第13話 限界を超えて
「はああああああっ!!」
「おおおおおおおっ!!」
咆哮を上げながら激突する両者。
何度も拳を、肉体をぶつけ合いながらその身を削りあう。
「魔拳・竜王!」
魔力と気が混ぜられた拳がレギオンの胴体に命中し、その体を抉り取る。
レギオンは命を消費しそれを回復させ、即座に反撃するがルイシャは魔王の外套を盾のように展開させそれを受け止める。
(このマント、防御に使えるのですか……! なんという応用性、面倒くさいですね)
レギオンは戦いの中でルイシャの強さの秘密に気がつく。
それは圧倒的な柔軟性。現在四人の王を師に持つルイシャは、様々な技を会得している。それらの技の一つに頼るのではなく、時と場合で最適なものを選び、使っている。
その柔軟性こそがルイシャの強さを大きく支えているのだ。
「しかしその強さも、圧倒的な『数』の前では無力。食らいなさい。億の群勢、その力を」
レギオンは拳を強く握り、そこに自分の命を凝縮させていく。
数は質量。拳に凝縮された数は重さとなり、その威力を爆発的に増加させる。
(……来る!)
レギオンの大技を予期したルイシャは、迎え打つ準備をする。
そんな彼めがけて、レギオンは拳を打ち込む。
「潰れなさい。億万群拳ッ!」
莫大な質量が、ルイシャを襲う。
そのあまりの威力に空間がねじれ、湾曲する。まともに食らえば体はバラバラになり跡形も残らないだろう。
「極位防壁!」
ルイシャはまず極位魔法を発動させ、魔法の壁でその破壊の嵐を受け止める。
魔法の中でも最高位の性能を持つ極位魔法であるが、レギオンの技を受け止めるとすぐにヒビが入ってしまう。
このままでは数秒で壊れてしまうだろう。しかしルイシャはそれも織り込み済みであった。
「からの……竜功術守式二ノ型、竜卵殻」
ルイシャの体を守るように、大きな卵が形成される。
竜の卵を模して作られたその殻は圧倒的な耐久力を持ち、防壁を砕いたレギオンの攻撃を再び受け止める。
しかしそれでもまだ、レギオンの攻撃は止まらない。
竜卵殻も割れてしまい、破壊の嵐がルイシャに襲いかかる。
「ここまで勢いを弱められれば耐えられる。来い!」
ルイシャは鬼鉄肌を極限まで高め、腕を体の前で交差させ防御体勢を取る。
更に竜功術守式一ノ型『竜鱗鎧』も併用し、気で作られた竜の鱗で体を保護する。
結果、ルイシャは怪我を負うことなくレギオンの渾身の攻撃を受け止めてみせた。
「ふう……なんとかなった」
「ば、馬鹿な。億の私の攻撃を受け止めただと……!? ありえない……!!」
レギオンはここに来て一番の焦りを見せる。
しかしそれもそのはず。億万群拳は街一つを壊滅させる威力を持っている。
人に放てば塵一つ残らないだろう。
それを一人の少年が受け止め切ってしまうなど、到底信じられなかった。
「やはり君は主の計画の妨げとなる存在です。ここで消さなくてはいけない。私の全員で倒します」
レギオンは覚悟を決めると、自身の体を追加で二体出現させる。
その追加で現れた肉体は最初から億万の群勢であった。
つまり彼は三億の命を同時に使用していることになる。
「ここまでの戦いで一億の私は死にました。もうここにいる三億の私が死ねば、私は絶滅します」
「意外ですね。全ての命を使うのは避けたいのかと思ってました」
「ええ、ずっと私はそれを避けていました。しかしそうしなければ貴方には勝てないでしょう」
レギオンは自分を死の縁に立たせ追い込むことで、限界を超えた力を引き出そうとしていた。その目論見は成功し、数百年ぶりの命の危機に体は覚醒し、いつも以上の力を引き出していた。
しかし限界を超えた力は身を滅ぼす。
レギオンはその力に耐えきれず、自分の命が少しずつ減っていることに気がつく。
このままだと自分で自分を滅ぼしてしまう。次の攻防で全ての決着をつけなければならない。
「お互い満身創痍と言ったところでしょうか」
「そうですね。次で決めましょう」
視線を交わし合う両者。
死力を尽くした二人の間に怒りや憎しみといった感情はない。
ただお互いの譲れないものを守るために、その為だけに彼らは命を賭ける。
先に動いたのはレギオンだった。
三人のレギオンが息のあった動きでルイシャを囲むように陣を取り接近する。その動きは正に三位一体。お互いの思考を共有している彼らは、一糸乱れぬ連携を取ることができる。
「「「死になさい!」」」
三方向から同時に放たれる拳。
その中心にいるルイシャはそれに冷静に対処する。
「竜功術守式三ノ型……朧」
そう呟いた瞬間、ルイシャの気配と姿がぼんやりと薄くなる。
レギオンたちの攻撃は空を切り、ルイシャはその場からいなくなってしまう。
「消えた!?」
驚くレギオン。
すると次の瞬間、一人のレギオンの背後にゆっくりとルイシャが姿を現す。
竜功術「朧」は己の気を極限まで薄め、霧散させることで姿を見失わせる技。その効果はもとの気の量が多いほど大きくなる。相手がその落差に慣れたら効果がなくなるため連続して使用はできないが、今この瞬間使うには非常に有効な技である。
(テス姉、力を借りるよ!)
完全にレギオンの虚をついたルイシャは、渾身の魔法をレギオンに打ち込む。
「魔王の火炎!!」
それは魔族を統べる者のみが使える、黒い炎。
あらゆるモノを滅する黒き炎は莫大な魔力を必要するが、その効果は絶大。レギオンは急いでその炎から逃れようとするが、その間もなく体を燃やし尽くされ塵となって消えてしまう。
「貴様、よくも……!」
一億の自分を殺され、レギオンは激怒しルイシャに突撃する。
そして先ほどの黒炎に注意を払いつつ、全力の拳を打ち込んでくる。
黒炎の魔力消費は非常に高く、何度も使えるものではない。しかしルイシャには他にも使える技がある。
「死ね!」
レギオンの命一億分の拳が襲いくる。
(リオ、力を貸して!)
するとなんとルイシャはその一撃を片手で受け止める。そしてその手でレギオンの攻撃の勢いを吸収し、自分の体の中を通し右の拳に移動させる。
「ぐ、ぐぐ……!」
ルイシャは苦しそうに顔を歪めながらも、その技を成功させる。
そしてレギオンの攻撃によるエネルギーに、自分の攻撃も乗せ思い切り殴り返す。
「竜功術攻式九ノ型……逆鱗!」
渾身のボディブローがレギオンの体に突き刺さる。
逆鱗は相手の攻撃を受け止め、そのエネルギーを自分の攻撃に乗せ倍返しする技。その威力は正に逆鱗を触られ怒り暴れる龍が如し。
レギオンの体内は打ち込まれた竜功によりぐちゃぐちゃになり、一億の命を全て失ってしまう。
「まさか、こんなことが……!」
一瞬にして二億の自分を失ったレギオンは表情に焦りを滲ませる。
このままだとまずい。いつもなら逃げたかもしれないが、この無限牢獄では逃げることもできない。
「ならば……!」
窮地に追い込まれたレギオンは、策を弄する。
彼は死んだ自分の分体を複数出現させて、ルイシャを取り囲み視界を覆い尽くす。
死体なら倒されても自分にダメージは来ない。無数の自分を持っているレギオンだけが使える目眩しであった。
(これで決める!)
レギオンは自分の進路にある死体だけを消して素早くルイシャの後ろに回り込む。そして死体に埋もれ上手く身動きが取れなくなっているルイシャを、背中から殴りつける。
「死ね!」
ルイシャの首めがけて放たれる必殺の拳。
残りの命の一億が全て込められたその一撃は、いくら魔竜モードを使っているとはいえルイシャの命を奪える破壊力がある。
(魔法も気も使っている気配がない。終わりです!)
勝利を確信するレギオン。
しかしその決まり手となるはずだった拳は……ルイシャをすり抜け、空を切ってしまう。
「え」
唖然とするレギオン。
彼が打ち抜いたと思っていたルイシャは……レギオンの後ろにいた。
「妖精魔法、妖精の悪戯」
ルイシャの使ったその魔法は、少しの間だけ完全に模倣された自分の虚像を生み出すもの。その虚像にはなんの力もなく、ただ相手を騙すことしかできない。
しかしその代わり騙す能力は本物で、魔法を使った形跡すらも残さない最強の悪戯魔法なのだ。
ルイシャはこれを成功させるために妖精魔法の使用を控え、レギオンの頭から妖精魔法の存在を薄くさせていたのだ。
(これが最後の一撃……残った全ての力をぶつけるんだ!)
ルイシャに残されているエネルギーは少ない。
魔力、気力、鬼功、そして妖精の力。それら全てを総動員し、最後の一撃を放つ。
「終わりだレギオン。食らえ! 四天王牙!」
右の拳に魔力と気力を集め、更に鬼鉄肌を発動しそれらの力を凝縮させる。仕上げに妖精魔法『妖精の祝福』を発動し、肉体の力を極限まで高める。
四人の王の力が一つにまとまった拳は金色の光に包まれる。
その一撃はレギオンの腹部に命中し、彼の体を一瞬にして崩壊させていく。
「この、私が――――っ!」
レギオンは必死に抵抗するが、一度その技が完成すれば耐えるのは不可能。四つの強大な力が体内で膨れ上がり、爆発する。
「主よ……申し訳、ありま、せん……」
己の命が尽きるのを悟ったレギオンは、最後にそう口にし無限牢獄の中に沈むのだった。





