第1話 神
「はあ、はあ……っ」
森の中を、ひたすらに走る。
途中何度も足をもつれさせて転びそうになるが、私はその度になんとか体勢を立て直し、走り続けた。
背後から感じるのは、人智を超えるほど恐ろしい『圧』。
――――怖い。泣き出したいほどに。
今まで色々な恐ろしい相手と剣を交えたけど、これほどの恐怖は感じたことがなかった。
浅はかだった。愚かだった。
なぜ今あれを刺激してしまったのか。まだ準備は終わっていないというのに。
つまるところ、私は驕っていたのだ。
持ち上げられ,賞賛され、自分ならなんでもできるのだと、不測の事態にも対処できるのだと心の奥で思ってしまっていたのだ。
世の中には逆立ちしても敵わない相手がいる。そんな子どもでも知っていることすら知らなかったばかりに。
「いつまで逃げるつもりだい?」
「――――っ!?」
突然耳元で声がして、私はその場から跳び逃げる。
すると今までいた場所に強大な力がかかり、地面が丸ごと消失する。もし後少しでも回避するのが遅れていれば、私は地面と共に消え去っていただろう。
明確な死のイメージ。私は背中が寒くなるのを感じた。
「今のを避けれるとはたいしたものだ。しかし……何人たりとも神の目から逃げることはできない」
宙に浮きながらやってくるそれ。
絶望が形を成したような存在であるそれは、片手を私の方にかざす。
――――だめだ。
私にはあれをかわすことも防ぐこともできない。それにこの場をどうにか切り抜けられたとしても、あれから逃げ続けるなど不可能だ。
見つかった時点で、私は詰んでいたんだ。
そう悟った私は、最後の……いや、最悪の決断をする。
「……へえ。それが使えたんだ。でもいいのかい? それを使っても時間稼ぎにしかならないよ」
せせら笑われながらも、私はその術を発動する。
私の周囲の空間がゆらぎ、私は今までいた場所とは全く違う場所に移動する。
――――その瞬間、私の身を襲ったのは、果てしない後悔と自己嫌悪の念。
なぜこんな醜態を晒してまで、私は生き残っているのか、生き残ってしまったのか。我が身可愛さに大勢を犠牲にしてしまったことに、私は絶望する。
しかし今更、自死を選択することもできない。
誰か、誰か私を……
「――――殺してくれ」
◇ ◇ ◇
「シオンさん、あなたが『神』ですって……!?」
夜の王都。
学園の先輩であるシオンから告げられた言葉が信じられず、ルイシャは愕然とする。
シオンが創世教の者であるのならば、それなりの地位にいるかもしれないとは思っていた。学園に潜入しルイシャやシャロの観察を任されるなど下っ端に任せられるようなことではないからだ。
身分の偽装も完璧であり、シオンは中流貴族の一人息子とちゃんと証明されていた。王子であるユーリが調べてもその身分や生まれに不審な点はなく、本当に王国民の一人として彼は存在していた。
学園生活でも不審な点はなく、彼は真面目に学業をこなし、他の生徒ととも交流していた。
疑う隙のない、完璧な偽装。
創世教という後ろ盾があるにしてもあまりにも彼の偽装は完璧すぎた。
なので彼もレギオンやテセウスのような、なにか超常的な力を持っているのかもしれないと思っていたが……まさか自らを『神』と名乗るとは、誰も思っていなかった。
「ふふ、どうやら僕が『神』だということまでは掴んでなかったみたいだね。まあそれなりに気をつけて生活していたからね」
シオンは空中に浮かびながらあぐらを組み、ルイシャたちを眼下に見る。
その表情は穏やかであり、とても自身の秘密が暴かれた直後には見えない。
「……信じられません。あなたが本当に神ならば、なぜあなた自身が学園に潜入したんですか? そんな面倒くさいこと手下に任せればいいじゃないですか」
「神ってのは意外と暇でね、やることがないんだよ。学園生活を送るのは僕の趣味の一つ、今までも色んな学園に入学して、普通に卒業したりしていたんだ」
ルイシャの問いに、シオンはそう答える。
嘘を言っているようには見えない。どうやら本当に学園に入ったのは『趣味』の一つでもあるようだ。
「一応勇者の子孫を観察するって理由もあったけどね。障害になるようなら始末し、そうじゃないなら放っておく。それを決める役割もあったんだ」
シオンはそう言いながらルイシャの隣にいるシャロを見る。
自身が値踏みされていたことを知り、シャロはぞくっと悪寒を感じる。
「ま、でも結果彼女はたいした存在じゃなかった。勇者オーガと比べるまでもない小物。良かったね、弱いおかげで見逃されて♪」
「お前……ッ!」
シャロは表情に怒りを滲ませると、剣を握り跳躍し彼に迫る。
するとシオンはそんな彼女に右手をかざす。
「頭が高い」
そう短く言うと彼女の体に急激に重力がかかり、地面に叩きつけられる。
「が……っ!?」
苦しげに顔を歪めるシャロ。
腕に力を込め必死に起きあがろうとするが、体にかかる重力は凄まじく体がビクとも動かなかった。
「シャロ!? シオンさん、あなたなにを!!」
「ふふ、ごめんね。ちょっと力を入れすぎちゃったみたいだ」
シオンが右手を下げると、シャロにかかっていた謎の力が消失する。
すぐにルイシャは彼女に駆け寄り、体を起こす。
「シャロ! 大丈夫!?」
「ええ……なんとかね。あいつ、只者じゃないわ……」
シャロは見下ろしてくるシオンを睨む。
まだ彼が『神』ということは信じられないが、少なくとも人智を超えた力を持つ存在であることは、その場にいる全員が認識した。
ルイシャはシオンを見上げながら、慎重に言葉を選び彼に尋ねる。
「シオンさん。あなたなら自分が『神』であることを誤魔化すこともできたはずです。なぜ今それを明かしたのですか?」
「いい質問だ。答えてあげるよ」
シオンは余裕たっぷりの表情を崩さず、まるで日常会話をしているかのように言葉を続ける。
「正直、もう飽きたんだ。勇者の子孫は肩透かしだったし、僕に比肩する存在はついぞ現れなかった。ルイシャくんんはいい線いってたけど……それでもまだ足りない。これ以上待っても仕方ないと判断したんだ」
「話が見えません。あなたに比肩する存在が現れないと、なにがいけないんですか?」
「決まっている、僕が暇なんだよ。君たち人間はいつも戦争みたいな下らないことばかりに精を出す。僕は最初の生命を創造した時から自分と同等の存在を望んでいた。僕と同じ視座を持つ、心からの友人をね。でも見ての通り……それは叶わなかった」
心底がっかりした様子で語るシオン。
嘘をついているようには見えない。
「これ以上待っても無駄。だから僕は決めたんだ……全てをゼロから『やり直そう』ってね」
「やり直す……? どういうことですか」
困惑するルイシャに、シオンは笑みを浮かべながら答える。
「言葉の通りさ。この大陸に住む生物を一掃し、全てをなかったことにする。そうして綺麗になった世界で、また一から生命の創造を始める。どうだい、いい案だと思わないかい?」





