13
レイラの行動は静まる気配がない。何度か注意したが改める気がまるでなかった。
「今度のパーティーに、レイラさんを呼ぼうと思うの」
アーノルドの計らいで、イザベルとマリベルは生徒会室に来ていた。最近はどこからともなくレイラが現れるので、こうしてゆっくり話せる機会がなかった。城に行けばいつでも会えるのだが、それでは手続きが掛かる。そのため、こうしてアーノルドがイザベル達でも入れるように生徒会室を開けてくれたのだ。ここなら、レイラも簡単には入ってこない。
家の話や、レイラの様子についてなど話をしていた時だ。イザベルが話を切り出した。その言葉を聞いたアーノルドが質問する。
「今度というのは、君の父君が開くパーティーのことか?」
「ええ、少しずつ礼儀は身に付いているみたいだけど、彼女パーティーに一度も参加したことないみたいなんです」
「一度も? デビュタントはどうしていたんだ?」
「前日の大雨で土砂崩れが起きたせいで、参加できなかったみたいでね。まあ、彼女のお家はそういうのには縁がないみたいだけど、一応伯爵家の子でしょ。学校でも卒業パーティーとかあるし、少しでも慣れておいた方がいいと思うの」
たしかに思いかえせば、デビュタントで彼女の姿を見たことはなかった。マリベルも探してみたのだが、どこにもいなかったのだ。少しだけ参加して、すぐに帰ったのかと思ったが、初めから会場にいなかったのか。どうりで見なかったわけだ。
「だが、君は出ないと言ってなかったか?」
「ええ、そうなんですが、そのパーティーに兄が参加することになりまして。私がパートナーをすることになったんです」
「!」
アーノルドは驚いた。彼はイザベルに兄がいると知らなかったのだ。
ノアの容態はいつ急変するか分からない。公爵家の嫡男が病死したとなれば、格好の話題になる。そのため、国の王子であっても教えることができなかった。たとえ彼に悪意がなかったとしても、どこで人が聞き耳を立てているか分からない。だから、イザベルは心苦しいと思いながらも言うことができなかった。
「君にお兄さんがいるというのは聞いていないが」
「お体が弱いので、口外することができなかったんです。ですが、やっと体調が安定してきて、今度のパーティーで正式に出ることになりました。ごめんなさい、黙っていて」
「いや、いいんだ。そういう理由なら仕方がない。君のお兄さんの病気が治ってきてよかったよ」
「ありがとうございます。それで、ぜひ殿下にも兄に会っていただきたいんです…駄目でしょうか」
「そういうことなら、ぜひ参加させてくれ」
(殿下とノア様が会う日なんて来なかったのに)
マリベルは、アーノルドがノアと初対面を果たすことよりも、どうして会うことになったのか戸惑っていた。そんな記憶はない。たしかにノアの体調が良くなっているのは喜ばしい。だが、ここまで未来を変えてしまって良いのだろうか。マリベルは最悪な終わりを阻止するために今まで行動してきた。その結果が、これなのか。変わりすぎではないだろうか。自分が彼の病気を治したわけではないが、少なくとも今この場にいるイザベルとアーノルドの関係は大きく異なっている。その影響が周囲に起きているのではないだろうか。
(このままで本当に良いのかしら)
最近、何度もそう思ってしまう。
「それでね、殿下のパートナーを貴女にしてほしいの」
考え事をしていたマリベルに、イザベルが話しかける。途中まで話を聞いていなかったマリベルは聞き返す。
「えっと、申し訳ありません。なんの話ですか?」
「だから、今度のパーティーは、貴女に殿下のパートナーをしてほしいのよ」
「!? む、無理です! 絶対無理! 恐れ多い!」
聞いた瞬間、マリベルは全力で拒否した。なんと恐れ多いことを。アーノルドに視線をやると、彼は苦笑を浮かべていた。なぜ止めない。
「大丈夫よ。殿下がフォローしてくれるから」
「そういう問題じゃないです! 私が殿下と踊るのが問題なんです!」
「貴女のダンスがビックリするくらい下手なのは知っているわよ。だから殿下がフォローしてくれるって言ってるんじゃない」
「そんなこと一言も聞いてません!」
「ベル、僕がマリベル嬢とパーティーに来たら、いろいろと噂が立つだろ。彼女はそれが心配なんだよ」
アーノルドがパーティーに参加するときは、必ずイザベルが隣にいた。婚約者なのだから当たり前だろう。それなのに、いまいちパッとしないマリベルが彼と現れたらどうなる。こんな自分とアーノルドに、浮気の噂が立つとは思えないが、万が一のこともある。そうなればイザベル達にも被害行く。それに、令嬢たちの嫉妬の視線が怖い。
イザベルが馬鹿な子を見るような視線を向けた。
「貴女、自分が周りにどう思われているのか知らないの?」
「?」
溜息を吐かれる。
(頭悪くてごめんなさい)
「マリー、貴方は私の一番の友人よ。そんな貴女が、私の代わりに殿下にエスコートされたって不思議ではないわ。それに、本当は貴女にお兄様のパートナーになってもらおうと思っていたのよ」
「ええ!?」
マリベルは仰天して、ソファの上で跳ねてしまった。その驚きように、イザベルは拗ねた顔を見せる。
「でもお兄様が、マリーが困るだろうって」
その言葉にチクンと胸が痛んだ。マリベルは胸に手を当てる。針など刺さっていない。首を傾げるマリベルに、イザベルは輝かしい笑みを見せた。
「そういうことだから、貴女は殿下のパートナーをしてちょうだい。もし何か言われたら私に言いなさい。二度と口を開けないようにしてあげるから」
「ベル、口が悪いぞ」
「あら、失礼」
イザベルが自分の口を押さえる。アーノルドは呆れていた。何がそういうことなのか分からないが、彼女の中ではすでに決定事項のようだ。アーノルドも特に反論がない。本人達が良いのなら、自分から言えることは何もない。マリベルは、力なく頷くのだった。
「よろしくな、マリベル嬢」
「…よろしくお願いいたします」
ノアの部屋に、イザベルがやってきた。
「ただいまお兄様」
「おかえり」
「今日2人にお伝えしたら、快く了承していただきました」
「そうか」
「……」
「なんだ?」
「意気地なし」
「!」




