第12話 億万の群勢
「はああああ!!」
レギオンは百万人分の怪力でルイシャに猛攻をしかける。
彼は武術を習ったことはない。ただ本能のままに、腕を振り回しているだけだ。
しかし元は獣である彼は、その本能が人間よりもずっと優れいてる。動きに無駄はなく、的確に急所を攻撃している。
そう、的確に攻撃しているのだが……ルイシャはそれを全て捌き切っていた。
(見える。見えるぞ!)
ルイシャは鬼王サクヤとの修行により、気功術を更に高レベルのものに昇華していた。相手の予備動作を見るだけで行動が予測でき、それに対して最適の行動を取ることができるようになった。
おまけに今の彼には鬼の秘技『鬼鉄肌』もある。その体の硬さは鋼を超えている。いくらレギオンの力が凄まじいと言っても、鬼鉄肌を簡単に破ることはできない。
「ちょこまかと……いい加減に潰れなさい!」
苛立ったレギオンは大ぶりの一撃を放つ。
それを待っていたルイシャは、その攻撃をすんでのところで回避すると、お返しとばかりにレギオンの腹に正拳を放つ。
「鬼拳・鬼哭!」
鬼王サクヤ直伝の拳が突き刺さり、レギオンの体が激しく揺れる。
レギオンは歯を食いしばりその攻撃に耐えようとするが、体内を鬼の気功が迸り力が上手く入らなくなる。
(なんだこの力は!? 私が……死んでいく……!)
『鬼拳・鬼哭』は鬼功を正拳と共に相手の体内に打ち込む技。
体内に入った鬼功は体の中を暴れ回り、筋繊維や神経といったものをズタズタに引き裂く。ダメージはもちろんその痛みも凄まじく、それを食らえば屈強な鬼も泣いてしまうというところからその名が付けられた。
流石のレギオンもその痛みに耐え切ることができず、動きが鈍る。
その隙を突きルイシャは追撃しようするが。
「――――忘れましたか? 私は一人ではないのですよ」
突然二人のレギオンが現れ、ルイシャの両脇から襲いかかってくる。今までならその程度一蹴できたが、今は勝手が違っていた。
(この二人、ちゃんと強い個体だ……!)
新たに生まれた個体は既に『百万の群勢』の状態になっていた。
これで現在三百万人のレギオンが同時にルイシャと戦っていることになる。当然戦力としては凄まじいが、その分それらの個体がダメージを負うと、いっぺんに大量の命を失うことになる。
これはレギオンにとっても大きな賭けであった。
「「潰す!」」
二人のレギオンはその怪力でルイシャを押し潰そうと襲い来る。
眼前に迫る死。しかしルイシャはこの状況においても冷静だった。
「妖精魔法雪精の吐息」
ルイシャの周囲に凍てつくほど冷たい空気が放たれる。
それをモロに食らった二人のレギオンの体は凍りつき、動きが止まる。
妖精王ティターニアから教わった、妖精魔法。
それは目に見えないが確かに存在する、妖精や精霊の力を借りて行使する魔法のことであった。
妖精の力は無限ではないため、何度も連続して魔法を使うことはできない。しかし妖精は一人ではないため、複数の妖精と仲を深めれば妖精魔法の連続使用も不可能ではない。
ルイシャは様々な属性の妖精たちと仲良くなり、その力の一部を借りれるようになっていた。
「これで決める……!」
ルイシャは両腕に鬼鉄肌を発動し、その硬い腕で凍りつけたレギオンたちをタコ殴りにする。
何度も何度も、すり潰すようにレギオンを殴り、その体内に内包された多くの命を減らしていく。
二人のレギオンが完全に消滅したのを見たルイシャは、唯一攻撃から逃れていたもう一人のレギオンに目を向ける。
「どうですか? 結構減らせたんじゃないですか?」
「ふふ、ええ……おかげさまで」
レギオンは笑みをたたえながらも、その顔色は見るからに悪くなっていた。
今までどれだけ倒しても手応えがなかったが、どうやら無限牢獄の中ではちゃんとダメージを与えられているようだ。
ルイシャは心の中で異空結界を教えてくれたティターニアに感謝する。
「ここまで私が一度に減ったのはいつ以来でしょうか……。数百年前に一度あった気がしますが、昔すぎて忘れてしまいました」
「貴方はそんなに昔から創世教で活動していたんですか。貴方の言う『神』にそこまで尽くす価値は本当にあるのですか?」
「ふふ……当然です。主は至高の存在、あの方の為であれば私はなんでもできます。ゆえにあの方に気に入られながらも、邪魔をする貴方のことが私は憎い」
「僕を気に入っている……?」
身に覚えのないことを言われ、ルイシャは困惑する。
なぜかは分からないが、いつのまにかレギオンの言う神に認知されていたようだ。
「主は少し遊びすぎるところがあります。勇者の末裔も貴方も、まだ泳がせて楽しむおつもりだ。しかし……君たちは遊ぶには危険すぎます。ここで確実に潰させていただきます」
レギオンがそう言うと、彼の体が更に大きく膨れ上がる。
全身の肌が黒く染まり、肌は鋼のように硬くなる。角は更に伸び、歪に曲がる。穏やかだった風貌は消え失せ、まるで悪魔のような悍ましい見た目になる。
この形態こそがレギオンの奥の手。
かつて誰にも、彼が崇拝する神にすら見せたことのない、本当のとっておきであった。
「『億万の群勢』。億の私を一つにまとめました。これが私の最強の姿。殺しても戻ってきた貴方に敬意を表し、全力で潰させていただきます」
音もなく、レギオンの姿が消える。
すると次の瞬間、彼の拳がルイシャの腹部に突き刺さる。その速さは今までの比ではなくルイシャは目で追うことが全くできなかった。
「が……っ!?」
軽く小突かれただけでルイシャは吹き飛び地面を転がる。
内臓がひっくり返ったような痛み。胃の中を吐き出しそうになるが、なんとかこらえる。
(な、なんて力だ……! 鬼鉄肌を全開にしていなかったらお腹が破裂していた……!)
ルイシャは気功で体内を修復しながら起き上がる。
するとレギオンが彼にゆっくりと近づいてくる。
「よく立てましたね。ここまで粘った褒美にいいことを教えてあげましょう。私の内包する私の数は『四億』。つまり四億回私を殺すことができれば、私は絶滅します。果たしてあなたにそれができるでしょうか?」
「それは……無理かもしれませんね。今の僕なら」
ルイシャの含みのある言い方に、レギオンは眉をひそめる。
力の差は圧倒的。無限牢獄に閉じ込められている以上、逃げることも不可能なはずなのになぜ余裕があるのか。レギオンには理解できなかった。
「ずっと貴方が本気を出すのを待っていたんです。このモードはあまり長い間使っていられませんから」
ルイシャは深く集中すると、体の奥に眠る力を解放する。
今までルイシャは力をセーブして戦っていた。鬼功と妖精魔法は魔力と気功を消費しない。ゆえにルイシャはこのモードを存分に使う力を残しておけたのだ。
「魔竜モード、オン」
ルイシャの体内から魔力と気が溢れ出し、彼の体を作り変える。
角と尻尾が生え、魔族と竜族の特徴を併せ持った姿。魔力が形を持ち、マントとなり彼の体を覆う。
前回戦った時は、レギオンの本気を引き出す間もなくこの形態になり、そして負けた。
しかしルイシャは鬼王と妖精王に教わった力を使うことで、この時まで魔竜モードを温存することができた。
「なるほど。これでお互い本気というわけですか。戦いは過程ではなく結果だと考えていますが……少しだけ心が躍りますね」
「これ以上僕の大切な人に手は出させない。お前は無限牢獄で、僕が倒す!」





