21話 壁を作る
*先日*
日が完全に沈み、商業ギルドの明かりも消えかけた頃、俺は大工ギルドの重い扉を叩いた。
「すいません! 緊急の依頼です!」
飛び込んできた五歳児に、閉店作業をしていたギルド嬢が飛び上がって驚いた。
引きつった笑顔で「領主様、本日はもう……」と言いかける彼女に、俺は書きなぐった設計図を突きつける。
「壁を作るんだ。でも、ただの石壁じゃない」
石を運んで積み上げるなんて、今のこの街の財政と人手では何ヶ月かかるかわからない。
それに、壁を作れば街は安全になるが、内部の土地が固定されて将来の拡張ができなくなる。
(なら、成長する壁を作ればいい。俺のスキルで)
俺の【農業】スキル。
野菜を育てる力だと思っていたが、冷静に考えれば「植物」全般に干渉できるはずだ。
イメージはこうだ。街をぐるりと囲むように、強固な「防壁」となる木を生やす。枝を組み合わせて天然の柵にし、要所となる東西南北の四箇所だけに、大工に加工してもらった立派な門を作る。
「木を植えるところまでは俺がやる。大工さんたちには、その後の枝打ちと門の設置を頼みたいんだ!」
ギルド嬢はポカンとしていたが、俺の気迫に押されて「……承知いたしました」と震える声で返事をした。
その夜から、俺の「極秘植樹祭」が始まった。
スキルには一日に二回という使用回数制限がある。
だが、どうやら同じ種類の植物を一斉に育てるなら、一回のカウントで広範囲に反映されるらしい。
俺はスコップを手に、深夜の街を駆け回った。
「ここに樫の木を……いや、もっと頑丈で、鉄のように硬い木を」
目を閉じ、イメージを研ぎ澄ませる。
この街を、外からの悪意……あの魚売りのような連中から守るための、決して折れない「守護の槍」のような巨木を。
*今日*
翌朝、俺が心地よい疲れとともに目覚めると、街は戦場のような騒ぎになっていた。
いや、戦場というよりは、未開のジャングルに街ごと転送されたようなパニックだ。
「おい、冗談だろ!? なんだあのアホみたいにデカい木は!」
「出口がないぞ! 俺たちは生きたまま幽閉されたのか!?」
窓の外を見て、俺は思わず二度見した。
(……あれ? イメージよりちょっと、いや、かなりデカいぞ?)
そこには、もはや「木」と呼ぶのが憚られるほどの巨神たちが、7メートルくらいの高さで街を囲んでいた。
枝は複雑に絡み合い、小鳥一匹通さないほどの密度の壁を作っている。
朝日が遮られ、街の半分が深い森のような影に沈んでいた。
「――流石にやり過ぎた……誤魔化しが効かないかも……」
俺は冷や汗を流しながら、慌てて屋敷を飛び出した。
早急に大工たちを呼び集め、設計図を再共有して「門」の切り出しを指示する。
だが、歩きながらも頭の中は言い訳の構築でフル回転していた。
そもそも、俺には【制約】がある。
【制約】
転生者であることを他人に伝えることを一切禁じる。
これはスキルを得た時に刻まれた絶対のルールだ。
もし俺が「前世の知識とチートスキルで木を生やしました」なんて言えば、この制約に触れてどうなるかわからない。
最悪、この五歳の肉体が消滅する可能性だってある。
(どうする? 『一晩で森が成長する奇跡の土壌だった』とか……いや、苦しすぎるだろ)
そんなことを考えながら、警備の打ち合わせのために訓練場へ向かった。
そこには、口を開けて呆然と巨木の壁を見上げているソルシダがいた。
「ソルシダ! あ、あのさ、もうすぐ門ができるから、警備の配置をお願いしたいんだ」
「ルカ様! ご無事で! ……しかし、この木はいったい何事ですか? まるで精霊の悪戯か、神の御業のようだ」
「あはは……。まあ、自然の神秘ってすごいよね」
「そういえば。昨晩、暗がりの中でルカ様が必死にスコップを振るって、地面を掘り起こしているのを見かけた者がおりますが……。まさか、ルカ様がこれを?」
心臓が跳ね上がった。ギクッ、という音が物理的に響いた気がした。
「あ、あれは……! あ、あれだよ! ほら、この街の伝説に『大樹の下には宝が眠る』ってあるだろ? だから……宝を探していたんだ! 埋蔵金だよ!」
「埋蔵金……! なるほど、街の復興資金のために自ら泥にまみれておられたのですね。なんと慈悲深い……。わかりました、訓練に戻ります!」
(アブナカッタ……)
ソルシダの純粋さに救われた。
俺はそのまま、作業中の大工たちの元へと急いだ。
「おいおい、これどうやって切るんだよ。斧が跳ね返されるぞ!」
「鋸の刃がボロボロだ。この木、鉄でも混じってんのか?」
大工たちの悲鳴が響く。
近くで見上げると、その木は確かに異常だった。
幹は屋敷の塔よりも太く、樹皮はまるで龍の鱗のように硬く光っている。
(なんでこんなことに……。あ、そうか。収穫祭の時と同じだ)
俺は気づいた。
俺の【農業】スキルは、単に育てるだけじゃない。
イメージした質がそのまま反映されるんだ。
野菜を作った時は、俺が「美味しい野菜」を知っていたから、最高に旨い野菜ができた。
でも、薬草を作った時は、俺が本物を知らなかったから、薄っぺらな質のものしかできなかった。
そして今回の木。
俺のイメージは――「この街を、何があっても守り抜ける、最高に頑丈な壁」。
その強すぎるイメージが、通常の樹木を遥かに超えた「聖樹」や「魔樹」のレベルまで質を引き上げてしまったのだ。
「おーい、領主さん!これ、今日中にはとても無理だ!ノミが一本折れちまったよ。とりあえず、一番マシな一本を削って、西側の門だけはなんとか通れるようにするが……」
大工の棟梁がタオルで汗を拭いながら、呆れたように言った。
「すいません……。お願いします、それだけでも!」
俺は深々と頭を下げた。
質が良すぎるというのも考えものだ。
だが、これでわかった。俺のスキルを使いこなすには、対象への知識と、結果へのイメージを完全に制御しなきゃいけない。
(……この壁が、いつか盾として役立つ日が来る。その時までは、このやらかしも領主の威厳ってことにしといてもらおう)
空を見上げると、巨大な枝の隙間から細い光が差し込んでいた。
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