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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第一章 家督の継承と織田家との同盟

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19/93

十八 義龍の病没

1561(永禄4)年5月上旬 小谷城 浅井新九郎

 「殿、一大事です。」

 中島直親が血相を変えて飛び込んできた。

 「宗左、何事だ。」

 「安養寺殿から早馬で知らせがありました。斎藤義龍が病のため亡くなったそうでございます。」

 「おお、それは一大事だな。」

 驚いてみせないと不自然だが、そろそろじゃないかと思っていた。

 これで美濃の情勢は動く。

 斎藤義龍は、美濃の大黒柱だった。長良川の戦いで父の道三を討った後、義理の息子としてかたきを討つという大義名分を得て美濃に侵攻した信長を何度も防いできた。

 桶狭間の戦いに勝利した信長だが、美濃侵攻は苦労している。

 また、永禄3年には上洛して足利将軍義輝に謁見し、名門である一色姓を名乗ることも許されている。浅井家は斎藤家と対立しているため、うちの家中では一色家とは呼ばず以前のように斎藤家と呼んでいるが、一色家と呼ぶほうが正しいのかもしれない。

 斎藤義龍は父を討ったことでイメージがよくないが、軍事でも外交でも能力を発揮していた。

 しかし、義龍の後継者の龍興はまだ若く、歴史では一部の側近に頼り、美濃をまとめられなかったと伝わる。

 美濃は揺らぐことになる。

 浅井はどのように対処すべきか、氏種と対応を検討したい。

 「安養寺氏種を呼んでくれるか。今後の当家の方針を議論したい。」

 「早馬の知らせによりますと、すぐに小谷城に向かうとのことです。」

 さすが熟練の外交官だな。自分の判断で動いてくれる。


 しばらくして、安養寺氏種が小谷城に現れた。

 「三郎左衛門尉、よく来てくれた。早速だが、これから斎藤家や織田家はどう動くと思う。」

 「まず斎藤家は龍興殿が後を継ぐことになりましょう。ただ龍興殿は家中からの信頼を得ておりません。特に西美濃三人衆とは疎遠と聞いております。家中での立場を強めるためにも、母の実家である当家との同盟を望むかもしれませぬ。」

 「なるほど。龍興殿は当家と結ぼうとするかもしれぬか。」

 「はい。斎藤家は織田三郎に何度か攻められております。先代は京に上る野心があったようで六角と結び、縁戚である当家と敵対しましたが、龍興殿にはそのような野心はないようです。」

 さすが氏種だな。斎藤家の情報をきちんと把握しているようだ。

 「次いで織田家ですが、当家との同盟の話を急ぐのではないかと思われます。美濃を掌握していた義龍の死は織田家にとっては美濃侵攻の好機です。本格的な戦の前に美濃の背後にいる当家と結ぶのは常道かと存じます。」

 「なるほど。さすがは三郎左衛門尉、的確な分析だ。」

 「恐れ入ります。当家は斎藤家と織田家のどちらと結ぶことも可能と思いますが、殿はどちらをお選びになりますか。」

 氏種は俺を試すような視線で見た。

 俺の答えは決まっている。

 「織田家だ。」

 「理由をお聞かせ頂いても。」

 「うむ。理由の一つは龍興殿が頼りないことだ。側近の斎藤飛騨守たちを頼り、他の家臣との間がうまくいっていないと聞く。当主になったからといって急には変わらないだろう。三郎左衛門尉が指摘したとおり、特に西美濃三人衆とは疎遠なようだ。

 理由のもう一つは織田家がこれから伸びると思うからだ。三郎殿は商業の重要性を知り、熱田や津島を栄えさせ、銭を得ている。その銭で兵を雇い、鉄砲を集めている。銭で雇う兵は農繁期でも動けることが大きい。鉄砲はこれから戦を変えていくだろう。三郎殿には先見の明がある。」

 「なるほど、殿は織田家を選ばれますか。」

 「三郎左衛門尉、答えは分かっていたのだろう。当家は織田家に同盟を打診していた。それを反故にして斎藤家の誘いに乗れば、浅井は信頼できぬ家だと周辺諸国に思われるだろう。当家はこれからも多くの家と交渉をする必要がある。他に選択肢が無ければ仕方ないが、信用を無くすような行為は避けるべきだろう。」

 「恐れ入ります。殿のおっしゃるとおりでございます。」

 「あとは当家から織田家に正式な同盟を求める使者を出すか、それとも織田家の使者を待つかだが。」

 「織田家の使者を待たれた方がよろしいかと思います。織田家から同盟を求めた形をとるほうが、同盟の条件交渉では優位に立てましょう。」

 「では織田家の使者を待つとしようか。」


尾張国 清州城 織田信長

 「そうか、義龍が死んだか。」

 病という噂は本当であったか。

 道三を討った後で敵討ちという名目も得て、何度か美濃に出て行こうとしたが、なかなかうまくいかなかった。

 だが、これで道が開けそうだ。

 「五郎左を呼んでくれ。」


清州城 丹羽長秀

 殿から急な呼び出しがあった。おそらく美濃の件だろう。

 「お呼びでございますか。」

 「うむ、義龍の訃報はそちも聞いたであろう。これは美濃に進出するための天運だ。それで、どこと結ぶべきだと思う?」

 相変わらず殿は話を端折る。

 美濃への進出の好機だが、これまで当家単独ではなかなか上手くいかなかったのだから、どこかの家と結んだ方が良いと思われるが、それではどの家と組むのが良いか、というお問いかけだが、途中の説明が省略されている。

 それに家臣がついていけないと機嫌を損ねられるのだが、もう少し言葉を足してもらっても良いのではないかと思う。

 「浅井家と正式に結ぶべきかと。」

 「うむ、五郎左もそう思うか。浅井新九郎は六角を破ったあと、鮮やかな手腕で高島郡も切り取ったようだ。同盟相手として頼もしい。それに龍興の母は新九郎殿の伯母だ。義龍とは違い、龍興は浅井と結ぼうとするかもしれん。先手を打つ必要がある。」

 「それでは、同盟の条件はどのように致しますか。」

 「お市を嫁に出そう。家中からはお市が人質のようだと反発があるかもしれぬが、浅井家に当家の誠意を見せるために必要だ。間違っても斎藤に後れを取るわけにはいかぬ。早速だが、小谷城に行ってくれるか。」

 「畏まりました。」

 殿は本当にせっかちだ。


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