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裁きを下してほしいとでもいうように、レイラが項垂れる。マリベルは、重くなってしまった口を開いた。
「レイラは、楽な道に行ってしまったのね」
すべての判断を誰かに任せるという楽な道へ。
「ここに来たのも、私に決めてほしかったからでしょ」
レイラの体が反応する。図星だ。
「私もね、家のために親が用意した誰かと結婚するの。この家の子供は私だけだから、顔も知らない人に婿に来てもらって家を存続しないといけないわ。その点でいえば、貴女と似ているかもしれないわね」
誰かに決められたレールを歩くのは、さぞや楽だろう。苦しくても辛くても、その人のせいにできる。自分は悪くないと言える。だけど。
「だけどね、人が人の人生を決める権利なんて誰も持っていないのよ」
たしかにマリベルは家のためにどこかの誰かと結婚する。しかし、そこにマリベルの意志がないわけではない。村の人のために、家族のために、ずっと続いてきた家の歴史のために。それで良いと自分で決めた。
イザベルのために動いたのもそうだ。たとえ彼女に命令されたことだったとしても、マリベルは自分の意志でそれを実行した。自分が起こした罪を「仕方ない」なんて軽い言葉で済ませない。
マリベルの言葉を聞いたレイラが顔を上げる。顔を歪め、今まで見た中で一番不細工な顔になっていた。
「じゃあ、どうすればいいんですか? 私はこれから、どうやっていけばいいんですか? イザベルさん達とどうやって顔を合わせればいいんですか? 分からないの。教えてください。私はどうしたらいいの」
ひっく、ひっく。レイラが泣きじゃくる。このままだと彼女のことが嫌いになりそうだった。
「自分で考えなさい」
それが口調にも表れる。思ったよりも厳しい声が出てしまった。レイラがピタッと止まる。顔を覆った手を退ける。酷い顔だ。
「考えて考えて考え抜いて、自分が正しいと思うことをしなさい。自分の行動に責任を持ちなさい」
「私」
「レイラ・ナンシー、貴女はどうしたいの?」
「私は」
レイラが床を見つめる。
(これが聖女か)
哀れだった。彼女が受けたのは一種の洗脳に近い。少しずつ時間を掛けて、自分の言うことに従うと良いことが起こると思い込ませる。そうして、いつの間にか操り人形のように手中にされていた。一体、モニカは何の目的でそんなことをしたのだろう。本当に妹のためを思っての行動だったのか。それとも違う目的があるのか。なによりレイラの言うことが事実なら、彼女はマリベルと同じく時間を巻き戻った人間ではないだろうか。だって、前世でレイラの姉に未来を見る力などなかったはずだ。前世でもその力を持っていたら、レイラはもっと生きやすい環境にいただろう。
もう一度会って確かめたい。だけど怖い。
パーティーで見た時のモニカは、普通に妹を大事に思う姉だった。しかし、レイラの話を聞くとそこに裏があるように思えてならない。本当に自分と同じように彼女にも過去の記憶があるとして、会っても問題ないのだろうか。彼女の裏の一面を見ても自分は大丈夫なのだろうか。それを知るのが怖い。
「私は……やっぱり、わかんない」
そうだろう。彼女は今まで自分で考えるということを放棄していた。それがいきなり、どうしたいのかと問われても、自分の意志が出てこない。そういう風に育ってしまった。
「でも、アーノルドさん達に謝りたいです」
レイラが不安定に揺れた瞳を向ける。
「謝って、それから、考えてみたい。これじゃ、駄目、かな?」
マリベルは、安心させるように頷いた。
「そんなに不安にならなくても大丈夫よ。ベル様たちならきっとわかってくださるわ」
「うん…あの、その時は、一緒に居てくれる?」
「ええ、一緒にベル様たちのところに行きましょう」
ここで初めて、レイラは笑った。憑きものが落ちたような顔をしていた。
馬車に乗って帰っていったレイラを見送ったマリベルは、ニックに声を掛けられた。消えていく馬車を興味津々に見ている。
「今のどこの貴族様だ?」
「伯爵家の人よ。私のお友達」
「ふーん、公爵様以外にも友達がいたのか」
「アンタはいい加減、私に友達がいないのを前提に話すのを止めたらどう?」
ニックは珍し気に、外行きの格好をしたマリベルを興味深げに見る。
「なによ?」
「いや別に、馬子にも衣装だなと思って」
「ふん!」
「いて!」
思いっきり足を踏んでやった。ニックが足を押さえてぴょんぴょん跳ねる。ようやく痛みが収まった彼に、マリベルは嫌々ながら聞く。
「で、何しに来たのよ?」
「ほら、もうすぐ聖女様決める儀式があるだろ? 緊張してんじゃねぇかって揶揄いに」
「そこは励ますところでしょ!」
「でぇ!」
もう一度足を踏んでやった。まったくこの男は、素直に物を言えないのか。
「別に緊張することでもないわよ。どうせ私は選ばれないんだから」
「そりゃあ、そうだろうけど、やけに、はっきり言うな、いてぇ」
ニックが足を押さえて唸っている。しばらくそのままでいればいい。マリベルは、ふん、と鼻を鳴らした。
すでに過去に一度経験しているのだ。今更緊張なんてしない。それに、どうせレイラが選ばれるのだから「私かも」なんて無意味にドキドキする必要もないのだ。マリベルは、今回のことでなぜ彼女が聖女に選ばれたのか分かった気がした。
生贄として精霊王に捧げられた聖女は、無垢であったと言われている。
白く、汚れなく、真っ白で純潔な魂を持った女性だったそうだ。無垢であるが故に、染まりやすく、戻りやすい。どこまで白く、恨みも妬みも憎悪も持たなかった。その魂は生まれ変わりである、レイラも持っていた。だから、自分やイザベルに害されそうになっても同情した。恨みなど一欠片も持っていなかった。
そういうところを自分の姉に利用されたのだろうか。今の内に洗脳すれば、すべてが意のままになると思ったのだろうか。それとも、どこにもそんな意図はなかったのか。だが、聖女はどこまでも無垢だ。いつか間違いに気づき、元の白に戻る。だから今、レイラは戻ろうとしている。あるべき自分に戻ろうとしている。
足を押さえて蹲っているニックの前にしゃがむ。目が合う。
「聖女様は綺麗でないとね」
「ああ、たしかにお前は絶対無理だな」
「アンタは少しくらいお世辞を言いなさい」
今度は頭を叩いてやった。なんだってこの男は。これじゃあ恋人は、しばらく見つからないだろう。マリベルは、彼をその場に放置して家に入るのだった。




