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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第五章 義兄の死

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八十八 戦勝の宴

1573(天正元)年7月 近江国八幡山城 浅井長政

 夏草が茂り、本格的に暑くなってきた。

 お市が元気な女の子を産んだ。

 後にお江あるいは小督と呼ばれ、出家した後は崇源院と名乗った娘だ。

 お江は歴史では複雑な人生を送っている。最初の婚姻相手は佐治一成だが、一成が秀吉の逆鱗に触れてしまい、一年もしないうちに離縁させられる。

 次の婚姻相手は秀吉の甥の豊臣秀勝は、朝鮮出兵中に病死する。

 三度目の婚姻相手は、徳川家康の後継者であり、後に江戸幕府第二代将軍となる徳川秀忠だ。

 三代将軍家光の母となり、娘は後水尾天皇の中宮となることで明正天皇の外祖母となったお江は、ある意味で歴史の勝利者かもしれない。

 けれども、生まれてすぐに小谷城が落城して父親が亡くなり、幼いうちに母親も柴田家の滅亡と運命を共にし、ときの権力者の意向で嫁ぎ先を決められ、長姉も戦争で失ったお江の人生は平穏なものではなかったと思う。この世界線では、できる限り穏やかな人生を歩ませてやりたい。

 これで浅井三姉妹が揃った。家族を守ることを目標にした俺には感慨深い。


 浅井家は順調に勢力を伸ばしている。

 武田が滅んだことで、さらに情勢は変わった。織田も三好も同盟国ではあるが、浅井との国力の差はさらに大きく広がった。

 外交担当の安養寺や進藤が調整した結果、織田と三好は浅井に服属する大名という扱いになった。信忠からの申し出によって、二度にわたる援軍の礼として岐阜城周辺の中美濃は浅井領となった。

 岐阜城は生半可な者に任せられないので、政元を城主とした。長浜城は家臣には任せにくいので、実宰院の姉上に入ってもらった。お市の護衛役は警備隊の女性たちが育っている。

 これで織田の領地は尾張一国に縮小した。三河も北伊勢も浅井領になり、織田領の周囲はすべて浅井領になっている。

 だが信忠は武田の追撃戦では冷静に行動するなど、将才はあると思う。関東の戦いで活躍してくれれば、飛び地になるが領地を増やすことができるだろう。

 三好義継も活躍に応じて、四国で領地を増やそうと思っている。


1573(天正元)年9月1日 近江国八幡山城 浅井長政

 この日は浅井家にとって特別な日だ。

 歴史では小谷城が落城し、長政が自刃した日である。

 だが浅井家は天下に近づき、油断は禁物だが、滅びの歴史は何とか回避できたかなと思う。

 ここまでの道のりは平坦ではなかった。

 父から家督を奪い、織田と同盟し、織田に負けないスピードで領土を拡大しなければというプレッシャーと戦った。

 ちょっとした行動が予想外に歴史を変えてしまうバタフライエフェクトに注意しながら、浅井の滅亡を防ぐために歴史を改変していった。

 将軍義輝の暗殺を防げなかったことをはじめ、抵抗しても史実どおりになってしまう歴史の修正力の脅威を感じ、さらに自分は何者なのか分からないアイデンティティクライシスにも陥った。

 お市や姉上たちの家族、半兵衛や橘内、爺や清綱、喜右衛門や宗佐などの家臣のお陰で、どうにかここまで来れた。

 感謝しかない。 


1574(天正2)年1月 近江国八幡山城 浅井長政

 年が明けると、正三位右近衛大将に任じられた。

 右近衛大将は源頼朝も任じられた、武家の棟梁の官位だ。

 朝廷からは天下静謐の任も与えられ、浅井の天下は近づいた。

 足利将軍義昭は、浅井の手で乱世が収まれば、将軍を辞任すると言ってきてくれた。あまり知られていない感があるが、義昭は歴史でも豊臣政権が確立すると、将軍を辞任して山城で余生を送っている。

 朝廷から武家の棟梁という御墨付きを得て、将軍も浅井の天下を認めていることが知られるにつれて、小大名には戦わずに従属するところも出てきた。

 最初に臣従してくれたのは飛騨の姉小路だった。次いで丹波の波多野も臣従してくれた。このほかにも、いくつかの小大名から臣従の条件について話し合う使者が来ている。

 浅井としても、自ら臣従を申し出れば家を存続させ、それなりの領地も残すことを周知して、中小の大名たちに臣従を呼びかけている。

 戦わずに勝つことが俺の望みだ。乱世に疲弊した民をなるべく早く戦から解放したい。


 最近では領地が広がり、長く仕えてくれた家臣たちも各地に散っている。

 遠藤は上杉に備えて引き続き越前にいる。中島宗佐には遠江を任せた。

 三田村の爺は美濃で政元を補佐している。

 磯野は、所領を増やして若狭から甲斐に転封した。

 警備隊で活躍した弓削梓は、戦乱で荒れた三河の立て直し役に抜擢した。

 家臣たちは八幡山に屋敷を持っているが、滅多に揃うことはない。

 安養寺は各地を飛び回っている。 

 いつも八幡山にいるのは、半兵衛と橘内、宿老の赤尾くらいだ。

 そこで、官位が上がった祝宴とあわせ、武田を倒した戦勝の宴を春に開くことになった。


1574(天正2)年春 近江国八幡山城 浅井長政

夜桜(再掲)

 月夜を桜の花びらが舞っている。

 夜桜は美しく、妖しい。

 静かに杯を傾け、花びらを散らす桜の樹を観る。

 こんな風に穏やかに夜桜を観たのは、いつ以来だろう。


 仄かな月の明かりを浴びながら、少しまだ冷たい春の夜風に当たる。

 空いた杯に徳利から酒を注いでいると、廊下を歩く足音が聞こえた。

 「まあ、このような所にお一人で。」

 聞き慣れた声に振り向くと、妻が近づいてきた。

 美しく賢い、自分には過ぎた妻だ。

 「たまには一人で桜を見るのもいいかと思ってな。」

 「何をおっしゃっているのですか。宴を主人が抜け出してどうするのです。」

 「済まない。今から戻るよ。」

 長い廊下を妻と並んで歩き、大広間へ戻る。

 今日は戦勝の宴だ。戻れば家族や家臣が楽しく飲み食いしているだろう。


 孤独だった元の世界の暮らしを思えば、今の状態は想像できないなあと思う。

 アパートで戦国時代のゲームをしたり、調べ物をするのが、数少ない気晴らしだった。

 元の世界は平和だったが、今は戦国の世なので、いつ命を落とすか分からない。

 しかし、妻や娘たちを悲しませないためにも、生き抜かなければと思う。

 大切なものを失うのが怖いが、失うものがあることは幸せなんだと思う。

 この戦国の世に来て、いろいろなことがあった。

 歴史に刻まれた悲劇を避けるために悪戦苦闘して、どうにかここまでやってこれた。

 頼りになる家族と家臣にも恵まれた。

 大それた望みだが、亡き義兄の遺志を継ぎ、天下を統一して戦国を終わらせたい。

 (完)

 長政記を最後までお読み頂き、ありがとうございます。

 仕事をしながら書くのは想像以上に大変でしたが、思ったよりも多くの方に読んで頂けたことに励まされ、どうにか完結まで書き続けられました。

 評価点やブクマを頂いた方、誤字脱字をチェックしてくださった方、改めて感謝致します。

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