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第8話




わたしは自分にもなにかできることがないか考え、父や母に内緒でパルクスへ手紙を送った。

一度お話をさせてもらえないか、クレドルーの屋敷に置いてきてしまった自分の荷物を渡してもらえないか、という内容だ。

あの証文には、クレドルーの土地と屋敷のことが書いてあったが、家財道具についてはなにも書いていなかったはずだ。

それらを売れば、多少はお金になる。


何度も手紙を送ったが、なしのつぶてだった。

諦めかけたある日、ついに一通の返信が届いた。

はじめは、誰からの手紙か分からなかった。

パルクスは別の名前でわたしに手紙を送ってきたのだ。


中身は狩りへの招待状だった。

パルクスではなく、別の貴族が主催する狩猟。

わたしが依頼した荷物のことには一切触れられていなかったが、パルクスはその狩りに参加するようで、そこでなら会ってもいい、と書いてあった 。


なぜ狩りなのかは分からなかったが、これはパルクスと話をするチャンスだと思った。


主催がパルクスでなかったおかげで、家族や姉夫婦に、参加をすんなり伝えることができた。

必要な乗馬服などは、姉が貸してくれた。

父と母は、久しぶりに笑ってくれて「よかったな。楽しんできなさい。」と送りだしてくれた。


わたしは笑顔を返しながら、心の中で武者震いをしていた。


パルクスと必ず話をつける。

たとえわたしの身に、なにが起こったとしても。




狩猟服に身を包み、馬上の人となり、ぞろぞろと移動する貴族たちの集団の隅で、ひたすらこれからのことを考えていた。

パルクスからは、なんのコンタクトもない。

狩猟への招待状が届いたきりなのだ。


「いたぞ!犬を放てっ!」

遠くで合図の笛の音と、獲物を追い掛ける男たちの声がした。

にわかにざわついたが、急いで移動しようとするものもいない。

狩りに付いてきただけの貴婦人たちの多いこちらの集団は、のんびりしたものだ。


ふと、視線を感じて顔を上げた。

きょろきょろと辺りを見回すと、そこには、馬上でまっすぐこちらを見つめる青年がいた。


ダヴィド様。


一瞬、ここがどこなのかを忘れた。

距離があるというのに、まるで吸い寄せられるように視線が外せない。


ダヴィド様、と唇が動きそうになって、すぐに我に返った。

会えて嬉しいが、今は不都合だ。

我が家の恥を、なんの関係もないダヴィド様にさらす訳にはいかない。

それに、今からわたしがパルクスに会おうとしていることも、知られたくない。


視線をそらして、二度と彼のほうを見ないように俯いた。


くす、と自嘲をこぼす。

ダヴィド様が参加していることに気が付かないだなんて、わたしったら、どれだけ自分の考えに没頭していたのか。



夜になっても、パルクスからの連絡はなかった。


人数が多いので、いくつかの部屋にまたがって立食形式の食事をとる。

その時間は、空気に徹した。

幸いなことに、わたしに関心を示す人はいなかった。

わたしはひたすら、パルクスに意識を集中した。

常に視界の端におさめ、目を離さないようにした。

もし人目のないところで話すなら、夜の時間しかない。

きっと、彼からなにかしらの合図があるはずだ。


案の定、パルクスは食堂を出るときに、わたしに目で合図をした。

わたしは何事もなかったかのように振る舞い、少し遅れて食堂を出た。

食堂の出口で給仕から紙を渡され、そこにはパルクスの部屋の場所がメモされていた。

ひるみそうになったが、両親のことを思い出し、気を引き締めた。


何度も引き返そうかと思いながらのろのろと歩き、とうとう指定された部屋の前まで来てしまった。


ノックをしようと腕を上げ、深く息を吐いて手を下した。


昼間見たダヴィド様の顔が、ふいに浮かんできた。

出立前に散々決意を固めてきたというのに、彼に会ったことで心の弱いところが顔を出そうとしてしまっている。


ここまできて、なんの成果もなく帰ることなんてできない。

このチャンスを逃したら、二度目はないだろう。


脚が震え、喉が詰まった。

やはり、両親に相談してから来るべきだったかもしれない。


もし相談していたら、きっと父は止めただろう。

そして「不甲斐ない父ですまん。」と自分を責めるのだ。


今、父にできることはない。

ここで動けるのは‥‥状況を変えることができるのは、わたししかいない。

わたしが動かなければ、誰が動くのか。


そう自分を奮い立たせて、ついに扉をノックした。


ガチャ、と扉が開き、パルクスが顔を出した。

「あぁ、きみね。」

分かっていたくせにそんなことを言い、蛇のようにねっとりと目を細めた。

「あのっ‥‥。」

「いいんだよ、いいんだよ。ほら、中に入りなさい。」

背に手を添えられ、嫌悪感に肌が粟立ち、足が固まってしまった。

そんなわたしに焦れたのか、背に添えられた手が、ぐい、と力を入れてわたしの背を押した。


少しよろけて部屋に入ると、おあつらえ向きに部屋は薄暗くされ、中央に大きなベッドが鎮座していた。

そういうことか、と妙に身体から力が抜けた。

ある程度予想はしていたが、こうもあからさまだと泣いていいのか笑っていいのか‥‥。



ガツッ!


背後で扉になにかが当たった音がした。


「なにっ!?」

パルクスが裏返った声を上げて、ガタガタと必死で扉を閉めようとしている。


わたしは振り返った瞬間に、扉のところにいた何者かに腕を取られ、部屋の外へ引っ張り出された。


「先約があるんで、モニークを連れていきますよ!」

あまりに一瞬のことで、なにが起きたのか理解できなかった。

気付けば、ダヴィド様に腕を引かれ、廊下を歩いていた。


ダヴィド様が助けに来てくれた。

その思いで、胸がいっぱいになる。


はっと我に返り、このままではいけないことに気が付いた。

わたしは、パルクスと話をするためにここに来たのだ。

「なにをするのよ!」

振り払おうと腕を引いたが、ダヴィド様はびくともしなかった。


ぴた、とダヴィド様が突然足を止めた。

そのせいで、わたしは勢い余って彼にぶつかってしまった。

ダヴィド様がわたしに向き直って怒鳴った。

「なにをするだって!?お前はあの男の慰み者になりたかっていうのか!」


がくがくと肩を揺すられる。

わたしは必死になって「そんなわけないでしょう!」と叫んだ。


パルクスのところへなんか、行きたくない。

このままダヴィド様に連れられて逃げたい。

でも、わたしには引き返さなければならない理由がある。


財産に恵まれ、力のあるダヴィド様とは違うのだ。

目的のためなら、自分でも売る。

そうしなければ、生きていけない。

こんなわたしをどうか見ないでほしい。

放っておいてほしい。


うつむき、髪で表情を隠した。

肩は掴まれたままだったが、揺すられるのは止まっていた。

少し間があり、わたしは「離してちょうだい。」と静かに言った。


その言葉が聞こえなかったのか、ダヴィド様は再びわたしの腕を取って廊下を進み始めた。


これはダヴィド様を説得しない限り、どうにも離してもらえそうにない。

とりあえず、どこへ向かっているのか尋ねてみたところ、予想外の「俺の部屋だ。」という返答が返ってきた。

ぎょっと驚いて「行くわけないでしょう!」と叫んで、足を踏ん張った。

しかし強く引っ張られて足がもつれ、かえってダヴィド様の思うままに引っ張られてしまう。


一体この男はなにを考えているのか。

人目につかない庭に出るか、わたしの部屋に送るのか、その辺りだろうなと予想していたのに。

常識が通じないのか。


だいたい、廊下でこんな大声で言い合いをしていること自体、誰かに聞かれたりしたらどんな噂をされることか。

わたしの腕を強引に引いていくのだって、どこに目があるのか分からないなかで、なんてうかつなんだろう。


物の数にも入らないわたしがパルクスの餌食になろうがどうしようが、放っておけばいいではないか。

将来の約束された彼には関係ない話だ。


デビューしたての金髪美少女と、まるでお手本のような結婚をするのがお似合いなのに。

わざわざ醜聞に首を突っ込むような真似をするだなんて。



そうこうしているうちに、言い合いにらちが明かないと思ったのか、ダヴィド様が実力行使に出た。

わたしを肩の上に抱え上げて、まるで荷物のように運び出したのだ。

頭が完全に逆さまになっている。

落とされることが怖くて、わたしはダヴィド様の上着を必死で掴んでいることで精いっぱいだった。



せっかく、彼が醜聞に巻き込まれないようにしたのに。

パルクスに、ダヴィド様の姿を見られただろうか。

あの位置なら、顔は見られていないかもしれない。

どうか、気付いていませんように。





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