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2話 勝ち取らなくてはいけないもの

*翌日・街の中央広場*


 朝から、広場は人で埋め尽くされていた。


 数百人……いや、千人近くいるかもしれない。


「すごい人ね……」


 リーリャが不安そうに呟く。


 俺たちは広場の端、人混みに紛れるようにフードを深く被って立っていた。


「ルカ、本当に大丈夫? まだ間に合うわ。今からでも……」


「……大丈夫」


 そんなわけがない。


 人前で話すなんて、前世でも今世でも一度もない。


 心臓が破裂しそうだ。


「……ルカ?」


「ん、なんでもない」


 リーリャの心配そうな顔を見て、俺は首を振った。


 今は、それどころじゃない。


 広場の中央に設置された演台。


 その周りを、市民たちが取り囲んでいる。


 ざわざわとした話し声。


 敵意に満ちた視線。


『新しい領主、誰になるんだ?』

『まともな奴ならいいけど……』

『また搾取されるのは勘弁だ』


【読心】を発動させると、不安と疑念の声が洪水のように流れ込んでくる。


「それでは、新領主選挙を開始します!」


 司会を務める初老の男性が声を上げた。


「まず最初の立候補者、エドワード・グレイ様!」


 拍手が起こる。


 演台に上がったのは、立派な服を着た中年男性だった。


「諸君!」


 エドワードの声が広場に響く。


「私を選べば、この街は安泰だ! 私は王都の名門校を卒業し、商会での経験も豊富。税制改革、治安維持、食料供給——全てを実現してみせる!」


 おお、と市民たちから感嘆の声が上がる。


「さすが、教育を受けた人は違うな」

「この人なら、ちゃんとやってくれそうだ」


 俺は【読心】でエドワードの思考を拾った。


『愚民どもめ。領主になれば、この街から絞り取れるだけ絞り取ってやる。税金の名目で私腹を肥やし、数年後には王都に戻る。完璧な計画だ』


 やっぱり。


 表向きは立派だが、中身は腐っている。


 両親と同じだ。


 エドワードの演説が終わり、大きな拍手が起こった。


「次の立候補者、マルコ・バーンズ様!」


 二人目は、がっしりとした体格の男だった。


「皆さん、この街に必要なのは秩序です!」


 マルコの声は力強い。


「私は元衛兵隊長。盗賊を一掃し、治安を回復させます。そして税金を適正に徴収し、街を再建する!」


『まぁ、悪くない』

『衛兵隊長なら、盗賊も何とかしてくれるかも』


 市民たちの反応は上々だ。


 でもーー


『税金さえ集められれば、あとはどうでもいい。領主の地位が手に入れば、権力を振るえる。それだけだ』


 こいつもダメだ。


 結局、自分の利益しか考えていない。


 マルコの演説も、大きな拍手で終わった。


 やばい。二人とも、市民からの評価が高い。


 それに比べて、俺は……


「そして最後の立候補者……」


 司会者が名簿を見て、一瞬言葉を詰まらせた。


「……ルカ・フォルデン様」


 瞬間、広場が凍りついた。


「はぁあ、フォルデンだと?

「あの腐敗貴族のフォルデン家か!?」

「冗談じゃない!」


 ざわめきが、怒号に変わる。


『ふざけるな!』

『親の罪を忘れたのか!』

『子供だろうと許さない!』


 敵意の波が、俺に襲いかかる。


「ルカ……」


 リーリャが俺の手を握った。


「無理しなくていいのよ……」


「ううん、行ってくる」


 俺はリーリャの手を離し、人混みをかき分けて演台に向かった。


 一歩、進むたびに。


 視線が刺さる。


「あのガキか……」

「よくもノコノコと……」

「石をぶつけてやろうか」


 足が、震える。


 正直、逃げたい。今すぐ、ここから逃げ出したい。


 だけど、リーリャの顔が浮かぶ。


 あの笑顔。あの優しさ。リーリャだけは、俺を見捨てなかった。


 だから。俺は、演台に上がった。


「……っ」


 演台の上から見る景色は、地獄だった。


 何百人もの市民が、俺を睨んでいる。


 憎悪。軽蔑。嘲笑。


『子供が領主だって?』

『ふざけるな』

『さっさと帰れ』


【読心】が、容赦なく思考を拾う。


 頭が割れそうだ。


「おい、何か言えよ!」


 誰かが叫んだ。


「……ぁ」


 声が、出ない。


 昨日、あれだけ考えた演説の内容が、全部消えた。


 何も、思い出せない。


「やっぱりダメだ、こいつ」

「時間の無駄だ」

「次に行こうぜ」


 市民たちが、もう興味を失いかけている。


 ダメだ。このままじゃ、終わる。


「ルカ!」


 リーリャの声が聞こえた。


 人混みの中、彼女が俺を見ている。


 その目は、信じてくれている。


 そうだ。俺には、【読心】がある。


 市民が何を求めているかも、わかっている。


 それを、言えばいい。ただ、それだけだ。


 深呼吸し、俺は、口を開いた。


「……ぼ、僕は」


 声が震える。


「僕は、ルカ・フォルデンです」


 ざわめきが起こる。


「皆さんがご存知の通り、僕の両親は……この街の人たちから、金を搾り取った最低の人間です」


『……は?』

『親を……否定した?』


 市民たちの思考が、少しだけ変わる。


「だから、皆さんが僕を憎むのは当然です。僕も、両親を憎んでいますから」


 俺は、拳を握りしめた。


「でも……僕を信じてくれとは言いません」


「じゃあ何しに来た!」


 誰かが怒鳴る。


「……僕を、利用してください」


「……えっ?」


 市民たちが戸惑う。


「あの二人を見てください」


 俺は、エドワードとマルコを指差した。


「あの人たちは、立派なことを言っています。でも……」


 俺は、昨日【読心】で拾った市民たちの願いを思い出す。


 食料。税金。安全。


「でも、あの人たちの目には、皆さんの姿が映っていません」


「どういう意味だ?」


「僕には……見えます」


 俺は、広場を見渡した。


「繕った服を着て、お腹を空かせている人たちが」


「「……っ」」


 市民たちの表情が、わずかに変わる。


「税金が重くて、苦しんでいる人たちが」


「「そうだ……」」


「盗賊に怯えながら、暮らしている人たちが」


 一人、また一人と、俺の言葉に耳を傾け始める。


「僕は五歳です。力もありません。頭も良くありません」


 正直に言った。


「でも……皆さんの苦しみは、わかります」


「なぜだ?」


 誰かが聞いた。


「……僕も、苦しんでいるからです」


 リーリャを見と、彼女の目が潤んでいる。


「親に捨てられて、馬小屋で寝ています。食べ物もありません。明日、どうなるかもわかりません」


 市民たちの敵意が、少しずつ和らいでいく。


「だから、さっき言った通り、僕を道具にしてください」


「道具……?」


「はい。皆さんが望む街を作るための、道具です」


 俺は、深く頭を下げた。


「僕には何もありません。でも、皆さんの声を聞くことはできます」


 顔を上げる。


「税金は、半分にします」


 ざわめきが起こる。


「食料は、荒れた土地を開墾して作ります。働いた人から、優先的に配ります」


『……本当か?』

『でも、金は?』


「領主の屋敷に残っている物を、全部売ります。それを資金にします」


『屋敷を……売る?』


「はい。僕には、もう財産なんていりません」


 俺は、市民たち一人一人を見た。


「全部、この街のために使います」


「……本気か、ガキ」


一人の男が聞いた。


「本気です」


「領主の地位も捨てる覚悟か?」


「……地位なんて、どうでもいいです」


 俺は、リーリャを見た。


「大切な人を守れるなら、何だっていいです」


 男の表情が、変わった。


『……こいつ、本物かもしれない』


そしてーーパチ。一つの拍手。


パチ、パチ。それが、広がっていく。


「……やるじゃねぇか、ガキ」

「俺も協力するぞ」

「税金半分なら、文句ねぇ」


 拍手が、広場を包んだ。

 でも、全員じゃない。

 半分くらいの市民は、まだ疑いの目を向けている。


『本当にできるのか……?』

『口だけじゃないといいが』


「それでは、投票を開始します!」


 司会者の声で、市民たちが投票箱へと向かい始めた。



 投票が終わり、開票が始まった。


 俺とリーリャは、広場の隅で結果を待つ。


「ルカ……」


 リーリャが俺の手を握る。


「一票でも入れば、それでいいの」


 でも、俺の手は震えていた。

 もし負けたら……もう、どこにも行けない。


「頼む……」


【読心】で、市民たちの思考を拾う。


『あのガキに入れたけど、大丈夫かな』

『エドワードの方が安心だったか……?』

『でも、子供だからこそ信じられる気もする』


 半信半疑。それが、市民たちの本音だ。


「開票結果を発表します!」


 司会者の声に、広場が静まり返る。


「エドワード・グレイ様……98票」


 おお、と声が上がる。


「マルコ・バーンズ様……93票」


 さらに大きな声。


 やばい。


 どっちも、かなり票を集めている。


「ルカ・フォルデン様……」


 時間が、止まった。息が、できない。


「……101票」


「あっ……!」


 リーリャが俺を抱きしめた。


「勝ったわ! ルカ、勝ったのよ!」


たった3票差。もし、あと4人が違う選択をしていたら……


「新領主、ルカ・フォルデン様の当選を宣言します!」


 拍手が起こる。でも、それは圧倒的なものではなかった。


『本当に大丈夫か……』

『子供に任せて……』

『まぁ、他よりはマシか』


 市民たちの思考は、まだ疑念に満ちている。


 そうだ。俺は、消去法で選ばれただけだ。

 期待されているわけじゃない。

 ただ、他よりマシだと思われただけ。


「ルカ・フォルデン様、一言お願いします」


 司会者に促され、俺はもう一度演台に上がった。

 何百人もの視線。その半分は、まだ敵意を含んでいる。


「……ありがとうございます」


俺は、深く頭を下げた。


「僕は、必ずこの街を復興させます」


『本当かよ』

『口だけじゃないといいけど』


 疑いの声が、【読心】で聞こえてくる。

 でも、構わない。


「明日から、皆さんと一緒に働きます」


 その言葉に、空気が少しだけ和らいだ。


「じゃあ、俺も手伝うか」

「子供が頑張るなら、大人も頑張らないとな」


 拍手が、少しずつ大きくなる。


 ーーやった。なんとか、勝てた。


 演台を降りると、リーリャが抱きついてきた。


「ルカ、本当におめでとう」


「……ありがとう、リーリャ」


 これで、とりあえず食べていける。

 リーリャを、守れる。

 でもーー守るのはリーリャだけじゃない。


 ここからが、本当の戦いだ。

 俺は、拳を握りしめた。


 明日から、街の復興が始まる。

 五歳の子供が、領主として。


 前世でも、今世でも、経験したことのない戦いが。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


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