのはこの場にはいない親友である。



「さて、まだ不安はあるかな、妹よ」



 ノアがいつものように挑発する。



「あら、不安なんてもの私には覚えのない感情でしてよ、お兄様」



 それに受けて立つとでも言うように、イザベルは笑う。



「私は、イザベル・ディレイン。目的のためには手段を選びませんわ」



(待っていてマリー、必ず貴女をそこから救い出してあげる。それで、貴女にもう一度言いたいことがあるの)



 そして自覚してくれ。君が愛されていることを。

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