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(とうとう来たわね)



「レイラ・ナンシーです。好きなものは家族とパンケーキです。分からないことばかりなのでいろいろ教えてくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」



 秋になった。学園は時季外れの転校生に湧いていた。マリベルの記憶通り、レイラが転入してきたのだ。桃色の瞳と髪。えくぼが印象的な笑顔。無邪気な様子。どこも記憶と違いはない。


 ここからが正念場だ。これから学校卒業までの行動で、すべてが決まる。



「可愛らしい子ね。仲良くできるかしら」

「ベル様なら大丈夫ですよ」



 マリベルの覚悟など知らず、イザベルが季節外れの転校生に純粋に喜んでいた。

 朝のHRは、彼女の自己紹介とちょっとした連絡事項で終わった。次は移動教室だ。



「マリー、彼女も一緒で良いかしら」

「はい、構いませんよ」

 


 周りは授業の準備を始めているが、レイラは次の授業について、先生から何も聞いていないようで困った様子でキョロキョロしている。それに気付いたイザベルが、彼女の席に近づく。



「次は実験室へ移動よ。案内するから準備して」

「あ、は、はい! ちょっと待ってください」



(今ベル様に見惚れたわね)



 レイラがガサゴソと鞄の中を漁る。机の上にいくつもの教科書が置かれた。ちょっとガサツなところがあるようだ。それを崩れないように整理する。準備を終えたレイラが、勢いよく立ち上がる。椅子がすごい音を立てた。まだ教室に残っていた者が、眉を顰める。



「レイラさん、立ち上がる時に音を立てるのはマナー違反ですよ」

「あ、ごめんなさい! 私知らなくって」

「次からはお気を付けなさい」

「はい、すみません」



 レイラはさっそくイザベルに注意されていた。その後、彼女に校舎の中を軽く説明をしながら、実験室へと向かった。彼女はイザベルの名前を聞いた途端、不自然なくらい狼狽えていたが、すぐに普段通りに戻った。以前には見たことない反応だ。前世では、彼女はイザベルの家についても知らず、彼女を怒らせていた。しかし、この様子からしてレイラはイザベルの家のことを知っているようだった。



(もしかしたら、レイラの方にも何か違うことが起きているのかも)


 そうなると、すべての行動が同じとは限らなくなってくる。すでに2人が転校初日に接触している時点で、いろいろと変わっている。

 だが、レイラは以前と同じミスを所々繰り返していた。そのたびに、イザベルが注意する。イザベルのことを知っていたから、少しはマナーを学んだのかと思ったのだが違うのか?





「レイラさん、失礼だけど、貴女は平民の出身かしら?」

「いえ、伯爵家です」

「…貴女の家は貴族教育を行わないのね」


 イザベルは眉を顰める。マリベルでさえ礼儀があるのに、伯爵家が教育を怠っていることが信じられないのだ。その様子に気付かないレイラは、恥ずかしそうに頭を掻いた。それも貴族らしくない。



「実は、伯爵家は名ばかりで、家はほとんど平民と変わらない生活なんです。この学園に入るまでは、平民の学校に通っていましたので、貴族教育なんて全然。私も貴族様と結婚する気もありませんでしたから」



 ナンシー家は、30年前まで普通の伯爵家と変わらない生活を送っていた。しかし、ある事業に失敗し没落。それから景気回復を試みるも上手くいかず、ナンシー家は今日まで質素な生活を送っていた。



「でも、この学園に来たからには貴族マナーは必須よ。特別入学が許された平民の子だって、あらかじめ教育を受けるわ」

「え、そうだったんですか。嘘、全然知らなかった」

「無理もないわね。この時期に転校してきたということは、相当急だったみたいだし、教える時間もなかったのでしょう。レイラさん、しばらくは私達と行動しましょう。貴女がマナーを身に着けるまで、私がサポートしてあげる」

「いいんですか! ありがとうございます!」



 これは上手くいくと思った。イザベルは彼女に敵意を抱いていない。彼女もイザベルに懐いている。

 レイラは優しい子だ。たとえ、これからアーノルドのことを好きになったとしても、イザベルのために身を引くはずだ。誰かが不幸になる幸せを彼女は望まない。前世ではイザベルの性格がアレだっったから身を引くことをしなかった。

 イザベルが、彼女に魔法について教えている。以前は想像もつかなかった光景だ。



(うん、やっぱり心配しなくて良かったわ。これで2人が友達にでもなってくれたらもっと安心するんだけど)



 それも追々なってくれそうだ。マリベルは、この先安心して過ごせそうだととりあえず安堵するのだった。









 しかし、前世の記憶があるマリベルでも不可解なことが起こった。



「ねぇ、マリー。レイラさんのことどう思う?」

「どう、とは?」

「殿下に対する態度よ。婚約者のいる方に取る態度ではないわ」

「イザベル様が婚約者だと、知らないからとか?」

「昨日教えたわ。それなのに、あれってどうなの?」



 イザベルの視線の先を辿ると、レイラがアーノルドの腕に自分の腕を絡ませていた。婚約者のいる殿方にする行動ではない。マリベルも彼女の行動に戸惑っていた。



「私もね、彼女が平民と同じように育ったから、ああいう行動に出ていると思っていたの。だから昨日教えたのに、全く変わる気配がないわ」

「レイラさんは、殿下に好意を抱いているのでしょうか?」

「さあ、そうは見えないけど、狙っているのは確かでしょうね。そんな子には見えないんだけど」



 イザベルが面白くないというように、ケーキを頬張る。周りに誰もいないから良かったが、あまり外ではしてほしくない。「ケーキはほどほどになさってください」と軽く注意し、眼下にいるレイラとアーノルドを観察する。彼は、困ってはいるが無理に彼女の腕を外そうとはしない。ほかの生徒の目もあるので、乱暴な対応ができないのだ。



「レイラ嬢、そろそろ離してもらえるか」

「いいじゃないですか。あ、あっちの建物は何ですか?」



(連れまわしてるな~)



 それに、レイラ達が向かった場所は、転入初日にイザベル達が案内している。彼女は自分達といる時は、マリベルの知るレイラだ。しかし、アーノルドが現れると雰囲気が変わる。まるで彼といるのが当たり前かのように、イザベルがいる前でも彼に積極的にアピールし、近づこうとしてくる。



(あんな子じゃなかったのに)



 今のところ、イザベルは不満そうな顔をしながらも、彼女に危害を加える気はないようだった。元々嫉妬深い女性なので、このままいけば、また以前の性格に戻ってしまうかもしれない。

 大丈夫と思った途端にこれだ。マリベルはため息を吐きたくなった。



「とりあえず、まだ転入したてで不安とかあるだろうし、暫くは様子見ね。でも、これ以上変な噂が立つようなら何とかしないといけないわ。その時はマリー、よろしくね」

「はい、私の方でもレイラさんと話してみます」

「ありがとう」



 学園内では、すでにレイラのことが話題になっている。この時期に転入してきたこともそうだが、アーノルドと2人でいるのを見かけられるからだ。大多数の人が、レイラに不快感を抱いている。それが膨れ上がって、やがて彼女に直接危害が加えられないか。それが心配だった。



(これからどうなるんだろう?)



 マリベルは、残ったケーキを食べるのだった。





「アーノルドさん、次はあっちに行きましょう」

「すまないレイラ嬢。この後予定があるので失礼する」

「もう少しだけ」

「悪いね。それから、みだりに女性が男に触れるものではない。今は目を瞑るが、君自身が行動を改めることを祈っているよ」



 アーノルドが彼女の腕を少し乱暴に振りほどき、去っていく。レイラはその後ろ姿を見送りながら首を傾げた。



「おかしいな~。アーノルドさんは私のことを好きになるんだよね? なんで行っちゃうの? イザベルさんも話とは違うんだよね。何でなのかな~」



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