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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第二章 近江の統一

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四十六 思いがけない客の来訪

四十六 思いがけぬ客の来訪

1565(永禄8)年1月下旬 近江国小谷城 浅井長政

 「殿、安養寺殿と進藤殿が来られました。」

 「そうか、こちらに通してくれ。」

 外交担当の二人の来訪を告げに来たのは、やたらと大柄な小姓だった。

 今年10歳になったばかりだが、もう平均的な大人よりも背が高い。

 この小姓は犬上郡藤堂村の土豪の子で、幼名を与吉という。と言えばお分かりの人もいるかもしれない。

 後の藤堂高虎だ。多くの主君に仕えたことで知られているが、最初に仕えたのは浅井長政で、姉川の戦いで手柄を立てている。

 この世界線では浅井は滅びるつもりはないから、このまま成長して家臣団の柱になってほしい。

 などと考えているうちに、二人がやってきた。

 「殿、お忙しいところ申し訳ありませね。実は我らでは判断のつかぬことがありまして。」

 安養寺氏種は当惑した様子だった。

 「何があった。経験豊富な二人が判断に困るとは珍しいな。」

 「実は、三好家からの書状が田屋殿を経由して届いたのですが、その内容が。」

 進藤賢盛も珍しく口ごもった。

 「何か三好家との間に問題が起きたのか。」

 「いえ、問題というわけではありませぬ。書状によりますと、新しく当主になられた三好孫六郎殿が殿にお会いになりたいと。同盟を結ぶためなどではなく、ただ個人的に会って話がしたいとのことでございます。このようなことは普通ありませんので、どうしたものかと。」

 安養寺の説明に俺は首をひねった。

 「なるほど、それは確かに驚きだな。仮に同盟関係にあったとしても、普通は軽々しく大名家の当主同士が会うことはないからな。まして三好と浅井は微妙な関係だ。」

 どうしたものかな。三好義継が俺に何の用だろう。

 進藤が何かを思い出した様子で口を開いた。

 「そういえば田屋殿は以前、三好の新しい当主は若くして当主になった殿に興味を持っているようだと言っておられましたな。三好孫六郎殿は15歳でございます。殿は16歳で家督を継がれましたから、同じくらいの年齢になります。」

 なるほど、若い当主は侮られがちだ。そこをどうしたのかなどを聞きたいのかな。

 「そうか。よし、会おう。三好とは今後も無関係ではいられない。新しい当主がどんな人物か、直接会ってみるのも悪くないだろう。」


1565(永禄8)年2月 近江国高島郡朽木城 浅井長政

 大国である三好家の当主に長浜城に来てもらうのはまずいので、朽木家に頼んで場所を借りた。

 朽木家は浅井が所領を安堵しているが、家臣ではない。

 そして朽木家は足利将軍家に忠実な家として知られる。今は将軍と三好は和解しているから、朽木家が会談場所を提供するのは問題ない。

 雰囲気としては、微妙な関係にある二つの国の首脳が第三国で会談するような感じだ。やや三好がアウェーだが、向こうから話をしたいと言ってきたのだからご容赦願いたい。

 やがて三好家の一行が現れた。

 若者と年配の家臣と、その護衛たちという構成だ。

 「三好孫六郎重存と申す。今日は会談に応じてもらい、かたじけない。」

 重存が切り出した。賢そうな印象の顔だな。

 あの三好長慶が気に入って後継者にしたんだ。能力は低いはずがない。

 「浅井新九郎長政と申す。こちらこそ三好家の新当主とお会いできて嬉しく思う。」

 しばらく当たり障りのない話をしてから、重存が切り出した。

 「浅井新九郎殿は若くして当主になられてから、見事に家中をまとめておられる。その秘訣は、やはり新九郎殿の武勇だろうか。」 

 なるほど、聞きたいのは若くして当主になった俺の体験談か。

 畿内を支配する三好家の当主と仲良くして損はないので、できるだけ正直に答えよう。

 「いや、個人の武勇はあった方が良いかもしれぬが、当主の役目は大軍を率いることであろう。武勇よりも軍略が重要だと存ずる。それに家中をまとめるには、戦だけではなく、内政で国を富ませることも重要であろう。」

 「なるほど、参考になり申す。では家臣との付き合い方について、新九郎殿はどのように考えておられるか、聞いても良いだろうか。」

 お互いに家臣も連れているのに、答えにくい質問をするなあ。

 だが、気を付けてほしいことはある。

 歴史では三好義継は三好三人衆にそそのかされて将軍義輝を討つ。最近まで将軍の殺害は松永久秀が主犯と言われていたが、久秀は将軍襲撃の当日は大和にいたことが分かり、関与は薄いことが分かってきたようだ。やはり出自が不明な成り上がり者の久秀は悪く言われがちだ。

 将軍義輝亡き後、しばらく空位となる将軍位に就くのは足利義栄だが、義栄は三好三人衆を重用し、ないがしろにされた義継は松永久秀のもとに走ることになる。

 だから、俺は最初から三好三人衆より久秀を信頼した方が良いと思う。

 「家臣との付き合い方は難しい問題だが、誰が本当に味方なのか見極めることが重要だと存ずる。大身である三好家の当主ともなれば、多くの者がすり寄ってくるであろう。だが中には孫六郎殿を利用しようとする者もいるはず。当主が若年となれば、自分が仕切ろうとする一族の者も現れるものだ。血縁が近いから信用できるとは限らないと存ずる。」

 その後、いろいろな話をした。

 重存とは少し気心が知れたと思う。大名の当主は孤独なものだから、一度腹を割って話しただけでも、もう友人と言っていいかもしれない。

 重存の御供をしてきた年配の家臣は松永久秀だと分かったので、次の機会には是非茶の湯を指南してほしいと頼んだ。梟雄と言われることの多い久秀だが、一流の文化人であったことを否定する者はいない。久秀は、少し照れながら了解してくれた。

 「いろいろ答えてもらい、感謝する。畿内では、いや日の本では多くの血が流れ過ぎた。もう幕府は機能していない。京の町も荒れ果ててしまった。叶うならば、俺は新九郎殿と新しい平和な世を築きたい。」

 おお、踏み込んでくるなあ。これも若さか。

 「少しでも役に立つ話ができたなら嬉しいことだ。多くの血が流れ過ぎたと言うのは同感だ。俺も孫六郎殿と平和な世を築きたいと思う。」

 最後に重存は爽やかな笑顔を浮かべ、一礼して去っていった。

 やれやれ、三好義継がこんなに感じの良い人だったとはなあ。

 義継が将軍を殺して不幸な最期を迎えるのは、何とか止められないものだろうか。

 歴史はもう随分改変してしまった。バタフライエフェクトを恐れてばかりいてもいけないだろう。

 俺にできるだけのことをしようと思った。


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