第16話 黒幕
レギオンを倒して三日後の夜。
王都に近づく一つの影があった。
その人物は王都の城門をするする駆け上がり、たやすくその中に侵入する。
無事王都の中に入り、建物の屋根に着地したその人物は、手に持った麻袋とその中身を確認し一息つく。
「ふう……ようやく着いたか。それにしても今宵は月がよく光る。俺の古傷が疼くぜ……!」
右目を覆うような独特のポーズを取るその人物。
彼の名前はヴィニス。
アイリスの従兄弟であり、吸血鬼の一人。戦闘能力が高い優秀な若者で、見た目も整っているのだが厨二病という痛い側面があった。
「さて、場所はこっちで良かったよな……」
ヴィニスは約束していた場所へ歩き出す。
彼は賭博の国ヴェガから王都にやって来ていた。
ヴェガで行われている闘技大会の優勝賞品が『勇者の遺産』であることを知った彼は、闘技大会に優勝し、無事勇者がかつて使っていたベルトを手に入れた。
なのでそれをルイシャに渡しにやって来たのだ。
仲間の吸血鬼からルイシャの伝言は預かっている。彼はそれに従い動いていた。
「ここをこう行って……ん?」
路地裏に差しかかったところで、ヴィニスは止まる。
その理由は簡単。その行く手を遮るように謎の人物が現れたからだ。
その人物は黒い外套を身にまとっており、フードを深く被っている。骨格からおそらく男であることは分かるが、顔は見えずそれ以上の情報は分からない。
「急いでいるんだ。どいてくれるか?」
ヴィニスはそう言うが、フードの男はその場から動かず、黙って腕を上げるとヴィニスの持っている麻袋を指差す。
「それを、置いていってください」
「……なるほど『勇者の遺産』が目当てってことか」
ヴィニスが持っている麻袋は貧相な物。金目の物が入っているようには見えない。
ならばこの人物はヴィニスがなにを持っているか知っているということ。突然の敵の襲来にヴィニスは構える。
「悪いが渡すわけにはいかない。ルイシャ兄に申し訳が立たないからな」
「……ならば力づくで奪い取るまでです」
「ふん、やってみるがいい。我が漆黒の闇で飲み込んでくれる!」
ヴィニスは駆け出すと、ローブの人物に飛び蹴りを放つ。
するとローブの人物はその蹴りをギリギリまで引き付け、回避する。そして逆に鋭い蹴りでヴィニスを吹き飛ばしてしまう。
「な……っ!?」
壁に体を打ちつけ、痛そうに顔を歪めるヴィニス。
彼は吸血鬼の中でも実力者。普通の人間では逆立ちしても勝てないほどの強さだ。
そんな彼をこんなに簡単にあしらえる人は、そうはいない。
ローブの人物間違いなく強者と呼べる実力者であった。
「これは貰いますよ」
ローブの人物は、ヴィニスが蹴りの衝撃で地面に落としてしまった麻袋を拾い上げる。
そしてその中にある物をつかみ、取り出す。
「簡単な仕事だった……ん?」
それを取ったローブの人物が、固まる。
なぜなら麻袋の中から出てきたのは勇者の遺産ではなく、魔力を帯びた鎖だったからだ。
「これは……まさか」
次の瞬間、その鎖がひとりでに動き出し、ローブの人物の体にぐるぐると巻き付き拘束してしまう。麻袋の中にあったのは勇者の遺産などではなく、触った人物を拘束する効果のある魔道具であった。
そしてその人物が拘束された瞬間、いくつものライトで周辺が照らされ、その場が明るくなる。
そして物陰から複数の人が現れ、ローブの人物を取り囲む。
その中にはルイシャの姿もあり、彼は倒れているヴィニスに手を貸し、起き上がらせる。
「大丈夫?」
「もちろんですルイシャ兄。みっともない姿ですいません」
「そんなことないよ。ヴィニスのおかげで作戦成功したよ」
ルイシャはそう言うと、ローブの人物のもとに近づく。するとルイシャを見ながらその人物は喋りだす。
「なるほど……謀れた、というわけか」
「はい。一芝居打たせてもらいました。一人じゃ大変でしたがエッケルさんも手伝ってくれたのでバレずに準備できました」
ルイシャはそう言って協力者のエッケルに目を向ける。
レギオンを倒したあと耳打ちしたのは、この作戦のことであった。
「蛇人族の里の場所が創生教にバレた一件から、僕たちの情報を流している人がいることは分かってました。その人物は勇者の遺産も狙うはず。なのでヴィニスには勇者の遺産ではなく拘束用魔道具を持ってもらい、王都に来てもらいました。後は自然にその荷物を犯人に渡し、拘束したところを僕たちで捕まえればいい」
「なるほど……シンプルだがいい作戦だ。騙されたよ」
くくっ、とローブの人物は笑う。
ルイシャサイドにはエッケルだけでなくアイリスやシャロにヴォルフ。それに仲間の吸血鬼も複数いる。
絶体絶命の場面だというのに、ローブの人物に焦りは全く見受けられず、ルイシャは一抹の不安を覚える。
「僕たちと来てもらいます。そして知っていることを全て話してもらいますよ」
「それはできない。僕もやることがたくさんあるんだ」
そう言ってその人物は鎖で巻かれている腕に力を込める。
するとパキッ! という音と共に鎖にヒビが入ってしまう。
「馬鹿な、あの魔道具を壊せるのか……!?」
それを見たエッケルは驚く。
使用した魔道具は竜をも拘束できるほど高性能な代物であった。人間に外せるはずがない。
しかしその人物は「えい」と力を込めると鎖をバラバラに壊してしまう。
すると魔道具が壊れた衝撃で周囲に衝撃波が起きる。そしてその衝撃でローブの人物のフードがめくれ、その下の素顔が明らかになってしまう。
その顔を見たルイシャは、複雑そうな表情をする。
「やはり……貴方でしたか。シオンさん」
「ふふ。気づいてこんなことをやったのかい。意外と意地悪だねルイシャくんは」
フードの下から現れたのは、なんとルイシャの上級生シオンであった。
シャロはやアイリスは「うそ……!」と驚く中、ルイシャはあまり動じていなかった。
「僕は蛇人族の里を見つけたことを、ほとんど誰にも話していませんでした。それなのに創世教はその情報を知っていました。現地に行ったみんな以外に話したのは、チシャとシオン先輩だけでした」
「なるほど。それで疑っていたわけだ。可愛い後輩に疑われるなんて悲しいね」
「とぼけないで下さい! なんで僕たちを売るようなことをしたんですか、答えて下さい!」
目に強い怒りと悲しみを滲ませながらルイシャは叫ぶ。
ルイシャはこのいい加減で気分屋な先輩が嫌いじゃなかった。休日に偶然街で出会って軽く遊ぶようなこともあった。
それなのになぜ。ルイシャはシオンを睨みつける。
「……そうだね。僕も君たちのことは嫌いじゃないよ。好きと言ってもいい。でもほら、役目は果たさないといけないから。僕にも立場というものがあるし」
「立場? シオンさんは創世教で偉い立場にいるんですか?」
ルイシャが尋ねると、シオンは困ったように「うーん」と言う。
そして少しすると「分かった」となにかを決心する。
「これ以上隠し事をしてもしょうがない。君たちには本当のことを話すとしようか」
シオンはそう言うと目を閉じる。
すると周囲の魔力が一変し、白い粒子のようなものが空気中に浮き始める。
今まで感じたことのない異常な魔力に、ルイシャたちは警戒する。
(な、なんだこの感じは……!? 今まで色んな人を見てきたけど、そのどれとも違う! いったい何者なんだシオンさんは!!)
ルイシャがそう思っていると、シオンの体がわずかに宙に浮く。
そして次の瞬間彼の衣服が白く神々しいものに変わり、頭の上に白い輪っかのようなものが出現する。
その輪は生物にはつけることが許されない、天上の者にのみ与えられた物。
シオンと名乗っていた彼はゆっくり目を開けると、下々の者に真実を告げる。
「僕は創世教が信仰する『神』そのものだ。創世神クレアシオン、それが僕の真実の名前だ」
「そ、そんなことが……」
ルイシャたちは口を開けて放心する。
普通「神だ」と名乗られても信用することなどできない。
しかし目の前の人物がまとう魔力、存在感、空気、その全てが他の生物とは異質であり、心でなく本能がその人物が「神」だと認めてしまう。
「君たちとの生活は楽しかったけど……お終いだ。最後の審判を始めよう」
頼れる上級生シオンの名を完全に捨て去った神クレアシオンは、ルイシャたちにそう宣告るのだった。





