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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第一章 家督の継承と織田家との同盟

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八 家族の会話

1560(永禄3)年10月上旬 近江国浅井郡平塚村 浅井新九郎

 評定の後、俺は小谷城の南東にある実宰院を訪ねた。

 入口で来訪を告げると奥に通され、住職である昌安見久尼が笑顔で迎えてくれた。

「お久しぶりです、姉上。」

「新九郎殿、家督の継承、おめでとうございます。」

「ありがとうございます、姉上。確かに私は家督を継ぎましたが、人前ではありませんし殿呼ばわりはやめてください。」

「そうですか。では、そのように。」

 姉上は笑顔を浮かべた。

 俺の意識が戻ったとき、傍にいてくれた頭巾を被った女性は、出家した長政の姉だった。長政の8歳上なので、23歳の若い尼僧である。なぜ若いのに出家しているかといえば、別に夫が亡くなったというわけでもない。出家の理由は、姉の体型にあった。

 姉は身の丈5尺8寸(約176㎝)、目方は二十八貫(約105kg)だったと伝わっている。そんな大きな女性が戦国の世にいたのだろうかと思っていたが、実際に会ってみると本当に大きかった。戦国時代の男性の平均身長よりも20㎝近く高く、目方もあるので、雲突くような大女という印象になってしまう。いくら大名家の娘といっても結婚相手がいないだろうということで、本人が望んで出家したのだ。

 気も強く、稽古場で家中の者をなぎ倒してしまう武芸も身に着けていた。

 だが、長政の記憶では優しく信頼できる姉だ。六角家で生まれて8年を過ごした長政にとって、母と戻ってきた浅井家は知らない人ばかりの他人の家だった。そのときに一番親身になってくれたのは、この大柄な姉だった。

 「私は新九郎の矢傷が癒えただけで十分嬉しかったけれど、母上を苦しめたあの男を竹生島に追放したのは、本当によくやってくれました。きっと母上も喜んでいます。」

 姉の目は潤んでいる。母は長年の人質生活のために心を病み、浅井家に戻って数年後に亡くなっていた。歴史では小谷城落城まで生きていたと伝わるので、そのあたりから俺の知っている世界とはずれているのかもしれない。ただ、歴史では落城後に酷い目にあったともいわれているので、早く亡くなったから不幸とは言い切れない。

 しかし、不思議なものだ。他人である長政の記憶に基づく情報なのに、姉の涙を見ると感慨が湧いてきて、俺も目が潤むのを止められない。

 姉は小さく首を振って、話題を変えた。

 「ところで、齋藤家も敵に回ったと聞きました。当主になったのはお目出度いけれど、これからが大変でしょう。」

 「はい、六角もまた攻めてくるでしょうし、気は抜けません。そこで、織田との同盟を考えています。」

 「桶狭間で今川家を破ったという織田家ですか。新九郎と同じように若い当主が格上の大名を破ったので、勢いがあるようですね。宗滴公が亡くなった朝倉家よりも頼りになると私も思います。」

姉上は浅井家の状況をよく理解していた。武芸が得意なだけではなく、聡明な人でもある。久政も女なのが惜しいと言っていたらしい。

 「さすが姉上。状況をよく見ておられます。ところで、同盟を結べば織田家の姫が嫁に来るかもしれません。そのときは警護役をお願いできますでしょうか。」

姉は久政を嫌い、小谷城には滅多に顔を見せなかった。

 「ええ、もしそうなったら任せてください。その姫には指一本触れさせません。」

 「ありがとうございます。姉上が来てくれれば百人力です。」

 昌安見久尼には、小谷城が落城したときに浅井三姉妹を匿い、守り抜いたという伝承もある。この屈強な姉が守ってくれるなら安心だ。

 「ところで、京極家に嫁いだ姉上はどんな感じでしょうか。」

 「ああ、お慶なら元気そうですよ。まあ、あんな年寄りに嫁がされて最初は怒っていたけれど。優しい人だったみたいで、意外に不満はないようです。」

 もう一人の姉のお慶は俺より3歳上だ。最近になり、傀儡かいらいの守護である京極高吉に嫁いでいた。後に宣教師から洗礼を受けて京極マリアと呼ばれる人だ。長政の家族は何というか、意外とキャラの立った人が多い。

 お慶の結婚は久政による政略結婚だったが、高吉は30歳以上も年上だ。家族を駒としか見ない久政らしいやり方に、見久尼も長政も腹を立てていた。

 「そうなのですか。京極の姉上が不幸な結婚に苦しんでいるなら婚姻を解消しなければと思っています。」

 「ふふ、新九郎は優しいですね。そう言ってくれるのは私も嬉しい。ですが家督を継承した今、京極家と揉めるわけにはいかないでしょう。大丈夫、お慶はそんなに不幸そうじゃありません。」

 辞去するとき、姉は体に気を付けるようにと言ってくれた。評定で家臣たちとの駆け引きに疲れた後だけに、家族の会話は心に沁みるものがある。俺が当主になっても姉の態度が変わらないことも嬉しかった。

 戦国時代の大名は孤独になりがちだ。家族といっても家臣だというスタイルもあるだろうが、俺は信頼できる家族は大切にしたいと思う。


10月上旬 近江国小谷城京極屋敷 浅井新九郎

 長姉を訪ねた数日後、城内の京極屋敷を訪ね、守護である京極高吉に家督の継承を報告した。 傀儡とはいえ、建前では浅井家は京極家の家臣だ。宿老の赤尾清綱と連れ立っていった。

 高吉は特に何も言わずに報告を聞いた。政治には関心を失っているらしい。

 その後で、高吉に嫁いだ姉のお慶に会いに行った。

 本音で話すために清綱は先に帰し、側近の中島宗左衛門直親のみを連れていく。姉の側にも長く仕えた侍女しかいない。

 「姉上、ご無沙汰しております。」

 「新九郎殿、家督の継承、誠に目出度く思います。」

 ひととおり挨拶してから、姉に尋ねた。

 「ここには信頼できる者しかいません。姉上の本音をお聞きしたいと思います。今の暮らしはどうなのでしょう。お望みであれば、浅井家にお戻り頂くことを考えます。」

 「まあ、ありがとう。確かに最初はこんな年寄りの妻は嫌だと思いました。でも優しい人ですし、嫌いではないのですよ。新九郎も家督を継いだばかりで京極家と揉める訳にはいかないでしょう。」

姉は儚げに笑った。

 「確かに京極家とは良い関係を保ちたいと思います。しかし、だからと言って姉上が犠牲になるのは。」

 「新九郎は優しいですね。でも大丈夫です。この時代、男も女も戦っていると私は思っています。浅井家のために京極家を動かすことが私の戦いです。あの父が当主ではやる気が出ませんでしたが、あなたのためなら苦ではありません。あなたが倒れたと聞いたとき、私も心配したのですよ。あなたが私を心配してくれるように、私もあなたを心配していることを忘れないでください。」

 「姉上。」

 「それに、離縁しようと思わないのはお家のためだけではありません。まだはっきりと分かりませんが、おそらく子を授かっています。私のことを考えてくれるのであれば、この子が幸せな人生を歩めるように手助けしてください。」

 「分かりました。その子のために、できる限りのことをすることをお誓い致します。」

 姉上の言葉には何と言ってよいか分からない。しかし、女の戦いと言ってのけた姉上を同情で実家に戻すのは姉上の誇りをかえって汚すことになるのだろう。

確か歴史では京極マリアは5人くらい子を生んでいる。夫婦で洗礼を受けたようだし、年は恐ろしく離れているが、仲は悪くなかったのだろう。京極マリアの子というと、長男が生まれるのはまだ先のはずだから、秀吉の側室になった竜子だろうか。

 俺の目の黒いうちは、老齢になった秀吉の側室になどさせない。できれば、若くて優秀な武将の中から結婚相手を選ばせてやりたい。

 京極屋敷を辞した後、直親に念を押した。

 「宗佐、ここで見聞きしたことは忘れてくれるか。」

 「もちろんでございます。しかし、殿もお慶様も、お互いのことを思いやっておられて、某には眩しく見えました。」

 直親は涙ぐんでくれている。人の良い男だ。歴史でも、母の縁戚である阿閉家が裏切った後も、小谷城の支城で最後まで戦った武将だ。浅井には裏切者も多いが、忠義者もいる。姉上の覚悟に応えるためにも、忠誠を尽くしてくれる家臣を死なせないためにも頑張らなければ。


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