六十四 朝倉家の滅亡
1567(永禄10)年5月上旬 越前国 一乗谷 浅井長政
一乗谷に永楽銭の旗が翻っていたのは、美濃から織田軍が北上したからだ。
浅井の侵攻にあわせて織田が挟撃することは、事前に取り決めていた。
どうやら寝返った朝倉景鏡の手引きで一乗谷に入ったらしい。
本拠地も奪われ、兵にも逃げられた朝倉義景は自決した。
歴史では一乗谷に柴田勝家隊が火を放ち、三日三晩燃えたとも伝わるが、今回は内通者がいたうえに守備兵が少なかったこともあり、町は無事だった。
転移前の記憶は大きく欠けているが、戦国時代に多くの建物や町が焼かれてしまったことを残念に思っていたことは覚えている。
一乗谷は朝倉氏が日本海貿易で得た富を得て築いた町だと聞いたことがあり、どんな町なのか見てみたいと思っていた。
福井平野から随分内陸に入ったところにある一乗谷だが、街道が交わり、川の水運の拠点でもある。
そして、日本には珍しい城塞都市である。入り口には人の背丈ほどもある大きな石も使った立派な門があり、さながら城門のような雰囲気を醸し出している。
「お久しぶりでございます。」
一乗谷の城門に近づくと、出迎えてくれたのは丹羽長秀だった。
「久しぶりだな。その節は世話になった。その後も活躍しているようで、何よりだ。」
長秀は美濃攻略で功績があったと聞いている。
そして長秀の隣にいる小柄な人物は、
「お初にお目にかかります。拙者は木下藤吉郎と申します。」
おお、やはりそうか。これがあの秀吉か。
確かに猿のような顔だが、愛嬌のある目がくるくると動き、頭の回転がよさそうだ。
城門をくぐり、一乗谷に入った。
谷の中には川が流れ、住人の多くは逃げてしまったようで閑散としているが、町の繁栄ぶりは見てとれる。
人口は約1万と伝わり、この時代では大都市といってよい。
目抜き通りには多くの商店が並び、さながら商店街のようだ。
川の近くには水田が整備されている。
朝倉一族や重臣が住んでいただろう立派な館も並び、雅な庭園もある。
まさに北陸の小京都だ。焼けずに残って良かった。
長秀と秀吉は朝倉義景の館を既に接収していた。
特に傷んでもいなかったので、そこで戦勝祝いの宴が催された。
伯父上たちは武威を示したと上機嫌だったが、磯野は浮かない様子だったので声をかけた。
「善兵衛、此度も見事な戦の指揮ぶりだった。」
「ありがとうございます。」
「浮かぬ顔だが、何かあったか。鉄砲の戦は気に入らぬか。」
「殿には隠せませぬな。某の知る戦は槍や刀を振るうものでございます。味方も敵も命がけですが、そこには武芸の輝きのようなものもあります。
しかし、鉄砲はただ相手を一方的に倒すだけで、戦をしている感じが致しませぬ。
もちろん鉄砲のお陰で味方の被害は少なく、敵を倒せることは分かっておりますが。」
「鉄砲で一方的に敵を撃つのは、ただ殺戮しているようで、俺も好きではない。
ただ、敦賀で善兵衛が鉄砲の威力を示したことで、金ヶ崎では朝倉が早く崩れた。
結果として敵の犠牲も少なくしたから、敦賀の戦いは意味は大きかったと思う。」
「そう言って頂けると、某も気持ちが軽くなります。」
「これから戦は変わっていくだろう。浅井は幸い領内に国友があったから他より早く鉄砲を揃えることができた。
鉄砲の威力を見せることで、敵が早く降伏するような戦をしたい。」
織田家の丹羽長秀と木下藤吉郎とも話した。
ひとしきり挨拶をした後で、長秀は疑問を口にした。
「一乗谷は豪華な館に庭園がつくられ、小京都ですな。
朝倉は小京都を作り出し、満足していたのでござろうか。」
「どうだろうな。越前は米も多く獲れるし、日本海の貿易で銭も儲かる。
京に似せた立派な屋敷や庭園をつくり、今の暮らしが守れれば十分と思ったのかもしれんな。
宗滴公が健在なうちは外敵を恐れる必要もなかっただろう。
その頃は朝倉義景は良い政を行い、領地は栄えていると京の公家たちも評価していたようだ。」
だが今は乱世だ。戦が強くなければ、こんなふうにあっさりと滅んでしまう。
俺と長秀がしんみりしていると、秀吉が寄ってきた。
「ささ、浅井殿。どうぞ一献傾けてくだされ。」
笑った顔は何とも言えない愛嬌がある。
秀吉はしばらく自分の失敗談など、楽しい話をした。
その後で少し姿勢を正すと、俺に礼を述べた。
「此度は織田家にご配慮を賜り、誠にありがとうございまする。
浅井殿は独力で朝倉を討つだけの力をお持ちじゃ。
それでも、あえて我らに援軍を頼んでくださった。
美濃攻めで助けてもらうだけでは、織田は浅井に頼ってばかりと諸国に侮られましょう。
おかげで主の面目が立ち申した。」
「藤吉郎の申す通りじゃ。それに大野郡司の景鏡の調略もさせて頂けた。
本来なら、越前はすべて浅井領にできたところ、大野郡を織田に頂けるとは。
誠にありがたく存じます。」
長秀も頭を下げた。
「二人とも、頭を上げてくれ。俺は浅井と織田は一心同体だと思っている。
それに大野郡を獲るのは良いことばかりではないことに、二人なら気づいているだろう。」
「加賀の一向一揆でございますな。なに、両家が手を携えれば、何ほどのこともございますまい。」
秀吉は不敵な笑みを浮かべて答えた。長秀も黙って頷く。やはり分かっていたな。
大野郡を織田が調略することを認めたのは、俺が西美濃を得た代わりでもあるが、加賀に隣接した地方なので、一向一揆と向き合うことになるという理由もある。
俺は本願寺とはぶつからないようにしていて、特に領内の門徒とは友好関係を築いている。
だが加賀の門徒は、石山本願寺の言うことも、ときに聞かないようだ。
何かの拍子に戦にならないとも限らない。
どちらにしても海沿いの地域では浅井領の越前は加賀と領地を接するが、大野郡を織田に譲ることで、織田領も越前と接することになる。
それにしても、秀吉は打てば響くような頭の回転の良さがあり、話題も豊富で、愛嬌がある。
なるほど、これが有名な人たらしかと思った。
そう思っていたら、俺のもとを辞去した後、浅井の家臣をつかまえて、「浅井家には美しい女性が多いと聞き申すが、本当でござるか。拙者にご紹介頂ければありがたい。」とか言っている。
ああ、そう言えば女好きも秀吉の代名詞だったと思い出した。




