四十四 長浜城のお披露目
1564(永禄7)年9月 近江国長浜城 浅井長政
ついに長浜城が完成した。
そう、今浜城ではなく長浜城だ。今浜の地名は、浅井の本城が完成する機に俺の一字を取って長浜に改称された。
言い訳するようだが、俺から頼んだわけじゃない。いつの間にか家中で話がまとまっていた。
赤尾清綱と三田村左衛門の二人で俺に報告に来たが、二人とも悪戯が成功した子どものような、いい笑顔だったな。
新しい城の完成を祝ってくれるかのように、良いニュースも入ってきた。
六角家の影響下にあった伊賀三郡に加えて名張郡も浅井の傘下に入ることになった。
甲賀の山中家がうまく交渉してくれたし、先日、官位を得て近江守護になったことも影響したようだ。
だが橘内によれば、美濃衆に対する俺の扱いが決め手になったようだ。特別なことをしているつもりはないんだが、忍びの扱いが酷い大名家も多いようだ。
伊賀も甲賀と同じように惣による自治を認める。
伊賀の忍びは甲賀と違って特定の主君に仕えず、金で雇われる。
だが今後は戦となれば浅井に協力してくれるし、甲賀に加えて伊賀の忍びも動かせるようになるのは大きい。
長浜城は琵琶湖に面し、二つの港を備えている。
さらに造船所もつくった。竜骨を備え、帆に加えて櫂でも進める大型船の建造を計画している。
常備兵は船上で鉄砲を撃つ訓練もしたので、もう湖賊は脅威じゃない。大型船を造る意味は、一度に多くの兵を輸送できるようにすることと、いずれ海上に進出する準備だ。
城内には、姉上が運営する訓練場も設置した。
最近では評判を聞いて男の参加者も増えている。鉄砲や弓など飛び道具の訓練はレベルが高く、守るための戦いを教えているから、領内の警備隊の育成につながる。
鉄砲は国友の野村家から教師に来てもらい、弓は名手と名高い弓削梓が教える。
弓削梓は古くから弓をつくってきた弓削家の娘で、姉上の活躍に刺激されて、実宰院に集まった女性の一人だ。
長浜の城下町には家臣の屋敷を置き、領地を持つ家臣にも住んでもらう。いわゆる家臣集住策だ。
従妹殿が中心になって活躍し、金を稼ぐ体制が整った近江では兵農分離が進んだ。
浅井本家に限らず、家臣の兵も常備兵が中心になってきたから、領地に住まなくてもよくなった。当主は領地と長浜を往復することになる。
家臣ではないが、俺が近江守護になったことで微妙な立ち位置になった京極家の屋敷は城下町ではなく曲輪の一つに作った。
いずれ浅井家臣にすべく次姉上と相談しているが、京極のプライドもあるので、焦らずに話を進めるつもりだ。
城下町には孤児院もつくった。戦争や飢饉、疫病で親を亡くした子どもは多い。
孤児院の運営は、姉上に相談して、長く姉上を支えてきた尼僧に頼んだ。
それから、火事になったときの延焼を防ぐ防火帯を置いた。
そして衛生状態をよくするために、上水と下水をきちんと分けた。
最近作り始めた石鹸も、領内では庶民が買えるような値段にした。
今日は完成した長浜城のお披露目だが、これも赤尾美作守以下、家臣たちが任せてほしいと言ってきた。
式典では船で長浜城に来てほしいと言われたからお市と一緒に港に行く。赤ちゃんは姉上が預かってくれている。
港に来て、用意された船を見て驚いた。
竹生島の弁財天様の祭礼である蓮華会で使われる金翅鳥船じゃないか。
舳先に神鳥ガルーダを模した大きな鳥の像がある船だ。
転移前に国立博物館の所蔵する竹生島祭礼図に載っているのを見て驚いたが、ここに来て実物を見たときも、大胆なフォルムに驚かされた。
「美作守、こんなものを持ち出して大丈夫なのか。」
「大丈夫でございます。竹生島の禰宜殿の許可はとっております。」
赤尾美作守は涼しい顔で答えた。
「ふふ、華やかな式典になりそうですね。」
お市はいつもポジティブだなあ。
せっかく家臣たちが準備したのだから、今日は言われるとおりにしようと思い、お市と一緒に船に乗り込んだ。
船に乗り込んだ護衛の近習たちは、揃いの藍色の母衣をまとっている。
城の完成を機に誂えたもので、今日がお披露目になる。なかなか格好良いデザインで、近習たちも嬉しそうだ。
琵琶湖をしずしずと鳥の船が進んでいく。
やがて遠くに長浜城が見えてきた。
湖岸に接した石垣に湖の波がかかっている。
綺麗に組まれた石垣は、専門家集団である坂本の穴太衆が積んだものだ。近江には鉄砲を作る国友衆もいるし、有能な職人集団がいる。
長浜城に近づくと、船は湖岸近くを進んだ。
岸に近づくと、領民たちが鈴なりになっていた。どうやら家臣たちが城の完成式典があると触れて回ったようだ。
美作守と左衛門に促されて、俺とお市が手を振ったら、どっと領民たちは湧き上がった。
領民たちの声が聞こえてくる。
「うわあ、お方様は綺麗だなあ」うん、俺もそう思う。
「殿様は大きいなあ」まあ俺は大きいことしか特徴はない。
「ありがたや、ありがたや」お市や俺を拝んでいる老人がいるのはどうしたことだろう。一緒に船に乗っている美作守と左衛門が、にやにやと笑顔を浮かべている。一体何をしたのか、後でとっちめてやろう。
歓声に包まれながら、船は長浜城の船着き場に向かった。
この民の笑顔を守りたい。素直にそう思った。
落成では字面の縁起が悪いのではないかと思ったので、お披露目に改題しました。
今回、竹生島祭礼図に載っている金翅鳥船が出てきますが、この小説を書く前に調べたときに見て、あまりに面白い形に衝撃を受けました。ようやく登場させられてほっとしています。もしご関心のある方はネットでも見られますので、ぜひ竹生島祭礼図をご覧になってください。舷側に浅井家の家紋もしっかり入っています。




