四十一 城造りと弟の縁談
1563(永禄6)年4月 近江国小谷城 浅井長政
また蓮華の花の咲く季節が来た。
今日はお市と城の近くの蓮華の花を見ながら散歩をして、お市の淹れてくれたお茶を飲んで寛いでいる。
「この城には慣れたか。冬の小谷城は清州城に比べれば寒かっただろう。」
「ええ、小谷城には慣れました。みな親切にしてくれます。冬も真綿の布団もありますから大丈夫でしたよ。」
お市は笑顔で答えてくれる。
「そうか、お市は強いな。」
「はい、気が強くて前向きなのは私の長所だと思っています。」
自分で言えるのは凄いな。お市の美しさはただ顔の造りが良い人形のような美ではない。何というか、内部から生命力が溢れている感じがする。
「せっかく慣れてきたのに済まないが、近いうちに本城を移そうと思っている。」
「まあ、どこに移されるのですか。」
「今浜だ。小谷城は守りやすい山城だが、いかんせん交通の便が悪い。俺は琵琶湖の水運で領地をつなぎたい。だから港を備えた城を本城にしようと思っている。」
「なるほど、水運のための城ですか。港の近くにある城はありますが、城に港があるのは面白いですね。」
今浜に港を備えた城を築くのは、残念ながら俺のオリジナルじゃない。秀吉が築いた長浜城は複数の港を備え、湖岸の他の城と連携していたらしい。
今浜の城は昨年から造り始めている。銭はあるので、来年の冬までに完成させたいと思っている。
「しかし、八幡山と今浜で同時に城を造るとなると、費用が大変ではありませんか。」
「お市の言うとおり費用はかかるよ。だけど米の増産や特産品の生産もうまくいっているから、弟の報告では蔵に銭が貯まっている。南近江を獲ったから北国街道や東山道、東海道から京や堺に荷を運ぶ道を抑えることができた。関所をなくし、誰でも商売できるようにするから、もっと多くの商人が集まり、税も増えるはずだ。それにな、俺は城づくりで集める人夫に飯を出したんだが、それは水害対策でもあるんだ。」
「賦役で食事を出すことが水害対策になるのですか?」
「うむ。野洲川は近江太郎と呼ばれる大河だが、上流で木を伐り過ぎたせいか、洪水がよく起きる。聞けば昨年も野分で川が溢れたそうだ。だから冬に飢える者が出ないよう、城造りに参加すれば飯が出るようにしたんだ。」
「なるほど、殿は優しいのですね。それに浅井領では飢えないとなれば、民の気持ちも浅井に傾くでしょう。」
野洲川は近代でも洪水の多かった川だ。一方で伏流水になっている部分もあって普段は水不足という厄介な川だ。流域の住民が水を巡って争うこともあったようだ。
堤防を高くするにも天井川になってしまっていて、放水路を新しく掘って、ようやく治水ができたらしい。戦国時代に長い放水路を人力で掘るのはできそうもないので、いずれは米に頼らずに暮らせるようにしたいと思っている。
洪水で有名なナイル河流域で栽培された綿花を三河から持ってくることも考えた。だがナイル河は毎年の洪水の時期が予想できたらしいが、野州川の洪水は毎年起きるわけではないし、今のところ予測できないから難しい。
それでも、浅井領になったら六角領のときより暮らしが楽になったと領民に思ってほしい。しばらく、冬は賦役で飢えを防いでいこうと思う。
次は家族の話だ。
「話は変わるが、そろそろ弟の嫁を決めようと思う。」
「ええ、次郎殿も来年には十六。城主にもなるのですし、早すぎるということはないでしょう。お相手はどこの姫になさるのですか?」
「浅井が南近江をとったことで、縁談もいろいろなところから来ている。みな変わり身が早いが、この乱世だからしょうがないのだろうな。」
「ふふ。縁談が来ないよりは良いではないですか。」
「それもそうだな。それで政元の嫁だが、俺は公家が良いのではないかと思っている。」
「公家ですか。織田以外の大名と婚姻同盟を結ばなくても良いのですか。」
「確かにそれも選択肢だ。他の大名との婚姻同盟もいずれ必要になるかもしれん。お市がそのことを否定しないのは嬉しく思うよ。」
お市には織田家の姫という立場もある。だが最近では浅井の立場で考えてくれることが増えた気がする。
最近、山内一豊の弟の康豊が兄を頼って仕官してきたが、実家である織田弾正忠家と戦った家の重臣の子をまた召し抱えても、露ほども気にしてない態度だった。一度、一豊に聞いてみたが、お市からここには慣れたかと優しく声をかけてもらったと感謝していたな。
「今、関係を結びたいのは公家なんだ。南近江は京の隣だから、将軍家だけではなく朝廷とも付き合う必要がある。そのためには公家に味方がいた方が良いと思ってな。公家からも結構な数の縁談が来ているので、どこが良いか安養寺と進藤に考えてもらっている。」
「なるほど、そのために公家の姫を次郎殿の嫁にもらうのですか。では私も礼儀作法の復習をしておきますね。尾張で学んだことが役に立ちそうです。」
ああ、本当にお市は前向きだな。
礼儀作法は長政の記憶には残っていないぞ。
やれやれ、一から覚えないといけないな。正直、面倒くさいんだが。
「ところで、私からもお話があります。」
お市は少し恥ずかしそうに話を切り出した。
何の話かと思ったら、どうやら妊娠しているらしい。
俺が人の親になるのか。
とても嬉しいとは思うんだが、何だか実感がわかない。そもそも何者だか分からない俺が親になって良いのかという思いが、心のどこかにある。
だが、家族には幸せになってほしい。
お市には、浅井家の跡継ぎとなる男子を産むようにという無言のプレッシャーがかかっているだろう。
だから男でも女でも良いから、元気な子を産んでくれれば嬉しい、無理をせず体を大事にしてほしいと話した。




