第20話 爆発草
「それにしても、よくマティアスが許可したわね」
夏目前の強い日差しに照らされたリリアベルの畑。
大きな帽子を被り、並んで蹲み込んでいるのは、リリアベル、タニア、マルコの三人だ。
グリフォンがメチャクチャにした薬室の畑は、あれから一ヶ月以上が経ち、時間は掛かったが綺麗に整えられ、各人の新しい温室も設置し直されている。
この日は朝から、リリアベルが畑に植えている『爆発草』の葉の間引き作業をしており、タニアとマルコがその手伝いを買って出てくれていた。
「と、言うと?」
畑に植わる、細い針のような葉が茂ったたくさんの苗から、パチン、と音をたてハサミで葉を切りながら、リリアベルがタニアに聞き返した。
「お世話係よ。てっきり私になると思っていたのに、まさかマルコだなんてね。びっくりよ」
「僕が、リリアベルに一番歳が近くて下っ端だからじゃない?」
視線を苗に向けたままのマルコも、パチン、と葉を切り面倒そうにあくびをした。
お世話係とは、新人であるリリアベルの研究や仕事の進捗を見守り、一番に相談を受け指導をする係のことで、「そう言えば、まだ決めてなかったよね」とコンラートが言い、マルコが指名されたのだ。
リリアベルは、森での戦闘で見せた機敏さや好戦的な様子を全く感じさせないマルコを、横目で盗み見た。
(お世話係がマルコになったのは、私の護衛がしやすいように……なんて、タニアには言えないわよね)
作業に集中しているフリをしながら、魔獣の襲撃から二日後に交わしたマティアスとの会話を思い出していた。
「やっぱりリリーの言った通り、トルメルカが原因だったよ」
侯爵家を訪れたマティアスに、騎士団と魔法解析班から調査の結果が報告された。
現場からトルメルカの現物は見つからなかったが、グリフォンが使用した魔法の威力や種類、体内の魔力の乱れなどを細かく調べ、トルメルカの煙を吸って起こる錯乱及び興奮状態にあったと結論付けられた。
「そう……。犯人の手掛かりは……」
「今の所は何も。ただ……その日は直前に弟──ディートリヒが獣舎に視察に来たらしい。魔獣が好きらしくて普段から足を運んでいるようだから、直接それが関係しているかはわからないけど」
「ディートリヒ殿下が……。元々あまりお会いしないし……王太子妃教育が終わってからは特にお会いする機会が減ってしまったけれど、お元気そう?」
リリアベルに尋ねられ、マティアスはニコリと笑顔を作る。
第二王子のディートリヒは、母である正妃には似ず、気性は穏やかで内向的。
動物を愛し、よく言えば心優しく、悪く言えば御し易い王子だった。
リリアベルが彼に会わないのも当然だ。
マティアスは例え弟であっても、リリアベルが自分以外の男性と仲良くなる機会を増やしたくなかったため、リリアベルがディートリヒに会わないよう、登城の時間や使用する通路などをわざとずらすように配下の者達に指示を出していた。
「そうだね、元気そうだよ。それで、これからの事なんだけど──」
自分以外を気に掛けることが気に食わず、マティアスは早々に話の方向を変えた。
「コンラート室長と相談して、マルコをリリーのお世話係に指名して貰おうと思うんだ」
「それは……護衛のため?」
「そうだね。犯人はまだ見つかっていないし、ニナニナもガーシャロも、持っているのはリリーだから、用心しておくに越したことはないと思う。リリーはまだ私の婚約者で、大事な幼馴染だから……心配なんだよ」
灰色の瞳を細め、眉を下げてそう言われれば、リリアベルは頷くしかない。
「ニナニナはまだしも、ガーシャロを見つけた事は内密にしておこう。魔獣をけしかけて悪意を持って花を回収した人物がいる以上、これ以上注目を集めるのは得策じゃないしね」
マティアスがそう言い、持ち帰ったガーシャロの株は、マルコの隠匿魔法をかけたままで栽培することになった。
話を聞きながら、リリアベルは苦しかった。
(本当に危険なのは、私じゃない。誰かがあなたを殺すための毒を作ろうとしているって……マティアス様に話したい。でもそれには……私の前世もゲームのことも、全部話さなくちゃいけないわ。そんな話、到底信じられる訳がないし……マティアス様がどう思うのか、想像するだけで……怖い)
マティアスはリリアベルを守ろうとして護衛を付け、色々な案を提案し配慮してくれているが、リリアベルがマティアスを守るために出来る事は、解毒薬を完成させ、彼から離れること以外に思い浮かばない。
(マティアス様のために、私にもできる事を探さなきゃ……)
マティアスを見送った後、リリアベルは何日も頭を捻り、エドモントを頼ることにした。
「身を守るのに役立って、すぐに大量に育てやすい植物だと?」
リリアベルに尋ねられたエドモントは怪訝な顔で片眉を上げた。
「ニナニナの種をくれてお礼に、マティアスに何か育てて渡したくて……。王子だし、身を守るのに役立つものなら、さらに喜んで貰えるかな、と思いまして……何か良い案はありませんか?」
そう理由付けすると、エドモントは納得したらしく、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべて言った。
「それなら、爆発草だな」
「え、爆発草ですか?」
思わぬ答えに、リリアベルは目を丸くした。
爆発草は、赤く小さな棘のある実をつけ、その名の通り、その実に強い衝撃を与えると小さな爆発を起こす。
贈り物としては少々過激な植物を提案され、リリアベルは驚いたが、エドモントは言った。
「爆発草は二ヶ月くらいで実が収穫できるし、夏の草だから今種を蒔くのが最適だ。それに、小さな実は服や荷物に忍ばせやすいし、マティアスはかなりの過激派だから、いざとなれば容赦なく喜んで使うと思うぞ」
過激派という言葉は、温厚なマティアスに対する言葉ではないと思ったが、リリアベルはお勧めされた通りに、爆発草を育てることに決めた。
畑に茂る爆発草の余分な葉を切りながら、タニアが言った。
「そうだとしても、やっぱり女性には女性の先輩じゃない? だってあのマティアスよ? マルコはそのうち、彼に殺されると思うわ」
わざとらしく肩をすくめるタニアに、リリアベルが首を傾げた。
「マティアスは優しいので、そんなことしませんよ?」
その答えにタニアは遠い目をすると、ため息を吐いた。
「ここまで一歩通行だと、もう、かわいそうとしか言いようがないわね。リリアベルは、もう少しマティアスにご褒美をあげたほうがいいわ。あの新しい温室もそうだけど、あなたの研究室の部屋の鍵に付与されている魔法……あれ本当にやばいからね。最初の報告会の後、部屋に入ったじゃない? 学園に行く時に鍵かける所を見てたけど、正直引いたからね」
「まあ……あれはちょっと引くレベルだね」
無表情のままマルコにも同意され、リリアベルは思わず眉を下げ曖昧に笑った。
(確かに……あれは私も心配しすぎだと思ったわ)
リリアベルの新しい温室は、防御魔法の付与をさらに強めてある。
グリフォンの襲撃で、彼女の温室の壁が一面分ごっそりなくなっていたのを見て肝を冷やしたマティアスが、自らの手で何重にも魔法を重ね掛けした特別性だった。
そしてこれはタニアに指摘されて初めて気づいたのだが、マティアスが用意を手伝ったと言っていたリリアベルの個人研究室にも、彼の防御魔法がたっぷり付与されており、何なら彼女以外が鍵に触れると、殺傷能力の高い複数の攻撃魔法と、マティアスに直接異変を知らせる伝達魔法が発動するようにされていたのだ。
「マティーは凄く心配性なので……。贈り物、足りるでしょうか?」
与えられているものが多すぎて、返せている気がしない。
困ったように尋ねるリリアベルに、タニアが言った。
「たぶん、抱きついて『大好き!』って言うだけで、マティアスは泣いて喜ぶと思うわよ」
「ふふ……タニアったら」
タニアが言ったことは真実なのだが、全く本気にせず笑うリリアベルに、タニアだけでなく、マルコもため息を吐いたのだった。
申し訳ありませんが、コンテスト応募作品『花喰い竜と生贄の姫』の執筆を優先させるため、次回更新は1月7日予定です。
時間が空いてしまいすみません。
見守って頂けると嬉しいです。




