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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第二章 近江の統一

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四十三 三好と徳川と本願寺

1564(永禄7)年7月上旬 近江国小谷城 浅井長政

 訃報が届いた。7月4日に三好長慶が病で亡くなった。

 まさに巨星堕つという印象だ。長慶は、最初の天下人として評価されることもある。

 主君である細川家から独立して実権を握ったのでいろいろ言われているが、経緯をみると、細川からずいぶんと酷い目にあって耐えた末のことだ。

 特に、1532年に細川晴元が本願寺法主証如に依頼して門徒を動員し、飯盛城を包囲する畠山義宣を撃破した後、堺に転進して家臣であるはずの三好元長を討ったのは酷い話だと思う。

 三好が悪く言われることが多かったように、本願寺も最近は悪役にされることの多い印象があるが、中興の祖である蓮如上人は武士と対立するなと説いている。

 本願寺が畿内の紛争に関わるきっかけは、細川政元が1504年に畠山義英を攻めあぐねたとき、本願寺法主実如に対してしつこく門徒を動員するよう迫った結果、断り切れなくなった実如が応じたことのようだ。このとき、畿内の一部の門徒は軍事的に動員されることに反発もしたと伝わる。

 本願寺は自ら望んだのではなく、管領の細川家に半ば強制されて、門徒の反発もある中で畿内の抗争に巻き込まれたようだ。

 そして、俗世に関わるようになった本願寺は強かった。別に門徒は農民ばかりではなく、商人や職人、さらに武士もいる。

 昨年から今年にかけて、三河では一向一揆が猛威を振るった。

 忠義で知られる三河武士だが、家康の家臣には門徒が多く、本多正信・正重兄弟、松平家次、蜂屋頼次など一揆に加わった家臣もいて、苦戦したようだ。家康が銃弾を受け、鎧のお陰で助かったと言う逸話もある。

 それでも改宗してまで家康を支えた本多忠勝、石川数正らの活躍もあって優位に立ち、一揆勢と和睦した。一揆に加わった家臣を許したのはさすがに我慢強い家康らしいと感心させられる。

 だが本多正信は一揆の後で出奔しているし、家臣団は揺らいだようだ。

 橘内に頼んで、浅井は新参者を歓迎するし、本願寺派の諸寺とも関係が良いという噂を流してもらった。

 実際に北近江は蓮如上人の影響が強く残り、家臣の土豪や地侍には門徒が多い。仕官先としては良いところだと思うが、さて誰が来てくれるだろうか。

 

 三好の話に戻るが、亡くなった三好長慶の後を継いだのは、末の弟である十河一存そごうかずまさの子で、長慶の養子の重存しげまさだ。歴史では後に義重、さらに義継と改名する。三好義継という名のほうが俺には馴染み深い。

 三好長慶の実の子は亡くなっているから、一見もっともな後継者だが、他の後継者候補として、長慶のすぐ下の弟である実休の息子たち、その次の弟である安宅あたぎ冬康やその子どもがいた。

 長男である長慶の死後、次男や三男を差しおいて、四男の十河一存の子の重存が抜擢されるのは不自然な印象はある。さらに安宅冬康は長慶が亡くなる直前の5月に長慶に命じられて自害している。あるいは死期が近いことを悟った長慶が重存のためにしたことかもしれないが、強引な手法に思える。

 重存が後継者となったのは、その妻が有力な公家である九条家の養女だったことが理由だと考えられているが、実休や冬康の息子たちには不満があったんじゃないだろうか。

 さらに三好家当主となった重存は、まだ十五歳という若さだ。

 後見役となった三好三人衆や松永久秀は、いずれも癖の強い人物だ。重存の前途は多難だな。

 足利将軍家からは、この機に京に兵を出し、三好を討つようにと言ってくるだろう。

 だが、俺は三好と泥沼の戦いをするつもりはない。

 もしまた明智十兵衛が来ても、何か理由を付けて兵は出せないと返事するつもりだ。


1564(永禄7)年7月中旬 近江国小谷城 浅井長政

 失われる命があれば、生まれる命もある。

 お市が無事に出産した。

 生まれたのは男の子だった。

 歴史では幼名は万福丸と伝わる。たくさんの福があるようにという親の愛情がうかがえる名前だ。だが10歳のときに小谷城が落城し、城から逃げたが秀吉に捕らえられて処刑されたと聞く。

 縁起を担いでも仕方ないかもしれないが、幼名は万福丸にせず、俺の幼名である猿夜叉丸を受け継がせることにした。


 嫡男の誕生に家臣たちは湧き上がっている。

 跡継ぎの誕生はお家の安泰につながる。もし俺に何かあったとき、家督争いが起きれば浅井家の将来は危ういが、実の息子がいれば、後継者争いで揉めずに済む。

 出産後のお市には「よくやった」とねぎらった。

 お市は疲れた様子だったが、大仕事を成し遂げた満足感で輝いていたな。

 やはり太陽のような女性だと思う。

 しかし、赤ちゃんは可愛いと言うが、初めて見た我が子は猿のようにくしゃくしゃな顔で、正直言って、あまり可愛いとは思えなかった。

 長姉は、自分の子どものように嬉しいと言ってくれる。訓練場では鬼のような姉上だが、赤ちゃんを抱いているときは仏様のようだ。

 次姉も京極屋敷からやって来て、息子の誕生を祝ってくれた。4歳になった姪も姉に付いてきたが、とことこ歩いていて可愛かったな。

 弟の政元、田屋の伯父上や井口の伯父上、従妹殿たちも皆、喜んでくれている。

 俺だけが可愛いと実感できず、浮いている気がした。


 だが一ヵ月くらいして抱き上げたとき、偶然かもしれないが赤ちゃんが俺を見て笑って、きゃっきゃっとはしゃいだ。

 その姿を見ると、守ってやりたいという気持ちが自然と込み上げてきた。

 腕の中の赤ちゃんは少し湿っていて、ずっしりと重たい。

 この重さが命の重みなのかな。

 俺は何者なのか自分でもよく分からないが、それでも、生まれてきたこの子は大切にしたい。子どものうちに処刑されるような目に遭わせたりしない。

 浅井が滅ばないよう頑張ろうと、改めて思った。 

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