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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第一章 家督の継承と織田家との同盟

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二十三 お市、包囲される

1561(永禄4)年10月上旬

美濃国不破郡 山中 お市

 尾張を出てから、東山道を通って近江国に向かっています。

 木曽川を越え、関ケ原を抜け、山道に入ってきました。

 この山道を抜けると、その先は近江です。

 「あと少しだぞ。」

 駕籠の側から丹羽殿が皆に声をかけました。

 私は若武者の格好をして、行列の中央より少し前のあたりにいます。

 行列の中央には綺麗に装飾された駕籠があり、私と似た背格好の侍女が乗っています。

 要するに私の身代わりです。侍女も承知のうえですが、幼い頃から一緒にいた侍女です。何とか無事に近江まで一緒に行きたいと願っています。


 山道を進んでいると、突如、左右の山から矢が飛んできました。

 護衛の数人が倒れました。

 「待ち伏せだ。速度を上げるぞ!」

 丹羽殿の言葉に、駕籠かきたちが走り出します。駕籠を運んでいる人夫も当家の家臣たちです。鍛えているので、こうしたときには普通の駕籠よりも速度が出ます。周囲を歩いていた侍女たちも武家の娘たちです。みな走り出します。

 しかし、前方から山賊のような一団が現れました。

 後ろを振り向くと、後方からも怪しげな風体の男たちがやってきました。

 どうやら囲まれたようです。


近江国 野瀬山麓 山中長俊

 どうも様子がおかしい。

 美濃に放っている手の者の報告によれば、国境近くの山に怪しい連中が集まりつつある。

 襲撃をかけるなら平野ではなく国境に近い山のあたりだろうと思っていた。

 「大将、もしかするとお客さんは悪い奴らに襲われるかもしれない。」

 大将ってのは誰かって?浅井長政のことだ。

 当主が少数の部隊を率いて国境に行くのはよくないということで、浅井長政は身分を隠し、浅井一族の将ということにしている。

 どう呼べば良いのか相談したら、好きに呼んでくれと言われたので、俺が勝手に大将と呼んでいる。

 そのうちに浅井の家臣たちも大将と呼び始めたな。

 「襲われるのはどのあたりか分かるか。」

 「おそらく国境の近く、東山道が山道になっているあたりだ。」

 「そこまで案内してもらえるか。」

 「案内はできるが、美濃領に踏み込むことになる。」

 「構わん。」

 大将は即断した。

 いいねえ、肝が据わっていやがる。


美濃国不破郡 山中 丹羽長秀

 ここまで無事に市姫様をお連れして、あと少しで近江というところで賊に襲われた。

 いや、本当に賊なのか。背後に稲葉山城の影がちらつく気がする。

 視界に白刃がきらめき、怒号が飛び交う。

 敵は200人ほどか。こちらの護衛は100名だが、家中の猛者を集めている。

 一対一ならば負けることはないが、敵は複数でこちらの1人にあたるようにしている。

 やはりただの賊ではないな。

 このままではじり貧になる。

 前方の囲みを破り、近江へ駆けるほかない。

 「者ども、近江への道を切り開け!」

 儂は今いる場所の指揮を部下に任せ、市姫様のもとへ急いだ。


お市

 丹羽殿が前方に活路を見出すよう叫んでいます。

 周囲の武士たちがその叫びに応じ、一団となって前に進み始めます。

 しかし、敵は行かせまいとして乱戦になりました。

 私を守ろうとする護衛達も目の前の敵と斬り合いになり、その間を抜けてきた敵に対し、私も片鎌槍を振るいます。

 武芸の稽古はしてきましたが、実戦は初めてです。

 鉄の匂いが充満し、怒声が聞こえ、視界の隅で血煙が上がります。

 生と死が紙一重の世界。

 しかし、不思議と心は冷めています。

 織田家も苦しい戦が何度かありましたので、何度も自分の最期について考えてきたせいでしょうか。

 あるいはこの荒んだ世で、感情が磨滅していたのかもしれません。

 まあ理由など、どうでもいい。武家の娘として、泣き喚いたりせず最後まで戦えるのならば良い。

 覚悟は決まった。ここで死ぬなら、そういう定めだったということだ。

 不思議と心の中も男のような言葉になる。

 「えいっ。」

 私の振るう片鎌槍が、敵が振りかぶった刀より先に届く。

 並みの男性より背丈があるので、私は腕も長い。

 男も女も関係ない。

 己の道は己で切り拓く。

 「者ども、前へ進むぞ!」

 自然と声が出る。

 もう一歩。もう一歩。少しでも前に。


美濃国 東山道付近 浅井長政

 橘内の案内で、猟師しか通らないような細い山道を通り、美濃領に入った。

 お市の護衛が100名しかいないと聞いたときから心配だった。

 織田家が西美濃三人衆の意向を尊重した結果だと聞いているが、もしかすると信長はお市が襲撃されても良いと、護衛を少なくして隙を見せたのではないか。

 西美濃三人衆は謝礼を受け取って通過を認めた以上、お市が襲われると面子がつぶれる。

 襲うとすれば齋藤龍興の手の者だろうから、彼らは一層疎遠になるだろう。

 そのためになら、お市が危険にさらされることも辞さないと信長は考えたのではないか。

 自分が行けば助けられると思い上がっているわけではない。

 だが、何もせずに城で待っていることはできなかった。


 橘内の案内で東山道まで来た。

 途中、美濃の関守に会わないことを不思議に思って橘内に聞くと、「連中には鼻薬を嗅がせてある。今日は見回りを忘れているのさ。」とのことだった。

 流石だな。優秀な忍びがいると、こうも違うのか。

 東山道をしばらく進むと、近くの山道で集団が斬り合っているのが見えてきた。

 隣で姉が声を張り上げる。

 「皆の者、織田の一行が襲われている。嫁入り行列を襲う卑劣な奴らに浅井の力を見せるぞ。」

 俺も走り出しながら叫ぶ。

 「者ども、行くぞ。続けー!」

 どうか間に合ってくれ。



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