六 評定②人事
1560(永禄3)年10月上旬 小谷城大広間 浅井新九郎
家督を譲っても実権を握ろうとする久政の企みは潰せた。ここから当主として仕切る初めての評定になる。
まず、野良田で戦死した家臣に報いるため、遺族に所領を安堵し、子弟がいれば召し抱えることを宣言した。家臣たちから歓声が上がった。
次の議題は野良田の戦いの論功行賞と人事だ。
手柄を立てた家臣たちに感状を与える。どの家臣にどのような感状を出すかは事前に清綱から聞いている。
さて、次は城主の人事だ。家臣がそれぞれの領地を守っていた久政の時代とは違う流儀になる。驚く家臣もいるだろう。
「野良田の戦いでは勝ったが、六角は浅井よりも所領も広く、底力はある。体制を立て直したら、また攻めてくると思うべきだろう。」
家臣たちの顔を見る。浮かれた顔をしている者はいない。長年、六角に圧迫されてきたのだ。一度の勝利で喜んでいられないことは、皆分かっているようだ。
「そうなれば佐和山城は最前線となる。百々内蔵助はこれまでよく佐和山を治めてくれたが、これからは厳しい戦が続く。そこで、わが軍の先鋒を務めてきた磯野員昌を城主としたい。善兵衛、領地から離れることになるが、受けてくれるか。」
「承知仕りました。」
磯野善兵衛員昌には事前に相談している。
磯野氏の本拠地は浅井郡にある。遠く坂田郡に配属することは申し訳ないと思うが、最前線にはやはり当家最強の員昌を配置したい。
「うむ、頼んだぞ。それから内蔵助、これまでよく最前線の佐和山城を支えてくれた。これからは小谷城に詰めて、これまでの経験を生かして俺に助言をしてほしい。」
「はっ、承りましてございます。」
百々内蔵助にも事前に説明してあった。心配したが、既に老齢の域に達していることもあり、すんなりと了解してくれた。内政の改革では経験豊富な内蔵助を頼りにしており、本当に左遷ではない。
異動の理由は他にもある。俺の知る歴史では、内蔵助は長政の留守をついた六角義賢に討たれている。しかし、経験豊富で信頼できる老将を失いたくない。おそらくだが長政が亡くなり、未来から俺の意識が宿った時点で、俺のいた世界と似てはいても違う世界線上にあると思う。この世界線では、家臣を戦で失わないよう全力を尽くしたい。
さて、佐和山城の次は鎌刃城だ。
「次に鎌刃城だが、ここも前線の城だ。野良田の戦いで武勲を挙げ、坂田郡に領地のある遠藤直経を城主とする。」
「はっ、身命を賭して鎌刃城主の大任を務めまする。」
いや、頼むから命を捨てたりしないでほしい。一番頼りになるお前を失うわけにはいかない。心の中でそう思いつつ、他の家臣の手前でもあり、満足そうに頷いて見せた。
それから堀次郎秀村と家老の樋口直房の方を向く。
「鎌刃城はこれまで堀家に任せてきた。だが次郎はまだ幼い故、籠城などさせないためにも城主にはしない。しかし喜右衛門と一緒に坂田郡を守ってほしい。直房も頼んだぞ。」
「はは、承知仕りました。」
幼い主君と一緒に直房は頭を下げた。歴史では信長に真っ先に寝返るが、堀家は坂田郡に大きな影響力を持つので、少なくとも今は軽視できない。鎌刃城を遠藤家に任せることに不満があるかな。後で外交の話を聞けば理解してくれると思う。
最も信頼できる直経を城主にすると、直属の家臣が手薄になるのは痛い。しかし堀家を抑えて鎌刃城を守れる武将は他に思いつかなかった。それに、員昌のように領地替えを受け入れてくれる家臣はまだ多くない。もっと家内での力も付けなければと思う。
最後に弟の件だ。
「竹若丸も、もう12歳だ。浅井家の男として、いろいろ学んでほしい。そこで傅役を置くことにする。傅役は経験豊富な三田村左衛門に頼む。」
「兄上、ありがとうございまする。」
「傅役の大任、身の引き締まる思いでござる。」
これまで、竹若丸は母親が側室ということもあり、正式な傅役はいなかった。
しかし母が違っても信頼できる兄弟は貴重だ。それに、おかしな家臣が担ごうとしたり、他家から調略されることも防ぎたい。だから信頼できる三田村の爺に傅役を頼んだ。
家臣の中には、直経が城主になり、左衛門が傅役になることに嫉妬する者はいるだろうが、二人は信頼できるし、野良田の戦でも手柄を挙げている。信賞必罰は武家のよって立つところ。文句があるなら、信頼できるところを見せて、功績を挙げてほしい。俺は今いる側近しか重用しないつもりはない。
「それから、新たな家臣も登用するつもりだ。近々、領内を回るので、土豪の子弟などを集めておいてもらえるか。野良田の戦では犠牲者も出た。その後を補う意味もあるが、それだけではない。これから浅井家は大きくなる。俺が大きくしてみせる。そのために人材を探すのだと心得てほしい。」
家臣たちから「お任せあれ」や「楽しみですな」などの声が上がった。領土を広げると宣言してしまったが、実現するつもりでもいる。明るい将来を描いて見せるのはリーダーの務めだろう。




