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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第三章 京の争乱

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四十八 半兵衛の見た浅井領

1565(永禄8)年3月 近江国 竹中半兵衛

 領内を見て考えてくれと浅井殿は言った。

 浅井殿がどのような世にしようとしているのか、きっと領内を見ると分かるのだろう。

だが客将である私は他家に戻り、場合によっては敵対する可能性がある。

それなのに領内を見ていけとは、浅井殿の度量の大きさを見せられたと思う。


 まずは町の様子を見させてもらおう。

 長浜の城下町は活気があり、商人の声が賑やかに聞こえる。

町を歩く住民たちの顔も明るい。

 ぱっと見たところ、乞食が見当たらず、飢えてやせ細った者はいない。

 浅井は富裕な大名として知られるが、民から無理に収奪しているのではないことが分かる。

 それに、たいていの町には浮浪児がいるものだが、これも見当たらない。

 茶店で団子を注文して店主に聞いたところ、浅井家が親のない子どもを集めて育てているのだそうだ。

 これは驚いた。浅井はずいぶんと民に優しいのだな。

 驚きといえば、長浜の町につながる街道は広々としているのも驚きだ。たいていの大名は敵に攻められにくいように道は狭くしている。

 浅井は攻められない自信があるのか、それとも商業振興の優先順位が高いのか。

 広い街道に出て見ると、多くの行商人が行き来し、たいそうな賑わいだ。

 しばらく進んだが、関所が見当たらない。行商人に聞いてみたが、浅井領内には関所がないから、自分のような零細の商人には有難いと言っていた。

 噂には聞いていたが、本当に浅井殿は関所をなくしたらしい。領内の関所は尾張の織田殿もなくそうとしているようだが、収入の減る国人たちの反発があり、実行するのは容易じゃない。

 浅井家はもともと京極家の家臣で、赤尾家や三田村家など有力な家臣たちも同格だったはずだ。つい最近まで同格だった家臣は、なかなか言うことを聞かないものだが、浅井では当主に従っているようだ。

 そういえば、有力な家臣だった阿閉家と堀家が先代の久政殿を担ぎ出して実権を握ろうとして粛清されたと聞いた。

 浅井新九郎殿は優しいだけの大名でもないようだ。


 長浜から街道沿いに朝妻湊へと向かう。

 道中、周囲の田んぼの様子を見ると、用水路で多くの水車がくるくる回っていた。

 これも茶店で聞いた話だが、水の流れる力を利用して田に水を引き入れる道具とのことだった。浅井領では、良い籾を選別する仕組みも導入されていて、以前よりも多くの米がとれるようになったらしい。

 浅井殿は武勇に優れるだけではなく、内政も上手いようだな。

 街道を南に向かって歩いていると、少し先から騒ぎが聞こえた。

 何事かと近づいていくと、荷車を仕立てた商人が十数名の野盗に襲われているようだ。

 この乱世ではよくあることだ。しかし、見過ごすのも後味が悪いな。

 私の供は5名しかいないのだが、何とか商人を逃がせるだろうか。

 そう思っていたら、別の一団が街道の向こうから近づいてきた。

 「そこの者ども。浅井領内での狼藉は許さぬ!」

 騎乗した武者が一団から先行してきて、一喝して弓を射た。

 すると野盗の一人の首から矢が生えた。射られた野盗は地面にしゃがみ込んだ商人に刀を振り下ろそうとしていたところだったが、どうっと倒れた。

 見事な弓の腕だ。それに驚いたことに、騎乗の武者は女性だった。

 武者はさらに弓を二度つがえ、野盗はさらに二人が倒れた。その頃には十名ほどの徒歩の兵が武者に追いついてきて、野盗たちに襲い掛かった。

 良く訓練された兵だ。同じくらいの数の野盗たちを簡単に圧倒している。これも驚いたことに兵の半数くらいは女性だ。

 黙って見ているのも申し訳ないので、供の者たちにも加勢をさせた。


 ほどなく野盗は一掃され、一団の指揮官と思われる女性武将が近づいてきた。

 「ご助勢、感謝申す。お名前を聞いても良いだろうか。」

 「私は美濃から参りました竹中半兵衛重治と申します。供の者たちはたいしたことはしていません。そちらの兵はよく訓練されていますね。」

 「あなたが高名な竹中半兵衛殿でしたか。私は浅井家臣の弓削梓と申します。警備兵たちを褒めて頂き、ありがとうございます。この者たちは殿の姉君である実宰院様の訓練を受けた者たちです。最初は女だけで訓練していたのですが、最近は評判を聞いて男も参加するようになっています。」

 女弁慶の異名をとる実宰院殿は、兵の訓練もしているのか。

 弓削殿によれば、実宰院殿の訓練では体格的に劣る女性でも力を発揮しやすい弓や火縄銃に重点が置かれ、人を守って戦う訓練や、今のような街道警備を想定した訓練が行われているらしい。

 その噂を聞いて、性格的に他国に攻め入るのは避けたいが、故郷を守るためなら戦いたいという男たちも志願してくるようになったらしい。

 普通は兵といえば、領地や米などを奪うために戦うものだが、浅井では守るための戦いが重視されているようだ。

 これは浅井殿からも聞いたが、浅井軍では略奪は禁じられている。多くの大名は占領した町や村で兵が略奪することを乱取りと呼んで許容しているが、浅井家では厳罰に処すらしい。

 弓削殿によれば、女性兵の大半は街道を警備したり、お市の方や清水山の商業奉行などを守る役目についているらしい。

 清水山の商業奉行といえば、商人たちが清水山の女狐と呼んで恐れていると聞く。まこと、浅井家は文武の両面で女性が活躍している。

 浅井家では領内の街道は見回りをしているものの、浅井領が豊かなことを聞きつけ、ときどき他国から流れ者が野盗として入ってきてしまうらしい。

 たいていはすぐに警備兵が討つか捕えるようだったが、ときに不輸・不入の権を持つ寺領に逃げ込んでしまうので困るようだった。寺領は領主から不当な扱いを受けた者が逃げ込む場所でもあるが、近江では悪用されることもあるようだ。

 弓削殿によれば、浅井領になった方が民は豊かになり、警備隊にも守ってもらえるということで、不輸・不入の権を返上する寺社も増えてきたらしい。徳川が不輸・不入の権を力づくで取り上げようとして大規模な一揆が起きたのとは対照的だ。

 浅井領の様子には本当に驚かされた。

 民が志願して警備兵になるのは、善政が敷かれている証だ。

 そして女性が多く活躍している。男らしさが重視され、私の容貌が女のようだと蔑まれた齋藤家とは全く違う。 

 私は知謀にはいささか自信はあるが、奪い合いの続く乱世には嫌気がさし、弟に家督を譲って隠居しようと思っていた。私の智謀で戦に勝ったとしても、負けた相手の領民たちが惨い目にあうのは本意ではない。

 しかし、民を富ませ、女性や子どもを大切にする浅井殿なら、仕えても良いと思った。

 いや、私が仕えるだけではない。この乱世を終わらせ、新しい世を築くのは浅井新九郎殿が良いと思う。

 天下人になるかもしれないと思われた三好長慶が逝き、畿内の情勢は再び混沌としている。足利将軍義輝はこの機に将軍の力を取り戻そうと動き、その動きに反発する三好三人衆との対立は深まってきている。

 このままでは乱世は続き、民の苦しみは続く。

 浅井領の統治は、乱世を終わらせた後の世をどうするかの一つの答えだと思う。

 浅井新九郎殿本人にやる気がなくても、天下人に押し上げてしまうのも良いかもしれない。

 私は、謀の得意な自分のことを好きではなかったが、浅井殿の天下のために役に立つなら、私の智謀にも意味があるのかもしれないと思えた。

弓削梓は、本作では初めての架空キャラです(四十四話にも名前は出ています)。史実から離れた歴史IF小説ではあるのですが、あまりに荒唐無稽にならないよう、架空の武将を出すことは避けてきました。それでも実宰院の活躍が知られれば、歴史に埋もれていた武芸の得意な女性が現れる方が自然だと考えました。ちょうど浅井家の家臣には弓削氏がいて、弓削氏は古代の日本で弓を作る弓削部を統率した氏族なので、弓の得意な女性を登場させることにしました。大河ドラマでは架空キャラは批判されることが多いようですが、温かい目で見て頂けると有難く思います(そもそも大河ドラマの動向を拙作が気にするのは、おこがましいところではありますが)。

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