七十四 凶弾
1570(永禄13)年5月上旬 山城国 織田信長
義弟は律儀に儂を見送りに来てくれた。
だが、京に来てよく分かったが、皆は天下を動かすのは儂ではなく浅井長政だと考えておる。
それも無理はない。長島で無様な戦いをした儂と違い、義弟は越前も獲り、若狭武田氏も臣従させた。
義弟は朝廷の信頼も得ており、官位も儂より高い。
此度の三好三人衆の将軍襲撃にしても、奴らを畿内から追い払ったのは義弟で、儂が美濃から京に着いたときには全てが終わっていた。
どこでこんなに差がついてしまったのだろう。
三好三人衆を追い払い、これからは織田と浅井で天下を治めようと義弟は言ってくれるが、互いの力の差を考えれば、浅井の天下に織田が協力するということになろう。
家中の意見も割れておる。
丹羽五郎左や滝川彦右衛門、木下藤吉郎は浅井の天下に協力すれば良いという意見だ。
浅井は織田に敵意はないのだから、織田は東に進み実力を蓄え、浅井が幕府を開くなら織田は副将軍にでもなれば良いという考えだ。
一方、柴田権六や林佐渡らは武田と組んで浅井と戦うべきだという意見だ。
武田には儂の養女を嫁がせた。その娘は病で亡くなったが、武田からは信玄の娘を儂の嫡子の信忠の正室にするという打診も来ておる。
確かに武田の騎馬隊は強い。それに武田家は源氏の名門だ。儂は出自よりも実力だと思うが、まだまだ血筋を重視する者は多い。
もし武田と組んで浅井を討てば、今度はその武田と戦うことになる。
浅井に協力するのに比べれば、修羅の道だな。
だが織田一族と争い続け、弟も手にかけた儂は、これまで修羅の道を歩んできた。
天下を獲るまで、戦い続けるしかないのかもしれぬ。
一方、儂に叛乱を起こした一族の者たちと違い、義弟の長政は誠実な態度を貫いている。浅井の方が実力が上になっても、織田を対等な同盟者として遇し続けてくれる。
一度背いた権六や弟と反逆した林佐渡よりも、よほど信じられるのではないか。
儂はどちらの道を進むべきだろう。
考えているうちに、山城と近江の国境の山道に差し掛かっていた。
もうじき近江か。
美濃と尾張も栄えているが、近江の発展はすさまじい。
琵琶湖の水運を活かし、日本海を通じた交易で栄えている。
陸路も東山道に東海道、北国街道に若狭街道と重要な多くの街道が通っている。
はは、隣国の発展に感心しているようでは、儂も耄碌したと言われるな。
「ドーン!」
突然、銃声が聞こえたと思ったら、視界に赤いものが散った。
見れば、儂の胸から血が流れておる。
撃たれたようだな。
力が入らず、馬から落ちる。
儂はここまでか。
新しき世は長政が作るであろう。
是非もなし。
1570(永禄13)年5月上旬 山城国 二条城 浅井長政
「御屋形様、大変でございます。」
近習の赤尾清冬が駆け込んできた。清冬は宿老の赤尾清綱の嫡子だ。
今年元服して近習になった。父親と同じように浅井を支える柱になってほしいと思っている。
「何があった。」
「織田殿が鉄砲で撃たれたようでございます。」
「何だと!」
俺は思わず立ち上がった。
「橘内を呼んでくれ。詳しい状況を知りたい。」
義兄上は山城から近江を経由して美濃に帰る予定だった。
近江は橘内の配下の忍びたちが警戒してくれている。そうそう襲撃などできると思わない。
そうすると山城を出る前か。
それにしても、こんなところで信長が狙撃されるとは。
狙撃?
思い出した。信長は鉄砲の狙撃で暗殺されかけたことがあった。
あれは確か、金ヶ崎の退き陣の後、京から美濃へ戻る途中、八風街道のあたりで狙撃されたはず。
時期は金ヶ崎の退き陣が1570年4月だから、その翌月の5月だったか。
今は1570年5月だ。
歴史とは随分違う状況になっているが、時期は同じだ。
そうすると、歴史と同じで、信長は軽傷で済んだんじゃないか。
一人で慌てて、一人で安心していると、橘内がやってきた。
「大将、遅れてすまない。」
「おお、橘内。よく来たな。それで、義兄上は軽傷で済んだのか。」
俺は、橘内がよく分かりましたなと言ってくれることを期待した。
だが、橘内は沈痛な表情を浮かべ、何やら居ずまいを正している。
まさか。
「申し上げにくいことながら、御屋形様の義兄上の織田尾張守殿は亡くなったようでございます。」




