七十三 二条城の完成
1570(永禄13)年4月 近江国八幡山城 浅井長政
京から近江に戻ると、以前から準備を進めていた長浜城から八幡山城への本拠地の移転を行った。
幕府が壊滅状態になったことから、今後は京にもっと関与する必要が生じる。
京に居座るのではなく、何かあったときにすぐ駆け付けられる八幡山城を本拠地にする 理由の一つは、京は守りにくい地形であることだ。
もう一つの理由は幕府が存続している状態で京に本拠地を構えて、上杉あたりを無用に刺激することを避けたいからだ。
八幡山は城下町は広く造ってあり、大きな港も有していて、本拠地にすることの問題はない。政元には入れ替わりで長浜城に入ってもらった。
4月になり、義兄の信長が京につくった将軍のための御所が完成した。
二重の堀に囲まれ、石垣を備え、簡単に攻められないように防御力を高めた御所だ。
歴史では二条城と呼ばれることになるが、この城を信長は驚くべきことにたった七十日で完成させたと伝わる。なぜ早く出来たかと言えば、本圀寺の建物や石を使ったからだ。
ここでも歴史と同じように信長は本圀寺の建物や調度を持ち去り、二条城に使用した。
将軍が実際に襲われた以上、急いで守りを固める必要は確かにある。
けれども本圀寺は日蓮宗の大本山であり、開祖の日蓮上人が鎌倉に構えた法華堂を前身として、光厳天皇の勅諚によって六条堀川の地に移遷したと伝わっている。
その寺が壊されるのは日蓮宗にとっては一大事だ。史実と同じように僧侶や多くの法華信徒は朝廷にも働きかけ、信長に金銭の提供も申し出たが、信長は移築を止めなかった。
信長は既に長島で本願寺門徒と戦っている。
今回、本圀寺を壊すことで法華信徒からも敵視されることにもなってしまった。
二条城の完成を受けて、将軍義昭は近江の八幡山城から京に戻ることになった。
京に戻る前、将軍に呼ばれて話をした。
「中将、此度は随分と世話になった。」
「もったいないお言葉にございます。」
「八幡山の城下町に何度か行ったが、ここは良い町だな。通りを行く民の表情が明るい。
港には多くの船が出入りし、町では多くの品物が売られている。浮浪児が見当たらないのも驚いたが、孤児を保護する場所も作ったそうだな。
そなたは良い政を行っているようだ。」
「恐れ入ります。国の礎は民にございますれば、民が豊かになってこそ、国も豊かになると思っております。」
「うむ、そなたのような考えの者が力を持つことは、日の本のために望ましい。私は将軍になり、苦しむ民を救いたいと思ったが、側近たちの操り人形であった。
だが、そなたのような民を安んじる者の人形であれば、人形にも意味があるだろう。」
「人形など、とんでもございません。」
「ふふ、良いのだ。足利家が実権を失ってから、もう長い年月が経つ。今さら足利家が実権を取り戻し、乱世を終わらせることなど難しいだろう。」
俺は何と言って良いか分からず、平伏した。
1570(永禄13)年4月 山城国二条城 浅井長政
浅井の三千の兵が護衛して、将軍義昭は京に戻った。
将軍が京に戻るにあたり、政所執事を代々務めた伊勢氏の一門で永禄の変を生き延びていた伊勢貞興が政所執事に任じられた。
このほか、柳沢元政など本圀寺の変を生き延びた幕臣も義昭に仕えることになった。
評判の悪かった幕臣は生き残っていないのは、橘内が水面下で工作したのかもしれない。
そして関白には、近衛前久が復帰することになった。
二条晴良は義昭の側近たちと親しく、畿内の政治を混乱させ、今回の争乱を止められなかったことで立場を失った。
そういえば京に戻る前に近江で近衛前久から、今後の天下をどうするのか問われた。
「三好三人衆を追放したのは良い。彼らは天下を安定させられなかった。だが、これから天下をどのように治めるつもりだ。」
一時は三好三人衆と組んでいた近衛卿だが、二条晴良に追放されたときに近江で保護したことで、浅井とは友好的な関係にある。
「私は浅井と織田で協力して天下を安定させ、平和な世にしたいと思っております。」
俺の答えに近衛卿は昏い笑みを浮かべた。
「そうか。そなたは浅井と織田は唇歯輔車の関係だと言っていたな。だが、日の本の歴史に二つの家が協力して天下を獲った例はない。
実力からいえば浅井のほうが織田よりも強い。近江で良い政をしているのも見せてもらった。そなたが天下を獲ったほうが、この国は安定するのではないか。」
理屈ではそうかもしれない。だが甘いかもしれないが、俺は義兄の信長を裏切りたくないし、お市を両家の間で苦しめたくもない。
近衛卿には、浅井や織田が代替わりすれば分からないが、義兄の信長と自分はうまくやれると思っていると答えた。
将軍義昭に同行し、二条城で出迎えた義兄の信長と対面した。
二条城は石垣を備えていて籠城できることに加え、金箔を貼った瓦も使われ、城内には華やかな調度も置かれ、将軍の居城にふさわしい壮麗さも兼ね備えていた。
「石垣を備えて守りを固くし、一方では瓦や調度などは豪華で、将軍の御所にふさわしい見事な造りですね。」
「であるか。」
義兄上は言葉少なだったが、少し嬉しそうに見えた。
将軍義昭を送り届けたら近江に戻ろうかと思ったが、将軍の意向で、俺はしばらく二条城に滞在することになった。
やはりまだ本圀寺が襲撃された恐怖が抜けていないように見える。
将軍には、俺が近江に戻っても山城には十分に兵を置き、何かあればすぐに八幡山から駆け付けることを約束した。
そのために近江と山城の間の街道も整備することにした。
義兄上は二条城を完成させたところで、美濃の岐阜城に戻ることになった。
二条城の警備も織田から浅井に引き継がれた。
しかし、しばらくすれば俺は近江に戻り、二条城の警備も浅井から織田に引き継ぐことにした。
義兄上の面子を立てるために、両家が交替で二条城の警備をすることにしたのだ。
信長が美濃に発つ日、俺は見送りに出た。
「義兄上がご不在の間、京は長政にお任せください。」
「ああ、宜しく頼む。」
京を発つ義兄の信長を見送った。
このときの俺は、またすぐに義兄上に会えるものだと思っていた。




