八十五 織田の救援
1573(天正元)年3月上旬 近江国 八幡山城 浅井長政
ようやく尾張の信忠から援軍要請が来た。
このままでは織田も武田に呑まれるのではないかと心配していたところだ。
救援要請があったときの陣立ては既に検討している。
南信濃の高遠城を占領している浅井軍は、3千を高遠城に残し、遠藤は1万8千の兵を率いて北信濃に侵攻し、中島は4千の兵を率いて織田の救援に向かう。
北信濃の真田家出身の武藤喜兵衛(後の真田昌幸)には密かにつなぎを付けている。
時流を読むことに長けている昌幸は、彼我の戦力を比較して浅井に分があると判断し、兄の信綱と昌輝は信玄の西進に従軍しているものの、北信濃に攻め込めば味方すると伝えてきた。或いはこれも、どちらが勝っても家が残るようにする真田家のお家芸かもしれない。
清州城には援軍の第一陣として長浜城の政元を大将とする軍が向かった。近隣の西美濃衆と鎌刃城の前田利家も同行している。長浜城には4千の常備兵が置いてあり、西美濃三人衆が5千、利家が3千の兵を連れていく。
さらに南信濃から中島の率いる4千が合流すると、合計1万5千になる。
武田の本隊は2万2千くらいだから、織田の兵とあわせれば、清州で武田を食い止めることは十分できるだろう。
その後、北近江や伊賀、北伊勢から動員する2万の兵を率いて俺も援軍に行く。
今回は畿内の兵は動かさない。隙を見せれば三好三人衆がまた蠢動しかねない。
1573(天正元)年3月下旬 尾張国 清州城 浅井政元
信忠殿の援軍要請を受けて、第一陣の兵を率いて私は尾張に入りました。
清州城に着くと、憔悴した表情の信忠殿と丹羽、木下らが出迎えにきました。
木下などは涙を流して喜んでいます。
援軍が間に合って良かった。
状況を訊ねると、滝川一益から説明がありました。
「されば武田は我が方の城を接収しながら、清州城に近づいてきております。数日後にはこの城下に現れるのではないかと。」
「分かりました。武田を討ちたい気持ちは強いと思いますが、兄上からは城を守ることに専念するように言われています。
しばらくすれば、近江から浅井の本隊2万を連れて兄上が来ます。武田を追撃するのはそれからです。」
周囲からは、「さらに2万も援軍を出してくださるのか」とか「これで武田を倒せる」などの声が上がりました。
敗戦に暗くなっていた雰囲気が明るくなるのは良いことです。
籠城戦は士気の維持が重要だと聞いています。
「それでは、一息入れたら城の堀や柵などを強化します。浅井の兵は作事は得意ですが、皆さんも手伝ってください。」
兵を一休みさせてから、城の堀を深くし、その周囲に逆茂木を置くなど、城の防備を固めました。
そして、城のどこに浅井の鉄砲足軽を配置するかなど、城の内部を見せてもらいながら準備を進めました。
織田軍も8千くらいいますから、私の連れてきた1万5千とあわせると2万3千になり、武田軍に兵力では負けなくなります。
浅井軍は兵糧や武具も持ってきましたから、織田軍の士気も上がっています。
三日後、武田軍は清州城下に現れました。
歴戦の強者が多いせいか、不思議な落ち着きがあります。
そういえば武田の旗印は「風林火山」でした。今は静かでも、攻めてくるときは火の如く激しいのでしょう。
それでも、城攻めでは守備側の3倍くらい兵が必要というのが常識です。
まして浅井には多くの鉄砲がありますから、敵も簡単には攻めてこれないでしょう。
面頬を付けた武田の武将は不気味な迫力があって怖そうですが、慌てる必要はありません。こちらは兄上の援軍の到着まで時間を稼げば良いのです。
尾張国 清州城下 武田信玄
織田の子倅を追い詰めたと思ったが、もう浅井の援軍が来ておった。
どうやら1万5千くらいの軍勢で来たようじゃな。
織田の兵とあわせると、我らとほぼ同じ数だ。
これでは籠城されると清州城は落とせぬ。
富裕で知られる浅井のことだ。鉄砲も糧食も十分持ってきているだろう。
浅井には高遠城を落とされたという報告も来ている。
やはり西進する武田の前に立ちはだかるのは浅井か。
「ごほっ。」
儂はまた血を吐いた。
どうも儂の体はおかしくなっておる。
今川と北条を駿河から追い払い、徳川を倒して遠江と三河を奪った。
これで畿内を支配する浅井とも戦える、いよいよ西へ進むとなったときに口惜しいことだ。
浅井の背後を攪乱するために本願寺に働きかけたが、反応がよくない。そのせいで浅井は大軍を出せるのだろう。
氏康の死を機会に休戦協定を北条に呼び掛けたが、こちらも反応が鈍い。
もしかすると長政が手を回しているのかもしれぬ。
だが、これ以上浅井の勢力が大きくなる前に叩く必要がある。
戦だけなら越後の謙信のほうが強い。だが浅井には銭の力がある。農民ではなく常備兵を増やし、鉄砲を揃え、戦力は膨張を続けておる。
このままでは太刀打ちできなくなるだろう。
それに儂には時間がない。もう長くは生きられないだろう。勝頼は優秀だが、後を任せるには不安がある。
息子と宿将を殺してまで追い求めた武田の天下を諦めることはできぬ。
儂に残された寿命で、何とか浅井を倒したい。




