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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第一章 家督の継承と織田家との同盟

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二十二 美濃へ

1561年10月上旬 近江国小谷城 浅井長政

 黄金色に実った稲が風に揺れている。

 収穫の秋だ。

 直轄地の稲は見事に実り、穂を垂れている。

 百姓たちにも収量が増えていると実感してもらえるだろう。


 お市の輿入れも近づいた。

 今日は甲賀から来てくれた山中橘内と共に鎌刃城に向かう予定だ。

 姉の実宰院も同行する。以前に織田の姫の護衛を頼むと言ったことを覚えていてくれたようだ。

 姉の体格を生かした武勇は抜きんでている。いざというときには頼りになるだろう。

 さらに、最近浅井家に加わってくれた頼もしい近習も同行してもらう。

 その近習とは、なんと槍の又左こと前田又左衛門利家だ。

 言わずと知れた加賀百万石の祖であり、秀吉政権の五大老でもある。戦国好きなら旗下に加えたくなる武将だが、信長の衆道の相手とも言われており、引き抜くことなど無理だと思っていた。

 だが、ちょうど利家は二年前に同朋衆の捨阿弥を斬り、織田家への出仕を停止されていた。前田家の傾奇者というと慶次が有名だが、若い頃の利家も相当な傾奇者だったらしい。歴史では、利家は桶狭間の戦いと森部の戦いで手柄を挙げ、帰参を許されている。しかし、歴史では義龍の没後すぐに起きた森部の戦いは、織田家と浅井家の同盟交渉が成立してから行われた。

 数年前にまつと結婚して子どもを授かり、家族を養う必要もあって困窮していた利家は、桶狭間の戦いで手柄を挙げても帰参できずにいたので、浅井家が領内で広く人材を募っていることを聞き、迷っていたようだ。

 そこに浅井家と織田家との同盟の話を聞き、浅井家に仕えるなら織田家と戦わずに済むと考え、森部の戦いが起きる前に当家に仕官したようだった。

 一つ何かが変わると、歴史は連動して変わってしまうようだ。利家が仕官してくれたことは嬉しい限りだが、レイ=ブラッドリが“A Sound of Thunder”で提示した「白亜紀で蝶を一匹殺してしまうことで人類が危機に瀕する」というプロットは大袈裟としても、歴史を改変することで意図しなくても他の歴史が変わってしまうことは恐ろしいことだ。

 それはさておき、利家が仕官のために小谷城に来たとき、織田家と戦わない限りは忠誠を尽くすと言ったので中島宗佐などは怒っていたな。

 だが、それくらい忠誠心のある男のほうが良い。

 「市姫を嫁に頂く以上、俺の方から織田家に戦を仕掛けることはないと約束する。ただし、三郎殿が浅井家に戦を仕掛けてきたときは戦う。それで良いか。」と聞いたら、利家は「そのときは某も浅井家のために槍を振るい申す。」と言った。それで十分だ。


 国境に大勢の兵を連れて行くと不破氏あたりを無用に刺激するので、200名だけ連れて行く予定だ。

 当主が少人数の兵を連れて国境へ行くなどと周囲に知られたら、斎藤家が本気で戦をしかけてきかねないとか、馬鹿だと思われるだの、三田村の爺や百々内蔵助からも散々に言われた。なので、当主ではなく浅井一族の武将と偽って行くことにした。二人とも呆れていたが、ここは譲れない。


10月上旬 近江国鎌刃城 遠藤喜右衛門直経

 美濃へ向かう殿の一行がお着きになった。

 嫁いで来られる市姫様を迎えに行かれるという。

 一人の男としては尊敬できるが、殿は大事なお体だ。

 紹介を受けた山中橘内という甲賀の忍びは、若いとはいえ甲賀二十一家の筆頭の山中家の跡取りだ。それなりに信頼できるだろう。

 新たに召し抱えた前田又左衛門は豪の者と聞く。さらに実宰院様も男装して同行される。大きな声では言えないが、実宰院様に稽古場で叩きのめされた者は家中に多い。

だが、殿に万一のことがあってはならない。

 「殿、市姫様の出迎えはこの喜右衛門にお任せくだされ。一命にかえましても無事にお連れしてみせます。」

 「ありがとう、喜右衛門。だが、今回は俺が行きたいのだ。はっきり覚えてはいないのだが、夢枕で弁財天様が俺に迎えに行くようにおっしゃったような気もするのだ。」

 困ったときの神頼みだ。この時代の神仏への信仰の深さは現代日本の比ではない。

 「分かり申した。それでは、せめて某をお連れください。」

 「喜右衛門、それでは齋藤が万一にも戦を仕掛けてきたとき、誰が兵を率いるのだ。国境への迎えは美濃を無用に刺激しないよう、200名だけにするのだ。もし何かあったらお前が後詰めしてくれるから安心できるのだ。

それから、軽々しく一命にかえるなど言わないでくれ。お前は浅井家にとって、代わりのいるような存在ではない。」

 殿にここまで言われては仕方ない。


鎌刃城 山中橘内長俊

 浅井家は面白い。

 遠藤喜右衛門は忠義の家臣と聞いていたが、聞いてきた以上に主君の身を案じている。

 そこまでは他家でもある話だろう。

 違うのは、武勇に優れた武将はたいてい威厳あるいは恐怖をもって家臣を従えるのに、浅井長政はそうではない点だ。遠藤喜右衛門に命じるのではなく説得していた。

 鎌刃城までの道中で観察していたが、姉の実宰院に対しても女だから引っ込んでいろという態度を取らない。我ら忍びに対しても差別している感じはまったくない。美濃の状況を知らせにくる忍びに対して気さくに声をかけ、感謝の言葉をかけている。

 一度それとなく聞いてみたが、女であれ忍びであれ、能力があれば出自や性別はどうでもいいじゃないか、という考えのようだった。

 そのとおりなんだが、家柄を重視し、忍びや女を下にみる武士が多いのが現実だ。浅井長政は変わっている。

 だいたい政略結婚で嫁いでくる他家の姫を当主とその姉が危険をおかして迎えに行くのも、常識では考えられない。

 親子や兄弟が家督を巡って殺し合う時代だ。嫁に出した娘が見捨てられることは珍しくないし、他家から嫁ぐ姫は人質のようなものなんだが。

 甘いなと思うが、好ましくも思う。

 どうやら浅井家は身内を大切にする家のようだ。もし仕えるのなら、出自で人を差別せず、身内と思ったら見捨てない、こんな家の方が良いな。

 いやいや、俺も毒され始めているのかもしれん。

 先行させた配下の者たちの知らせによれば、どうも稲葉山城に怪しい動きがある。

 市姫のことが齋藤家に知られたのかもしれん。

 気を引き締めていこう。



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