二十五 それぞれの反応
1561(永禄4)年10月上旬 美濃国 北方城 安藤守就
「なに、市姫の一行が襲撃されただと。」
どういうことだ。稲葉山の動きに備えて、領地の境は警戒していたはずだ。
「はっ。どうやら敵は少数に分かれて西美濃に潜入し、野盗や流れ者を集めて襲撃をしたようです。」
それで気づけなかったのか。龍興殿の取り巻きは性質の悪い連中だが、悪知恵の働く奴もいるようだな。
「それで、市姫は無事なのだろうな。」
「はっ。浅井家と思われる一団が救援し、無事に近江に入られたと。」
「何だと、こちらの軍は何をしておった。」
「不破殿が知らせを受けて兵をお出しになったようですが、既に戦いは終わり、ご一行は近江に入られた後だったとの由にございます。」
困ったことになった。織田家から多額の謝礼を受け取っていながら、襲撃を許してしまうとは。
いくら敵対しているとはいえ、他家の姫の婚礼の一行を襲うなど、武家として恥ずべきことだ。しかも救援したのは美濃勢ではなく浅井勢とは。我ら西美濃三人衆の面目は全くないではないか。
おそらく襲撃の首謀者は斉藤飛騨守だな。このままでは済まさぬ。
美濃国 稲葉山城 斉藤飛騨守
おのれ、またしても上手くいかぬか。
こちらから提案した婚姻を浅井の若僧は断りおった。挙げ句に織田の姫と婚姻するとは、斎藤家を軽く見ている。
織田の市姫が近江に嫁入りするが、護衛が少ないという情報を掴んだので、美濃領内で捉えようと思った。織田から身代金を取るなり、龍興様の側室にしてしまうなり、いろいろな選択肢があると思っておったのだがな。
殿はまだ若いので、儂が斉藤家を差配しておる。此度は先々代の道三様が集めた忍びを使った。少数に分かれて西美濃に侵入し、現地の野盗どもを雇って数を揃えるという策を聞いたときは、うまくいくと思ったのだがな。
所詮、忍びは武士ではない。頼りにならぬ。
いずれ戦場で浅井や織田を破り、一色家の武威を示してみせよう。
1561(永禄4)年10月中旬 尾張国 清州城 織田信長
「それでは、市は無事に近江に入ったのだな。」
市の一行の消息が分かった。護衛として付けた一人が近江から戻って知らせてくれた。
「はっ。関ケ原を抜けた後の山道で200人ほどの賊の襲撃を受けましたが、無事に鎌刃城にお着きになりました。わが方の犠牲はわずかでございます。」
「わが方の護衛は100人。侍女を守りながら、よく切り抜けたな。」
「浅井勢の救援がございまして、どうにか切り抜けられました。」
「浅井勢?襲われたのは美濃領であろう。」
「はい。浅井勢200人ばかりが脇道から美濃領に入った由にございます。」
ふむ。忍びに細工でもさせたか。しかし、美濃領に踏み込んでの救援とは、無茶をする武将だな。間違って斎藤と戦になったらどうするつもりだ。
「それで、救援に来た武将はどんな武将だった。」
「はい、身の丈六尺ほどの大男で大槍を振り回し、人並み外れた豪勇でございました。」
「それは前田又左衛門であろう。」
そろそろ又左の帰参を許すつもりだったのだがな。家中の者を斬った以上、簡単に許すわけにいかなかったが、武勇と忠義のある男だ。惜しかったが、武田や六角などに仕官されるより、市の嫁ぐ浅井家に仕官したのは良しとすべきか。
「いえ、確かに前田殿も槍を振るっておられましたが、巨躯の僧兵と共に先頭に立って救いに来た将は浅井一族の武将のようでした。」
なに、巨躯の僧兵。浅井家にはそのような者もいるのか。それにしても、身の丈六尺で大きな槍を振るう豪勇の浅井一族だと。
そのような者、一人しかおるまい。
「あっはっは!その将とやらは長政であろう。市を迎えに美濃に踏み入ったか。何たるうつけぶりだ。うつけと呼ばれた儂よりも大うつけだ。はっはっは!」
当主がそのような無茶をするとは、本当に大うつけだ。だが痛快でもある。こんなに笑ったのは久しぶりだな。
浅井長政は姉や弟を大事にしているとも聞いた。きっと市のことも大事にしてくれるだろう。優しい男のようだな。この乱世を渡っていけるのか。
だが聞けば長政は、母親の腹の中にいたときから六角家の人質となり、8歳まで観音寺城にいたそうだ。決して苦労知らずではない。苦労をしたうえで優しい男か。
儂は弟や一族との争いが続く中で、心のうちに何やらどす黒いものが育っているようだ。
しかし、長政のような者もいるのだな。
ともあれ、市を襲ったのは野盗などではあるまい。稲葉山城の差し金であろう。
市の一行に酷い被害が出たなら、その報復として稲葉山を攻めても、西美濃三人衆は出てこないのではないかと思った。
だが長政の蛮勇で、市の一行はおおむね無事だった。今、稲葉山城を攻めても、西美濃三人衆は美濃を守るため参陣するだろう。
それでも面子を潰された安藤たち西美濃三人衆と龍興の間の溝は深まる。
いずれ必ず、美濃を呑み込んでみせよう。




