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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第五章 義兄の死

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八十六 武田軍は本当に退却したのか

1573(天正元)年4月 尾張国清州城 浅井長政

 浅井の本隊を連れて清州城に着いた。

 政元は俺の指示どおり、城の要所に鉄砲足軽を配置して、守りに徹していた。

 派手さはないが、功を焦って自滅するようなことのない政元は良将といってよい。

 武田軍は城の前で挑発をしたり、小規模な夜襲をかけてくることはあったが、本格的な城攻めは控えたようだ。

 浅井本隊の軍勢約2万が現れたのを見ると、武田軍はすっと退いた。

 一糸乱れぬ統率ぶりに武田軍の強さが垣間見える。

 清州城に入り、信忠と政元に会った。

 「叔父上、此度もお力にすがることになってしまい、申し訳ございませね。」

 「勘九郎殿、水臭いことを言うものではない。そなたの父上の代から、浅井と織田は固く結ばれている。織田の危地に浅井が駆け付けるのは当然のことだ。」

 「忝く存じます。」

 「兄上、ご指示のとおり、守りに徹しておりました。武田は挑発はして来ましたが、無理に攻めては来ませんでした。」

 「政元、援軍の任を見事に果たしてくれたな。武田の挑発に乗らなかったのは良かった。」


 武田軍は翌日は清州城周辺にとどまっていたが、さらに次の日になると、潮が退くようにいなくなった。

 浅井からも織田からも物見の兵を出したが、清州城の近くに敵兵は見当たらなかった。

 武田軍が退却したことに、これまで押されっぱなしだった織田勢は沸き立った。

 「武田は大軍に怯えて去ったぞ!」

 「今こそ追撃だ!」

 「武田に討たれた者たちの敵討ちだ!」

 だが、武田軍の退却を単純に喜んでよいものだろうか。

 俺は橘内と半兵衛と三人で相談した。

 「二人とも、どう思う?」

 「大将の知る歴史では、そろそろ信玄が病で倒れる頃だ。」

 「確かにそうですね。信玄は死んだのかもしれません。

 しかし、清州城を攻めて兵を損なうのを避けて、いったん退いただけかもしれません。」

 「そうだな。信玄がいなくなったのであれば追撃の好機だ。だが油断はできない。相手は歴戦の驍将が揃う武田軍だ。これが罠でないとも言い切れんな。」

 「大将、織田勢はこれまでの鬱憤もあるから、止めても追撃をするだろう。」

 「そうですね。浅井は織田の少し後ろを付いて行きましょう。武田の騎馬隊は侮れません。」

 織田軍は、武田に奪われた城や砦を次々と取り戻していった。

 どこも無人となっていた。

 浅井軍は警戒しながら進んだが、何だか拍子抜けする感じだった。

 やはり信玄は病死し、武田は甲斐に引き上げるのだろうか。


 織田軍が先に進み、その後ろを浅井軍が付いていく。

 やがて行き先に山地が見えてきて、道が谷間を通るところに近づいた。

 「ここはどのあたりだ。」

 「大将、あの谷は桶狭間だ。」

 「そうか、ここが義兄上が今川軍を破った場所か。」

 確かに大軍が縦に伸びるような谷間が続いている。

 うん?大軍が縦に伸びる地形だと。

 これはもしかすると。半兵衛が顔色を変えた。

 「御屋形様。ここは伏兵の危険があります。谷に入らず、山にも物見を放つべきです。」

 「そうだな。谷に入らないよう徹底しよう。織田にも谷の入口でいったん止まるように伝令を出そう。」

 浅井からの連絡で、織田軍も止まった。

 間もなくして橘内の手の者から、武田らしき伏兵が桶狭間に潜んでいることが分かった。

 「やはり武田はただ退いたのではなかったか。かつて義兄上が今川義元を討ったように、数の少ない側が多い側を奇襲するには良い場所だ。」

 「御屋形様、信玄は生きているのかもしれません。山から伏兵が降りてきて混乱したところに、騎馬隊が襲ってくる手筈でしょう。谷の出口から少し下がり、武田軍を迎え撃つ準備をしましょう。」

 「分かった。織田軍にも伝令を走らせてくれ。それから野村隊に伝令を。」

 織田の本隊も浅井の動きに応じて止まった。


 武田の騎馬隊と戦うことを想定して、いくつかの手は打っていた。

 その一つが工兵隊だ。もともと浅井の常備兵は戦いのないときは土木工事もしているが、中でも手際の良いものを集めて工兵隊を組織した。

 桶狭間の戦いがどこで行われたのか、今なお判然としないが、古戦場だと思われる旧大高村のあたりは丸根砦まで丘陵地になっている。

 武田の伏兵がいるところから少し離れたいくつかの丘陵に兵を置き、工兵隊は急いで馬防柵を立て、簡単な堀をつくる作業を始めた。

 「武田はどう出てくるかな。」

 「おそらく攻めてくるでしょう。このままでは浅井との国力の差が開くのは分かっているでしょう。特に信玄が生きているなら、早いうちに決戦をしたいはずです。浅井の鉄砲隊が守る城を攻めるのは愚策だと理解しているわけですから、こうして野戦ができる機会は逃さないでしょう。」

 「大将のいう野戦陣地というのは日の本には無かったものだ。だから武田は野戦を選ぶだろう。」

 半兵衛も橘内も武田は攻めてくると予想した。

 今回は鉄砲3千挺を持ってきている。歴史の長篠の戦いで織田が揃えたのは3千挺よりかなり少なかったと考えられているから、火力はこれで十分だろう。

 

 翌日は武田軍に動きはなかったが、物見の兵は出してきたようだ。敵の忍びや物見は橘内の手の者が排除してくれるが、さすがにこれだけ近いと防ぎきれない。

 奇襲が失敗したこと、浅井が陣地を造っていることに気付いただろう。

 その次の日の早朝、武田軍は動いた。

 不気味な面頬を付けた武田の騎馬武者たちは迫力があった。

 だが、そろそろ来襲があると予想し、こちらも早朝から準備はしていた。武田騎馬隊を引きつけたところで味方の鉄砲隊は一斉に射撃を始めた。

 周囲に轟音が鳴り響いた。三千挺が交替しながら射撃する音は流石に凄まじい。

 武田の騎馬隊には倒れたものもいるし、弾が当たらなくても、斉射の轟音に棹立ちになる馬も少なくない。

 味方の陣地まで迫った敵の騎馬兵は、思ったよりも本格的な空堀や土塁があることに驚いているようだ。

 武田の騎馬隊の勢いは止まった。

 よし、ここで一気に決めよう。

 俺は野村隊に指示の伝令を出した。


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