三十二 実宰院の戦い
近江国浅井郡実宰院 実宰院
お市の方がいつもどおり、私が住職をつとめる実宰院を訪ねてきました。
結婚したときの約束通り、お市の方の訓練は私がしています。この寺には領内の女性志願兵が集まり、共同生活をしながら訓練に励んでいますが、お市の方はときどきその訓練に参加しているのです。
「姉上、今日がその日だと聞きました。」
「そうですね。あなたも奥に行って、支度をしてください。」
今日は弟が清水山城に行くことを家臣たちは知っています。その留守を突いてくるつもりでしょうが、準備はできています。
数刻後、実宰院の周りを阿閉家と堀家の兵が囲みました。300人ばかりいるでしょうか。
主将格の阿閉貞征が寺の前で声を張り上げます。
「我らは浅井家の忠臣である。六角家、斎藤家という大国を敵に回し、新興の織田家と同盟するのはお家の将来を危うくするものである。ここにいるお市の方を差し出されよ。そうすれば他の者には危害は加えない。我らも手荒な真似はしたくない。」
当家の忠臣を自称するとは片腹痛い。考えているのは自分たちの利益でしょうに。
私は寺の門まで行き、応えました。
「そなたらが真に浅井家の忠臣であるなら、今すぐ兵を退き、小谷城に詫びに参るが良い。今なら命は助けるよう私も口添えしましょう。」
「残念でございます。実宰院様は女だてらに豪勇と聞き及んでいますが、お一人で何ができるというのです。警告は致しましたぞ。それではご免」
阿閉が下がったので、私も寺に戻ります。
やがて敵が実宰院に押し寄せてきました。
勝手に誤解しているようですが、戦うのは私一人ではありません。
まず40名ほどの弓隊が矢を射はじめ、敵が何名か倒れます。
それでも敵は進んできます。
もう少しひきつけましょう。
「者ども、構え。」
私が手塩にかけた女性部隊の初陣です。華やかに参りましょう。
「撃てー!」
30挺の鉄砲が火を噴き、轟音が響きます。
このような襲撃に備え、寺の壁には銃眼を開けてあるのです。
そして、実宰院には訓練のため鉄砲が30挺置いてあります。
敵の先頭がバタバタと倒れます。足軽たちは驚いて立ちすくんでいます。
敵の足軽頭が叫びます。
「うろたえるな、鉄砲は一度撃てばしばらく撃てぬ。この尼寺には非力な女子しかおらぬ。手柄に加えて女子も褒美にくださるのだぞ。者ども、かかれ!」
ふん、どうせそんなことだろうと思いました。お市の方以外の女性は褒美としてさらっていくつもりでしょう。
ですが、女も戦えることを見せてやりましょう。
「第二陣、構え。撃て!」
第一陣の30挺に続き、第二陣の30挺が火を噴きます。今日の襲撃に備え、さらに30挺の鉄砲を弟が届けてくれています。
敵がさらに数十名バタバタと倒れます。この近距離ですから30人近くを倒したいところですね。まだまだ訓練の余地があります。しかし、敵の勢いを止めるには十分です。
敵が怯んだところに矢を浴びせます。
そろそろ仕上げますか。
「今だ、突撃―!」
私の掛け声に応じて弓隊は射るのを止め、50名ほどの女性が寺の門を開き、混乱した敵の部隊に襲い掛かります。
この者たちは女性としては大柄だったり、運動神経に優れた者たちです。
毎日の厳しい訓練に耐えた者たちですから、その辺の百姓である男の足軽になど負けません。装備も新しい良いもので固めています。
弓と鉄砲だけで追い払っても良いのですが、女の部隊が戦えるところを示すため、白兵戦も敢えて挑むことにしました。
敵はたまらず退いていきます。
しかし、深追いはしないように厳命してあります。
いったん退いた敵が体制を整えて再びやってきました。敵の足軽頭が声を張っています。
「火薬は高価だ。そうそう希少な硝石を揃えられるはずがない。先ほどのように鉄砲は使えないはずだ。男の意地を見せろ。かかれ!」
ふん、男の意地とやらは見せる場所を間違えているのではないでしょうか。それに、あいにくと火薬の在庫は十分にあるのですよ。
寺に近寄ってくる敵を再び砲火が襲います。
今度は60挺の斉射です。火薬は十分にあることを見せつけましょう。
「うわ、また鉄砲だ。」「敵は女子ばかりで簡単な戦ではなかったのか。」「おらは嫁を連れ帰りたいだけだ。」
勝手なことをほざいていますね。
ところで、そろそろ援軍が来る頃でしょうか。
「後ろからも敵だ!」
敵の後ろから、中島宗佐が率いる常備兵たちが襲い掛かりました。手筈どおりです。今日は弟を警護する近習たちは前田又左が率いていて、中島宗佐は襲撃があるとすぐ対応できるように備えていたのです。
とどめに寺からも打って出ましょう。私と義妹も出ます。




