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28話 ハーレンとバルトのご対面

*ハイゼル領帰還から数日後*


 俺はいつものようにリーリャと散歩をするため外に出たのだが、西門の方から何やら怒鳴り声が聞こえてきた。


「おーい! ルカ殿、ルカ殿はいらっしゃらないか!?」


「ルカ、呼ばれてるんじゃない?」


「うん、なんか呼ばれてる気がする」


「おい、そこのお前。ルカ様を呼び捨てにするとは失礼だぞ。下がれ!」


 門の方へ向かうと、そこには槍を構えて通せんぼをするユーノと、必死に門に縋り付いている男の姿があった。


「いいか! 私はハイゼル領の外交官、バルトですぞ! ルカ殿とは、風呂の中で裸の付き合いをした仲なのだ!」


「はぁ? 裸の付き合い? 怪しすぎるだろ! 口だけじゃ何も信じられねぇよ。証明書でも見せねぇ限り、こんな怪しい奴は中に入れさせん!」


 警備隊員が意地になって門を閉ざそうとしている。


「なんだなんだ? ……あ、バルトじゃないか」


 俺が声をかけると、バルトは救世主を見つけたような顔で、門の隙間からこちらに手を伸ばしてきた。


「ああっ、ルカ殿! ようやく来られたのですね! 私です、バルトです! 門前払いを食らって泣くところでしたぞ……!」


 今にも泣きつきそうな勢いのバルトを指差して、俺は困惑している警備隊員に声をかけた。


「あ、こいつは大丈夫だよ。ハイゼル領の外交官のバルトだ。通してあげていいぞ」


「はっ……! も、申し訳ありません! まさか本物の外交官様だったとは……無知をお許しください!」


 警備隊員が慌てて槍を引き、恐縮して深く頭を下げる。


 バルトはようやく開かれた門をくぐると、乱れた服を整えながら大きく溜息をついた。


「いやはや、この街の警備は鉄壁ですな……」


「ちなみに何用だい?……手紙をよこせないくらいの急な用事だろうね」


「ははは、それが……閣下が『一刻も早く、主導権を握るべく住み着いてこい!』と仰るもので、筆を執る暇もなかったのです。見てください、これ!」


 バルトが誇らしげに親指で後ろを指差した。


(それ言っちゃダメだよね?)


 門の向こうには、数台の馬車。


 そして、石材を抱えた職人や測量技師たちが、今か今かと待機している。


 俺の呆れ顔をよそに、バルトの顔からは期待に満ちた本音がダダ漏れだった。


『……ふふふ。これでやっとあの風呂に入れる! あの野菜が毎日食える! 外交官という肩書き、最高ですな!』


(どうせ、こんなこと考えてるんだろうなぁ)


「でも、用意する場所とかないよ?」


「大丈夫です!ルカ殿。こちらには、技術者がいるので」


「そうか。じゃあ、この壁の外側ならどこに作ってもいいよ」


「そ、そんな。この内側に作らせてくださいよ」


「えぇ、そんな場所ないよ」


 このとき、頭の上の電球が光った。


 ハーレンの隣が空いてる!


「ふっふっふ。一ついいところがあるぞ」


「本当ですか!?あがとうございます!」


「ついてきな!」


*ハーレンの家*


「ここに立ててよろしいのですな」


「うん、騒音とか気にしなくていいから」


「はい!お言葉に甘えて!

 お前たち、仕事だぞ!」


「「おう!!!!」」


 ガンガンガン

 キィィィ


「お前たち、暗くなる前には終わらせるぞ!」


「「おう!!!!」


「そして風呂に入る!そこまでが仕事だからな!」


「「おう!!!!」


 バルトのげきに、職人たちが今日一番の雄叫びを上げた。


 すごい、風呂一つのためにハイゼル領の精鋭たちが一致団結している。


(まぁ、大丈夫でしょう)


 俺は満足げに頷いた。


 彼らがこの後、隣から聞こえてくるハーレンの「うおおおお! 爆発だ!」という絶叫にどれだけ耐えられるかは未知数だけど、少なくとも今日の彼らのモチベーションは天井知らずだ。


「……ねぇ、ルカ。あの人たち、本当に今日中に家を建てるつもりなのかな?」


 リーリャが引きつった笑顔で、猛烈な勢いで石を積み上げ始めた職人たちを見ている。


「さぁ……。でも、あの様子だとお風呂の閉場時間には間に合わせそうだよ」


 俺は少し遠くにある、夕煙を上げる公衆浴場を見上げた。

 

 平和だ。


 外交官が勝手に住み着き、側近の変人の隣で家を建て、職人たちが風呂を目指して爆走している。

 

 俺が撒いた種が、予想外の方向に、けれど確実にこの街の活気となって芽吹いているのを感じた。


*夜・大浴場*


「おい、フォル!」


(げっ、ハーレンだ。怒ってるのかな?)


「お前……」


「はい……」


「背伸びたな!」


(耐えたーーー!)


「えっ、背が伸びた?」


「おう、もう肩車できなくなりそうだ」


「別にしなくていいよ。恥ずかしいし」


「それで……あの騒音はなんだ?」


(ですよねーーー)


 ハーレンは湯船にどっぷりと浸かりながら、じろりと俺を睨んだ。


 やっぱり、あの猛スピードの突貫工事がバレないはずがない。


「あー、あれはハイゼル領から来た外交官の家だよ。どうしても今日中に風呂に入りたいって、職人たちが張り切っちゃってさ」


「ハイゼルの外交官? ……あぁ、あのバルトとかいう暑苦しいおっさんか。よりによって、なんで俺の家の隣なんだよ」


「いいじゃない、お互い様だよ。ハーおじさんだって、夜中に叫んだりしてるでしょ? 彼らなら、どれだけ騒いでも文句言わないよ。自分たちもうるさいから」


 俺がしれっと答えると、ハーレンは「ちっ、計算高いガキだぜ」と呆れたように鼻を鳴らした。


「……まぁいい。隣が空き地のままだと、防犯上も物騒だからな。それに、ハイゼルの最新の建築技術を間近で見られるのは、ギルド長としても悪くない」


 さすがハーレン。文句を言いつつも、しっかりメリットを計算している。


 するとその時、「はっくしょん!!」と、脱衣所の方から賑やかな声が響いてきた。


「おおおお! 間に合った! 間に合いましたぞお前たち!!」


「「うおおおおお!! 風呂だぁぁぁ!!」」


 聞き覚えのある野太い声。


 バルトと職人軍団が、宣言通り「仕事」を終えてなだれ込んできたらしい。


「お、噂をすれば。……ハーおじさん、挨拶してくる?」


「嫌だね。俺は静かに浸かりたいんだ……」


 ハーレンが顔を半分までお湯に沈めた直後、浴室の扉が勢いよく開いた。


「ルカ殿! いらっしゃいましたか! おかげさまで、屋根まで完成しましたぞ!!」


 バルトは勝利を確信したような満面の笑みを浮かべた。

「おい、お前たち。まずは体の汚れを水で流すんだぞ。ここは神聖な癒やしの場なのだからな!」


「「うっす!!」」


 意気揚々と職人たちに指導を始めるバルト。


 どうやら彼は、この数日で完全にこの街の「風呂の主」を気取っているらしい。


 そんなバルトのすぐそばで、ハーレンはブクブクと泡を出しながら、水面に鼻だけを出して潜伏を続けている。


 ……ハーレンさすがにその隠れ方は無理があると思うんだけど。


「……ん? ルカ殿、その隣にいらっしゃるのは、もしや……」


 湯気の向こう、ついにバルトがハーレンの存在に気づいた。


「あ、紹介するよ。今日からバルトの隣人になる、ハーレンだ。俺の側近で、商業ギルドのトップだよ」


「なっ……! ギ、ギルド長殿でしたか! これは失礼を!」


 バルトが慌てて湯船の中で直立不動の姿勢をとる。


 すると、ハーレンがバシャァッ! と勢いよく水面から顔を出した。


「……おい、ハイゼルの。お前のところの職人、腕は確かだが声がデカすぎるぞ。明日からは朝六時以降に叩け。いいな?」


「ひっ!? は、はい! 承知いたしました!!」


 風呂場に響き渡るギルド長の威圧感。


 バルトは裸の付き合いどころか、初対面で完全に上下関係を叩き込まれてしまったようだ。


(……まぁ、賑やかでいいか)


 俺はお湯の温かさに身を委ね、目を閉じた。


 ハイゼルの技術、ハーレンの知識、そして活気付く街の人々。


 バラバラだったピースが、この大浴場の湯気の中で少しずつ混ざり合い、一つの形になろうとしている。


 こうして、リバイラル・アルデンハイムの熱い一日は更けていった。

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