六十一 若狭防衛戦
1567(永禄10)年3月 若狭国 国吉城 粟屋勝久
今年も朝倉は攻めてきた。
永禄6年から毎年、若狭に攻めよせてくる。
国吉城は御岳山に築いた堅城だ。今年もきっと撃退できるだろう。
だが今年は朝倉勢の人数が多い。
もしかすると、浅井が昨年西美濃を獲ったので、このままでは朝倉との力の差が広がるという危機感があるのかもしれぬ。
越前は大国だが、浅井領は100万石を越えている。
朝倉も海路の貿易で儲かっておるが、浅井は北の若狭湾から西は京に近い大津まで、南は同盟国の織田の伊勢湾まで関所をなくし、商業は非常に盛んだときく。
石高に商業を加味しても、浅井のほうが国力はだいぶ上だろう。
それはともかく、今は目の前の大軍だ。ざっと五千はおるな。
これは苦戦するかもしれぬ。
後瀬山の磯野殿に援軍を頼むしかないか。
建前では若狭国主はこの城におられる武田様だが、誰が本当の若狭の主人か、そのあたりの農民でも知っている。
「おい、使者を後瀬山に出すぞ。援軍を頼もう。」
家臣に指示を出すと、ちょうど別の家臣が走り込んできた。
「殿、越前とは反対の方向から大軍が来ております。」
「何、どこの軍か見て参れ。」
「はっ。」
まさか、朝倉の別動隊が回り込んだのか。
いや、この城が見下ろしておる椿峠を越えなければ、越前から若狭へは入れないはずだ。
しばらくして家臣が戻ってきた。
「殿、旗印は三つ盛り亀甲に花菱と笹竜胆が見えましてございます。浅井家の磯野軍です。」
何と、援軍要請を出さずとも援軍に来てくれたのか。
数刻後、磯野殿が国吉城に参られた。
「援軍、忝く存じます。」
「いや、粟屋殿だけでも十分防がれたと思うが、此度は敵の人数が多いようだったのでな。勝手ながら援軍を出させてもらった。」
「こんなに早く敵の軍容を把握して援軍に来てくださるとは、さすが浅井家ですな。」
浅井家は三千の兵で援軍に来てくれて、六百挺もの鉄砲を持ってきていた。
自分の城でもないのに高価な鉄砲をこんなに持ってくるとは。
磯野殿の指揮で浅井の鉄砲足軽が城の要所に配置された。
情報を集める力だけを見ても、浅井と武田では力が違いすぎる。
それに鉄砲の数に象徴されるように金の力も段違いだ。妙な拘りは捨てて、指揮は磯野殿にお任せをした。
若狭国 国吉城 磯野員昌
朝倉勢に浅井の援軍は少ないと思わせるよう、旗印などは少なくしている。
今の浅井家なら援軍を五千は出せるが三千にしたのも、朝倉に攻めさせるためだ。
軍師の竹中半兵衛殿の読みでは、このままでは浅井との国力が開く一方だという焦りが朝倉にあるので、ここは攻めて来る可能性が高いようだが。
物見の兵が駆け込んできた。
「朝倉勢が寄せて参りました。」
「そうか、では鉄砲の用意を致せ。」
うむ、軍師殿の読みどおりだな。
櫓から敵の様子を見ていると、しばらくして、喚き声を上げながら朝倉勢が城に向かってきた。
「良いか、十分に引きつけて撃つのだぞ。」
敵の先頭が城門に近づいてきたが、まだだ。
やがて敵の先頭が土壁に取り付いて、後ろから梯子が運ばれてきた。
「今だ、撃てー!」
轟音が辺りに響き、二百挺の鉄砲が火を噴く。
腹の底から響くような、周囲の空気が揺れるような音だ。
我ら浅井勢は鉄砲の音に慣れているが、朝倉勢も武田勢も驚いたようだ。
朝倉勢は先頭がバタバタと倒れ、騒ぎになったが、やがて立て直してきた。
鉄砲は一度撃つとしばらく撃てない。その間に攻めよせるつもりだろう。
先ほどと同じように、敵を十分引きつけてから撃つ。
再び轟音が響き、朝倉勢が倒れていく。
さて、敵は何度同じことを繰り返すだろう。こちらは玉薬も十分に持ってきた。
鉄砲隊は三隊に分けており、二百挺ずつの射撃は、敵が退くまで続けることができる。
翌日、朝倉勢は再び攻めてきた。昨日は五回突撃してきて、その都度多くの犠牲を出した。
今日また仕掛けてきたのは、こちらの玉薬が切れることを期待したのだろう。
生憎だが、まだたっぷりとある。
三回突撃して、敵の動きが止んだ。引きつけて撃っているので無駄玉はあまりない。
昨日から合計八回の突撃で、おそらく千名くらいの死傷者が出ているだろう。
最後の突撃のときは、敵の先頭の足軽の腰が引けていたように思う。
しばらくして、敵が退き始めた。
やはり一方的な損害に耐えきれなくなったか。
「敵は退くぞ。今だ、者ども、浅井の強さは鉄砲だけではないところを見せるぞ。」
粟屋勝久
浅井の鉄砲隊の戦い方は圧倒的だった。一方的に敵は倒れていった。
鉄砲は威力はあるが、鉄砲自体が高価なうえ、玉薬も高価じゃから戦では使えないと思っておったが。
浅井の富貴さは想像を越えておる。朝倉は宿敵だが、ここまで一方的だと、いささか同情したい気にもなる。
それに浅井の強さは鉄砲だけではなかった。
磯野殿の追撃は苛烈だった。鉄砲なしでも朝倉軍に勝ったのではないかな。
儂は若狭武田家の忠臣だと自負しておる。
だが、ここまで力の差のある浅井家に対し、形式的な若狭守護の地位を求め続けることがお家のためになるのだろうか。




