10話 ハーレンの市場計画
ソルシダと話をした数日後には、簡易的な訓練場ができていた。
ちらっと覗いてみると、志願者が十人ほど集まり、その周りでは俺と同じ年頃の子どもたちが興味深そうに見学している。
このままいけば、きっと街にいい影響を与えてくれるだろう。
見に来た理由は、ハーレンに呼ばれたからだ。
まぁ、そのついでだ。
先日、ひと段落がついたと思ったが、やはり領主は一筋縄ではいかないようだ。
てか、領主の俺が動いてんの……おかしくないか?
ハーレンの家に着いた。
「ごめんください、ルカです。」
出てこない…
声をかけても出てこないから、扉を開けることにした。
すると、
目の前には、風呂上がりで色々と無防備なハーレンがいた。
「ちょっ……服を着てください!」
ハーレンが服を着替えながら話しかけてきた。
「フォル、おせ〜よ。風呂入っちまったじゃねぇか。」
「それで、用事ってなんなの?」
俺は話題を変えた。
「市場計画を立てたんだけど聞いてくれないか?」
ハーレンはそう言って、机の上に簡単な図を広げた。
「街の中央に広場、その周囲に露店。
日を決めて、人と物を集める。いわゆる定期市だ。
そして、そこの近くにも店舗を作らせる。」
「それで?」
「そうすれば、今は点在している店を一か所に集められる。ルーペの流通も、少しはマシになるはずだ。」
……いや、ちょっと待て。
「商人同士の揉め事とかは?」
「そこなんだよ」ハーレンは頭をかいた。
「値段の言い争い、場所取り、詐欺まがいも出るかもしれねぇ。でも管理する人間がいないんよ」
そのことを聞くと、俺の中で何かが引っかかった。
これって、前世でゲームや本で見た仕組み。
商人や冒険者をまとめ、仕事を仲介し、規則を作る場所。
ーーそうだ、ギルドだ!
「ギルドを作るのはどうだ?」
「・・・え?」「・・・ん?」
2人の間の時が止まった。
「ギルドだろ?聞いたことねぇな。店の名前か?」
ーー異世界にはギルドがあると思っていたがこの世界にはないのか?
「違う違う。仕組みの話だよ」
「……?」
ハーレンは首をかしげるが、俺は机の図を指でなぞりながら話を続けた。
「簡単に言えばな、商人や職人をまとめて管理する組織だ」
「まとめる?」
「今はさ、商人がそれぞれ勝手に商売してるでしょ?
値段も場所もルールもバラバラなら、そりゃ揉めるよ」
ハーレンは腕を組み、黙って聞いている。
「ギルドがあれば、
・市場のルールを決める
・場所を割り振る
・トラブルが起きたら仲裁する
・怪しい商売を締め出す
これを一か所で管理できる」
「……なるほどな」
「商人は安心して商売ができるし、街は流通が安定する。そして、税も取りやすくなる」
そこまで言ってから、俺は付け足した。
「あと、信用だ」
「信用?」
「ギルドに登録してる商人ってだけで、こいつはちゃんとした奴だって証明になる」
ハーレンは小さく笑った。
「それ、商人からしたら喉から手が出るほど欲しいな」
「だろ?だから強制じゃなくて、入りたい奴が入る。でも、入らないと不利になる。」
この世界で、初めて前世の記憶が役に立った。
ふっ。これが、知識無双ってやつか。……悪くない。
「おい、何ニヤけてるんだ。」
「ううん、なんでもないよ。」
ーーこんなことを考えてるなんて、バレたら恥ずかしいな。
「そうか…それはいいとして、誰が仕切るんだ?」
「いい質問だね!」
俺は目を光らせながら、指を刺した。
「それを君がやるんだよ。」
ハーレンの目が飛び出しそうなくらい、開いていた。
「……なるほどな……いいじゃねぇか。やってやるよ!」
ハーレンの意気込みに俺もやる気を注がれた。
*
商人ギルドを作ることにした。
だが問題は、この街の商人たちが新しい仕組みを素直に受け入れるかどうかだ。
利益になると分かっても、人は変化を嫌うものだ。
特に、金が絡むと、なおさら。
「ハーおじさん、今日は一緒に商人ギルドの準備しない?」
「悪いな、今日は手が離せないんだ」
「えー、何やってるの?」
「まぁ、後で見せるよ」
ハーレンはニヤッと笑った。
ーー怪しいな…
でも、今は手が空いている俺がやるしかない。
まずは商人ギルドの本部の場所だ。
街を歩きながら、空いている土地を探す。
広場の近くは人通りが多いけど、もう埋まっている。
少し離れた場所なら空いているけど、不便だ。
どこがいいかな…
ハーレンは家から近くに建ててくれと言っていたが、そんな都合の良い場所は…
あった。ハーレンの両隣の土地が空いていた。
ーー確かに、あいつの隣は嫌だもんな。
でも、ここなら広場にも近いし、ハーレンも管理しやすい。
よし、ここを仮本部にしよう。
ギルドが大きくなったら、もっと立派な建物を建てればいい。
*
次に、商人ギルドのチラシを作った。
リーリャに手伝ってもらって、大きな文字で『商人ギルド設立!』と書いた。
そして、市場で商売している商人たちに配り始めた。
「こんにちは!新しい商人ギルドができるんです!」
「……ああ、そう」
ほとんどの商人は、チラシを受け取っても興味なさそうだった。
【読心】を使ってみると、
『また領主の気まぐれか……』
『面倒くさいな……』
『ギルド?何それ?』
ーーまぁ、そうだよな…
いきなり新しい仕組みを押し付けられても、困るだけだ。
だけど、一人だけ、目を輝かせている商人がいた。
『これは面白そうだ!』
『ちゃんと話を聞いてみよう!』
ーーこの人だ!
「こんにちは、私はこの街の新領主、ルカ=フォルデンです!よろしくお願いします!」
「これは、どうもご丁寧に。私はマルチェリオと申しますぞ」
マルチェリオは、丁寧にお辞儀をした。
少しふくよかな体格で、笑顔が親しみやすい。
少しクセがあるが、商人として、人に好かれるタイプだと直感した。
「よろしく!マルチェリオさん。それで、ギルドのことなんだけど…」
俺はギルドの仕組みを一から全て説明した。
それをマルチェリオは真剣に聞いてくれた。
「なるほど、これは良い仕組みですな。商人同士の揉め事も減りますし、お客さんも安心して買い物できる」
「そうなんです!分かってくれて嬉しいです!」
さすが、商人だ。すぐに理解してくれた。
「マルチェリオさん、これがギルド証です!」
俺はマルチェリオに商人ギルド証を渡した。
「おう!ありがとうな」
こうしてこの町で唯一の正式な商人が誕生することになった。
他の商人仲間にもこの制度を教えるように頼むと、マルチェリオは、町の商人たちに声をかけ、ギルドの仕組みを説明していく。
「こういう制度があると、みんな安心して商売できるぞ!」
「場所取りや揉め事も、ここで仲裁してもらえるんだって!」
その様子を見て、俺は少し安心した。
そのことをハーレンに報告しに行った。
「マルチェリオか、あいつはいいぞ。フォル、当たりを引いたな」
「うん、すごく協力的だった!」
ーーこのままいけば…
「それで、手が離せないってなんのことだい?まさか、今やってるコマ回しのことじゃないよね?」
「違うぞ、ほら見てみろ、この回転が、広場の人の流れに見えてくるだろ」
「……は?」
俺はムカついたが、机の端に地図が広がっているのが目に入った。
よく見てみると、ギルドの仕組みをしっかりするために商売する地区を分けていた。
食料品、雑貨、道具…綺麗に区画が分かれている。
「これ、ハーおじさんが考えたの?」
「ああ、ギルドを作るなら、ちゃんとした仕組みが必要だろ?」
ハーレンはニヤッと笑った。
遊び人風を装いながら、裏では俺の理想を形にするために心血を注いでいたらしい。
「ありがとう、ハーおじさん!」
「おう、任せとけって」
訓練場の『武』、ギルドの『商』。
俺の小さな手で撒いた種が、確実にこの街の形を変えようとしていた。
だが、急激すぎる変化は、時に招かれざる客を呼び寄せる。
数日後。活気づく市場の片隅で、俺の【読心】が捉えたのは――外からの商人ではなく、祝祭の空気にそぐわない、冷たく鋭い「誰か」の視線だった。
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