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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第二章 近江の統一

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三十八 老将たちの思い

1563(永禄6)年11月 近江国小谷城 赤尾清綱

 殿は小谷城に戻られてから、近江統一後の領内の城主や城代を決められた。

 儂は宿老なので、殿の意図は事前に話してもらっておる。家中の者が殿の意図が分からぬとき、言って聞かせるのも儂の役目だ。

 蒲生を追い出した後の日野城主を誰にするかは殿も悩んでおられたが、忠臣の遠藤直経が3万石に加増されて日野城主になった。日野は東山道を抑える交通の要衝でもある。遠藤家の格はこれで旧京極被官と同格以上になったと言えよう。

 蒲生郡には広大な直轄地もできたが、その代官には小堀新助政次が抜擢された。新助は浅井の新しい農業に詳しい。殿は浅井領になったら貧しくなったと民に思わせないよう、蒲生郡の農業振興に力を入れられるおつもりじゃ。

 六角親子が逃げ込もうとした三雲家の石部城の城主は前田利家になった。殿は新参者でも活躍できる先例にされたいようじゃ。浅井は急に大きくなった。優秀な家臣を新たに召し抱える必要がある。

 草津の代官は六角家臣だった駒井に任せ、大津の代官には新庄直頼が領地を加増されて就任した。大津は京のすぐ近くで、湖上水運の要所でもある。信頼できる譜代の家臣を置く必要があった。

 そして、鎌刃城主は中島宗佐、横山城主は実宰院様、山本山城主は片桐直貞になった。  

 実宰院様はお市の方の身辺警護もされておるから、新たな本拠地の今浜の近くにいて頂く必要がある。清水山の城代をきちんと務めた直貞が城主に昇進するのは、地味な仕事をする家臣たちには励みになるじゃろう。

 清水山の城代は殿の従妹であられる田屋の姫にするようじゃ。殿は女でも構わず登用する。最初は驚いたが、実宰院様の戦上手ぶりや田屋の姫の辣腕らつわんぶりを見るにつけて、儂らも理解しつつある。清水山の周辺には秘密が多く、任せられる者も限られる。

 新庄の後の朝妻城主は山中橘内になった。領地は不要だと橘内は言っていたようじゃが、殿は忍びを重用する象徴的な意味もあると言っておられた。

 橘内が浅井に来てから、情報が早く伝わるだけではなく、偽の情報を敵に流すなど、浅井の戦は変わってきた。確かに忍びは今後ますます重要になるじゃろう。


 それにしても、殿は本当に六角を降してしまわれた。

 あの強大だった六角を浅井が討ったとは、まだ信じられない思いじゃ。

 一人感慨にふけっていると、三田村左衛門がやってきた。

 儂と同じく、亮政殿と夢を見て、久政殿の代に悔しさに耐えた男だ。

 「孫三郎殿、お邪魔しますぞ。」

 「おお、左衛門殿。よう来られた。」

 左衛門は儂の前にどっかと腰を下ろした。

 「まさかあの大きかった六角を殿が本当に討たれるとはなあ。夢を見ているようじゃ。」

 「本当にのう。久政殿の代には、このまま六角の家臣になってしまうのではないかと思っておった。」

 「そうじゃな。六角の戦を手伝わされて伊勢に行き、我らが先陣を務めさせられたときは悔しかったのう。」

 「おお、そうじゃ。我らは六角のためにすり潰されるのではないかと思い、絶望したものじゃ。」

 二人で苦しかった時代に思いを馳せた。

 しばらく話してから、左衛門がボソッと言った。

 「殿は野良田の戦いで変わられた。別人のようにおなりになった。」

 「そうじゃな。もともと戦は強かったが、外交や内政は詳しい方ではなかった。それが謀もなさるようになり、鮒の黄金煮やら清酒やら次々に言い出されたのには驚いたわい。」

 「殿は死んで、狐に憑かれたという者もおるな。確かに野良田の戦いの後に一度、心の臓が止まったところを儂も見た。」

 左衛門が強い目で儂を見た。

 「じゃが、儂は狐憑きでも何でも良いと思っとる。こうして六角を討ち、浅井家を躍進させてくださる。それにご姉弟やお方様には仁愛を持って接しておられる。それで十分じゃと儂は思うとる。孫三郎殿はどう思われる。」

 「殿が何者であっても、追い詰められていた浅井家を救い、大きくしてくださった。敵には厳しいが、身内には優しい。それで十分じゃと儂も思うておる。ご案じめされるな。殿を妖だの何だのと誹謗ひぼうする者がおれば、この手で成敗してくれよう。」

 儂が迷わず言い切ると、左衛門は地蔵様のような笑顔を浮かべた。

 「孫三郎殿がそう言うてくだされば安心じゃ。浅井は急に大きくなった。弱みを探して付け込もうとする奴らも出てくるじゃろう。そのようなとき、家内をまとめられるのはお主をおいて他におらぬ。」

 「褒めても何も出んぞ。」

 二人で笑った。どうやら左衛門は自分が政元殿に付いて南近江に行くので、北近江で殿を陥れようとする者に目を光らせることを儂に頼みに来たようだな。

 もう少し儂を信じてくれて良いのだが、左衛門にとって殿は息子のようなものだから、心配になるのじゃろう。

 「そう言えば、お市の方はまさに絶世の美人じゃな。民の中には、浅井家が代々帰依しておる弁財天様の使いじゃとか化身じゃとか言う話も広まっておるらしい。いっそ、その話を膨らませて、殿も弁財天様が乱世で苦しむ民を救うために遣わされたという噂にしてはどうかの。」

 左衛門は目を見開いた。

 「おお、それは名案じゃな。明日の見えない乱世で、多くの民は苦しんでおる。今の世に絶望して神や仏にすがる者も多い。殿とお方様が弁財天様から遣わされたと考える者が増えれば、寺社を妄信する者は減るだろう。うむ、良い案じゃよ。」

 左衛門も賛同してくれたか。

 それでは他の者たちにも伝え、それぞれの領地で噂が流れるようにしておこう。

 今は六角への戦勝で皆が沸いておる。殿とお方様を祀り上げるには好機よ。

 ついでに今浜の地名も、殿の名前をとって長浜に変えてしまうか。

 「お方様だけではなく殿も神様の御使いだと噂になると、殿は困惑されるじゃろうな。」

 また二人で笑った。こうして左衛門と屈託なく笑える日がくるとはな。長生きはするものじゃ。

 浅井家は長い忍従の時期を経て、飛躍の時期を迎えた。

 殿は何かに追われるように急いでおられるように思える。その足元を狙う者も現れるじゃろう。

 急ぐ若者を後ろから支えるのは、儂ら年寄りの役目だ。


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