イレギュラーな新人 4
水奈が石燕に案内されたのは、石燕の仕事部屋だった。
その光景に改めて、妖怪に関わる仕事なのに随分現代的だ、と思う水奈である。
「これはまた……随分とパソコンがあるのですね」
「いやあ、どれも機関謹製の超ハイスペックパソコンなんだが……あいにく俺も晶もそこまでパソコンに精通してるわけじゃないから、使いこなせてないのが現状だ」
「よく言うぜ。イラストレーターの仕事、ここのパソコンでやってんじゃん」
「あーうん、これだけのモニターあるとマジで絵描き捗るからな。たまに『職場の支給品でエロ絵描くのはまずいよなあ』とは思うけど」
「たまにじゃねーよ、常に思えよ。一回その最中に部屋入っちまった時とか、泣きたくなったかんな」
「……石燕さん……」
「んんぅおおおっほん! まあまあまあ、それはな、うん、置いといて、だ」
突き刺さるような白い目を二人分向けられた石燕は、やたらと大げさに咳ばらいをした。それから両手でものをどかす仕草をしつつ、椅子をそれぞれに勧める。
そして晶と水奈がそれぞれ座ったのを確認すると、これまでの失点を取り戻さんとばかりにシリアスな表情を浮かべた。
「現状は先ほど説明した通り……そして恐らく、今回のターゲットは既に誰かに取り憑いている可能性が高いと思われる」
「取り憑かれた人間は、最悪操られた挙句に妖怪の血肉にされてしまう、のでしたわね」
「ああ。それはもちろん防がなきゃならんわけだが……人に取り憑いた妖怪はかんなぎの眼をもってしても簡単には見抜けない。これを見破るための道具も日々研究されてはいるんだが、まだまだなのが現状だ。そうなってくると、もはや俺たちにできることは限られてくる。それが……」
言いながら、石燕は机の下にあったサイドテーブルを引っ張った。出てきたのは、キーボードとマウス。赤外線式であること以外、何の変哲もない付属機器だ。
それに対して水奈は不思議そうな目を石燕に向け、
「……インターネットで情報収集だ」
返ってきた言葉に、がくりと脱力した。
「ど、どういうことですの?」
「いやな、さっきも言ったが一度取り憑かれちまうとどこにいるかわからないんだよ。そうなると、問題行動を起こした際に世間で行われる報道だけが頼りでな。たとえば、妖怪に操られた結果道端で人に殴りかかったとなると、普通は意味もなく突然殴られた、みたいに報道されるはずだ。そういうのを探すのさ。あとはSNSでの目撃情報とか」
「……随分と……アナログなことをするのですね……」
こんないい機材があるのに、と付け加えて水奈は深いため息をついた。
「……というか、監視カメラの映像くらい取り寄せられませんの?」
「できないんだ……」
水奈の至極当然な問いに、石燕が頭をかきながら答えた。
「なんでかって言うとだな……あくまで皇機関というのは裏の組織なわけだ。だから民間企業にはもちろん、公的機関に対しても基本的には口を挟めない。晶が捕まっても大丈夫なのは、それが組織の業務に支障が出るからで、逆に言うとそう言う時にしか表に出られないんだよ」
「でしたら、私たちが直接映像を入手すればいいのでは? たとえばハッキングとか……」
「うん……それができればよかったんだけどな……。うちの組にはそこまで出来る奴がいなくてな……」
「なるほど。でしたら私、早速お手伝いができるかと思いますわ」
「……うん?」
「水奈?」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべた水奈に、晶と石燕は目を丸くした。
そんな二人を尻目に、水奈はモニターの一つに向き合う。
「ここ、一つ借りますわね」
「あ、ああ……構わないが……」
「どーすんだ、水奈?」
「もちろんハッキングですわ。警備会社のシステムに侵入しましょう」
涼しい顔でそう言い放ち、操作を始めた水奈。
その横顔を見ながら、晶たちはさらに目を丸くした。
「……で、できるのか?」
「そこそこに。プロには及びませんけれど……今回の場合、私はそれを補って余りあるアドバンテージを持っておりますので」
『アドバンテージ?』
そこで二人の声が重なる。
「ええ。私の立場、覚えてらっしゃいますか?」
「月神財閥の令嬢……あっ」
「え? え、ちょ、あたしわかんねーんだけど。どういうこと?」
「水奈は月神財閥の令嬢であると同時に、そのグループ企業、月神システムズの取締役だったよな。この会社、グループ内はもちろん、他企業のシステム開発も請け負ってるんだよ! ……もしかして水奈、過去に警備会社のシステムを作ったことが!?」
「正解ですわ。ちょうど二年ほど前に某大手の警備システムを開発しまして、私も開発に携わりました。既に受け渡しは済んでいますが、侵入できそうな経路も、その中身も大体覚えております」
「えーっと……そりゃすげー……んだよな?」
水奈の説明に、晶は小さく首を。だが石燕はというと、目に見えてテンションが上がっている。
無理もない。一人一人がちまちまとインターネットを介してニュースを調べ上げていくなど、いくらなんでも面倒すぎる。
「……と、こんなところですわね。はい、某社のシステム中枢に繋げましたわ。石燕さん、最後に妖怪の足取りがつかめたあの場所、いつごろ妖怪が通りがかったかわかりますか?」
「オーケーちょっと待ってろ……えーっと」
わずか十数分後。
モニターの映像ががらりと変わったと同時の問いかけに、石燕は手元にあったタブレットを慌てて操作する。
「あった。十一日前の朝……二月十二日の午前六時過ぎごろ、だ!」
「わかりましたわ。……二月十二日……の、……午前六時過ぎ、と。これですわね。住所も教えていただけます?」
「住所か。えーっと、奥多摩町のだな……」
水奈は読み上げられる住所から、必要なデータへ迷わずアクセスしていく。
ほどなくして、目的の監視カメラ映像にたどり着いた。
「ありましたわ。今表示しますわね。ええと……朝六時から九時までの三時間で一つのデータになっているようなので、これを出しますね」
「よっしゃあ!」
「マジか……ハッキングってこんな簡単にできるのか……」
もちろん、簡単そうに見えてかなり高度なことをしている。ただ、その説明は直接関係ないからと、水奈は省略した。
しかし当たり前の話だが、彼女が行ったことはれっきとした犯罪行為である。良い子は真似をしてはいけない。
閑話休題。
水奈が画面に出したものは、目覚めを迎え始めた閑静な住宅街の一角を映したものだった。住人が多いからか、朝方という時間の割には比較的利用者が多めだ。
それを見るや否や、晶と石燕が水奈の両隣に殺到した。
「おお、ここだここ! ここの……これ、この場所。コンビニの、このゴミ箱の前あたりでホシは消息を絶っている」
「うはーっ、水奈、お前すげーんだな! ……んー、まだこの段階じゃ妖気はないみてーだな」
「ありがとうございますわ。……けれど、あの。ここまでやっておいてなんなのですが、魂魄妖怪って、監視カメラに映るんですか?」
「あ、それは大丈夫だ。写真だろうと動画だろうと、魂魄はちゃんと映る。むしろ見えやすくなることが多い」
「じゃなかったら心霊特集なんて番組できねーしな」
「……言われてみれば、確かに」
そこで三人は無言になり、モニターに表示された映像を食い入るように眺め続ける。
画面の中のコンビニには、出勤途中や夜勤帰りと思われる人間がまばらに訪れていた。時間が時間だけに、比較的その年齢層は高い。
そのため、
「幼女キター! あいてっ、ちょ、二人ともグーはやめろグーは!」
珍しく現れた小柄な少女にわかりやすい反応をして、石燕が肩を殴られる。
「……とはいえ、私たちよりも小さな女の子が朝方に一人でコンビニ、というのは悪目立ちしますわね」
「んだな。……ってもな、そーいう話はあたしたちが関わることじゃねーからなあ」
「まあ、ですわね。それぞれ家庭の事情などもあるでしょうし」
「保護しなきゃ使命感……」
再び煩悩を口にした石燕を、今度はさらっと流す晶たちである。
だが石燕とて、曲がりなりにも組を一つ任されている男だ。やる時はやる。
「ちょ……っ、今! 止めてくれ!」
彼の言葉を聞いて、水奈は咄嗟に映像を一時停止させた。
「ここ、ここだ。それのな、ここだここ。全身は映ってないようだが、確かにいるぞ」
そして二人は、そう言いながら石燕が指した場所を見て目を丸くした。
そこには、その壁からひょっこりと顔を出した複眼――昆虫のいわゆる複眼ではなく、複数の眼――の物体が映し出されている。
「……いっしー、これって蜘蛛か?」
「それっぽいな……映ってる範囲が微妙で全体像はわかんねえが……」
「あのー……やはり私、見えないのですけれども……」
「あ、ご、ごめんよ水奈。……なあいっしー、水奈にアレ渡しとかないと」
「ああアレか。確かにそうだ、先にそうすべきだったな」
「……なんのことですの?」
晶と石燕は視線を交わし合って意味深に頷き合っている。
直後に石燕は一旦パソコンから離れると、断りを入れて部屋から出て行った。
「ほら、こないだちらっと話に出ただろ? 『見えないものが見えるようになる』道具」
「ああ、あれですか。そういえばありましたわね」
「普通はさ、事案が解決するまでの間、巻き込まれた人に保険として貸すんだけどさ」
晶の言葉に、水奈は頷く。頷きながら、どういう仕組みなのか聞こうとして止めた。
そこに、石燕が戻ってきた。走ってきたのか、少しだけ息が乱れている。
「待たせたな! ほい水奈、これを。あ、度は入ってないから安心してくれ」
彼が水奈に手渡したのは、見紛うことなきメガネであった。淡い青のフレームが、部屋の明かりをわずかに反射して光っている。
それを受け取り、かざして見ながら水奈は説明を視線で求めた。
「名前は照妖鑑。そのレンズ越しなら魂魄妖怪が見えるようになる。正しくは『普通では見えないものが見えるようになる』だから、それ以外のものも見えるようになるけどな。おまけに視覚だけでなく、音もちゃんとわかるようになるっていう優れものだぞ」
「なるほど……それはとても便利ですわね」
そんなやり取りをしながら、水奈は照妖鑑をかけてみる。
それは不思議と、彼女の顔にフィットした。元々涼しげな佇まいの彼女である。メガネというオプションによって、クールな雰囲気がより増した。
水奈が視線をモニターに戻す。と同時に、改めて目を見張った。
「……見えますわ。これが、魂魄妖怪なのですね」
感慨深くそうつぶやいた彼女に、石燕と晶は満足げに頷く。
「それじゃ、再開しようか」
そして仕切りなおす石燕に首肯して、マウスを操作する水奈。映像が、再び動き出す。
問題の妖怪はしばらく動かず留まっていたが……やがて民家の壁をすり抜け、コンビニに向かって走り始めた。
その姿は、晶が言った通り蜘蛛であった。だが、サイズが尋常ではない。思わず水奈は、椅子ごと後ろに下がってしまった。
無理もない。それはどう控えめに見ても、人間並みのサイズをしていたのだ。にもかかわらず、走る速度は相当に速い。あれが人間ならば、オリンピックなど目ではないだろう。
「……いっしー、あれって確か」
「ああ、蜘蛛の妖怪……丁種、女郎蜘蛛だ。人に化けてないのは、面倒だからか必要がないからか……あるいは魂魄ではできないのか……って待てえええ!?」
顎に手を当てて、真面目に思考していた石燕が突如立ち上がり、両手で勢いよく机を叩いた。
そのあまりの剣幕に、水奈はもちろん晶もびくりと身体を振るわせて彼を凝視し……それから、彼が画面を睨んでいるのを見て、改めてモニターに目を向ける。
彼が睨んでいたのは、妖気が検出されたと言うコンビニ前のゴミ箱だった。そこで、先ほどの少女が肉まんをほおばっている。そして女郎蜘蛛は、その少女目がけて一直線に駆けていた。
晶も水奈も、なるほどと思うと同時に石燕に白い目を向ける。
「ああああああ!!」
直後、彼は慟哭と共にムンクの「叫び」のような顔をして椅子に落ちた。
理由は至極単純。画面の中で、女郎蜘蛛に取り憑かれた少女が糸の切れた操り人形のように、倒れこんだのだ。
「……晶さん……」
「うん……まあ……いっしー、子供好きだから……」
「子供好きの範疇を越えていると思いますが……」
水奈は深いため息をつきながら、机に突っ伏す石燕を冷めた目で見やる。しかし石燕が動く気配はなかった。
一方画面では、倒れた少女の周辺で黒いもやのようなものがうごめいている。
「あの黒いものは?」
「ん? ああ、妖気だ。なんかいくつかタイプがあるみてーだけど……とりあえず、妖怪の力、かな? そっか、あれも今まで見えなかった?」
「ええ。小鬼が顕現した時は見えた気もするのですが……あまり、見ていて気分のいいものではありませんわね」
「顕現の時の妖気は特別なんだよなー。……まあでも、威黒みたいないいやつでも妖気はあんなだからな。見た目はもう慣れてくれとしか」
「……善処しますわ」
二人が見守る中、妖気はしばしそこに留まっていたが……十数秒後、空へ染みこむように静かに消えた。
そうしてコンビニ周辺は、見た目の上では平時と変わらない雰囲気を取り戻す。倒れた少女はその後、ゴミ箱の整理に出てきた店員に助け起こされていた。
ここまでの流れを見た水奈は、これが妖怪に取り憑かれた時に発生する気絶なのだろう、と判断する。
少女があっさりと覚醒したのを見て、それは確信となった。そしてその危険性を、改めて認識する。
一方机に突っ伏していた石燕は、映像から問題の少女が立ち去った辺りでのっそりと顔を上げた。深呼吸のように深く長い息をつきながら、緩慢な動作で晶たちに目を向ける。その目は血走っていた。
「晶、出動だ! あの幼女を救わねばならん! 子供に取り憑くような妖怪の風上にも置けん輩は可及的速やかに処断せねば!!」
そして石燕は、爆発した。しばらく熱弁を振るって少女の救出を声高に主張するが、晶も水奈も、遠巻きにそれを眺めるだけである。
とはいえ、彼に対して全面的に反対しようとは、二人も思っていない。人命がかかっていることは間違いないのだから。
特に晶は、付き合いの長い石燕が子供に対しては紳士であることをちゃんと知っている。
「俺はこれより辰組のエージェントを総動員して、彼女の家の周辺を封鎖する! 晶はただちに現場へ急行せよ!」
「あいよ、了解したぜ」
だからこそ、与太話に近い演説が終えて引き締まった顔で指示をされれば、素直にそう答えられるのだ。
ただ、あまりの変わりように水奈は軽く絶句していた。
しかし彼女も、石燕に目を向けられると居住まいを正してその視線を迎え入れる。
「水奈は……水奈はどうしような? 今さっき入ったばかりのお前に任せられる仕事と言えば……晶のサポートくらいか?」
「ええ? いや、それは石燕さんの領分では?」
「あれは別に組長の仕事じゃないんだよ。ただ、何度も言うように人手不足でな。仕方なく俺が一番前に出てるだけだ」
「そうなのですか……。しかしだとしたら、なおさら私には難しいのでは?」
「そうなんだが……お前の度胸と頭脳はむしろ、臨機応変に状況が変わる現場向きなんだよ。それに指示とか出し慣れてるだろうし」
「それはまあ、確かに」
「だろう? そうだな……うん、威黒を随行させる。護衛と助言のためにな。それでどうだ、やってみるか?」
「わかりましたわ」
「……話を振った俺が言うのもなんだが、即答ってお前」
間髪入れずの回答に、石燕は軽く引いた。晶も。
それを気にするそぶりもなく、水奈はうっすらと笑う。
「そうだぞ水奈、最前線だぞ。下手したら命に関わるんだぜ?」
「構いませんわ。私、現場主義者ですので……何事もこの目で見ておきたいのです」
そうして彼女は笑みを浮かべたまま、長い黒髪をさらりと横にかきあげた。
恐れなど知らないと言わんばかりのその態度に、石燕と晶は頼もしさ半分、呆れ半分の心持で頷くのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ひさなさんはロリコンキャラを導入しないと物語を創れない奇病に罹患しています(その目は澄み切っていた
書きやすいんですよね、ロリコン・・・自分がロリコンだからだと思うけど・・・。




