第16話 疑念
リリアベルは蹲み込んで、散ったガーシャロの花弁をそっと手に取った。
「さっきまで、綺麗に咲いていたのに……」
困惑を滲ませる彼女に、フーゴとマルコも同意した。
「我々がホーンディアを制圧している時にも、変わりありませんでした」
「これ、ガーシャロだよね。こんな珍しい花、僕が傷つける訳ないし、できるだけ離れて戦ったから攻撃も当たってない。この辺のガクに残った花弁の形は、誰かが無理やり千切って行ったって感じだね」
マティアスはリリアベルの隣に屈むと、そっとリリアベルの背に手を添え、慰めるような視線を向けながら彼女を立ち上がらせた。
「状況だけで判断するなら、ホーンディアを暴走させた人物と、花を奪った者は同じ……何なら、花を奪うために、邪魔な私とリリーに魔獣をけしかけたってところかな」
「どうする? まだ近くにいるかもだし、探す?」
マルコに答える前に、マティアスはリリアベルに優しく問いかけた。
「リリー、せっかく見つけたこの花、どうしたい? 持って帰る?」
ガーシャロはマティアスのための解毒薬作りに絶対必要だ。
今を逃せば、また見つけることができる保証はない。
リリアベルが強く頷くと、マティアスはマルコに顔を向けた。
「マルコは、リリーと一緒に花の採取を優先して欲しい。フーゴも戦力として残しておきたいから、犯人は今は追わなくていい。もしまた魔獣を差し向けられたら、リリーが危ないからね」
「わかった。リリアベル……は、何も持ってきてないよね。僕の道具を貸してあげるから、早いとこ花を採取して帰ろう」
マルコは珍しい植物の採集が仕事と言うだけあって、護衛の任務中もある程度の道具を常備しているらしい。
留め具を外し開いた上着の内側には、驚く程沢山のポケットがあり、手袋や小さな鋏、ピンセット、採取用の密閉型の袋や小瓶などが入れられていた。
そんなに沢山の道具を持ち歩いているようには見えていなかったため、リリアベルは驚きに目を丸くした。
「ありがとうございます」
リリアベルは道具を受け取り、改めてガーシャロを眺めた。
生えているのは数株。
リリアベルの腰ほどに伸びた茎には、鋭いトゲがあり、金の葉も縁がギザギザだ。
花弁は殆ど千切れているか散ってしまっているが、分厚いそれはビロードのような質感で高貴さが漂っていた。
マルコが手袋を嵌めながら、先輩らしくリリアベルに指示を出していく。
「せっかくだし、花弁と葉を別々で採取して、そこの花弁が一番多く残っている株は、根を掘ってそのまま持って帰ろう。コンラート室長に相談すれば、栽培できるかもしれない。花弁の方が脆いから、リリアベルは葉の採取をして。一枚採る毎に、葉に保護魔法を掛けて。棘に気をつけてね。怪我されたら、僕がマティアスに殺されるから」
あまりに淡々と冷静に言われ、リリアベルは違和感を覚えた。
「マルコは、ガーシャロを見ても凄く落ち着いていますね。やっぱり珍しい植物ばかり見慣れているから、幻の花くらいでは驚かないんですか?」
マルコは作業の手を止めると、ちらと後ろでフーゴと話をしているマティアスを見た。
そして、リリアベルに視線を戻すと、苦笑した。
「まあ、珍しい花や新種に遭遇するのに慣れてるってのもあるけど……誰かさんに頼まれて、ガーシャロは僕もずっと探してたからね。感想としては、面倒な仕事がやっと一つ片付いたなって感じかな」
リリアベルとマルコが黙々と作業している間、それを眺めながらフーゴとマティアスが話を続けていた。
「しかし、犯人はかなり焦っていたようですね。こんな乱雑に花を持っていくとは」
「ああ。幻の花って言われるくらいだからね。手に入れるには今しかないと思ったんだろう」
「犯人は、偶然居合わせただけでしょうか?」
マティアスは仄暗く冷たい瞳を細め、地面に散ったガーシャロの花弁を見つめた。
「偶然かどうかはわからないが……犯人は目的があってあの花を探していたのは確かだね。だって変だろう? 珍しい花だからという理由で持ち去るなら、フーゴならどうする?」
「……茎の部分で切り取ります」
フーゴはリリアベルが採取している金の葉を見て、思わず眉を顰めた。
普通なら、ガーシャロの花で一番目に付くのは、その黄金に輝く葉の部分だ。
それがなければ、ぱっと見で珍しさはわからないだろう。
自分用に保管するにしても、売り捌くにしても、普通、花を摘むなら茎の部分で手折るはずだ。
「そうだよね。でも、犯人は花弁だけを持ち去っているんだ」
作業をしながらマティアス達の会話を聞いていたリリアベルは、ざっと顔色を悪くして急に立ち上がった。
「それって──!」
血の気の引いた顔で思わず振り返り、マティアスを見たリリアベルは、ハッとして口を噤んだ。
マティアスは普段通りの優しげな笑みを彼女に向けていたが、その微笑みには「何も言わなくていい」とでも言うような、不思議な圧があった。
「……リリー、どうかした?」
にこやかにそう問われたが、リリアベルは気圧され続く言葉を飲み込むと、震える声で誤魔化した。
「あ……ううん。確かに、花びらだけ持っていくなんて……飾ったりもできないし勿体無いわよねって思った、だけ」
それだけ言うと、リリアベルはマティアスにくるりと背を向け、再び手を動かし始めた。
(マティアス様に、シナリオの事を話してしまう所だったわ……危なかった。攻略対象の彼に話したら、どうなるかわからないもの。気を付けなくちゃ……)
金の葉を採取しながら、眉間の皺がどんどん深くなっていく。
彼女の頭には、ある疑念が広がっていた。
(確かに……花弁だけを持っていくなんて、変だわ。しかも全部の花からだなんて。まるで『それしか必要ない』と言っているような……)
思考が深まるにつれ、指先が冷たくなっていく。
(ガーシャロの花弁は、マティアス様のシナリオで、嫉妬に狂った未来の私が毒の材料に使うもの。でも、私は毒なんて作ろうと思ってない)
考え込みながら作業をしていたリリアベルは、手に取ろうとした葉の裏に、隣の株の茎から伸びた鋭い棘が隠れているのに気付かなかった。
「──痛っ!!」
ズキリとした痛みが指先に走り、思わず手を引っ込める。
強く握り込んでしまっていたらしく、薄手の白い手袋に、ジワと血が滲む。
赤いシミが広がっていくのを見ながら、リリアベルは恐ろしい仮説に辿り着いた。
(私以外の誰かが、マティアス様を殺す毒を……作ろうとしてる……?)
恐怖でぐらりと傾きそうになるリリアベルの意識を、指先の痛みが無理やり引き留めた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
マティアスが攻略対象達を遠ざけシナリオを破壊していったおかげで、シナリオの裏に隠れていたこの世界の本当の物語が動き始めました。
薬草学の教師は誰なのか。花を奪った犯人とは?
これからのリリアベルとマティアスがどうなっていくのか、見守って下さると嬉しいです。
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