第11話 哀れな子羊
「カールシープは特別な能力を持たぬ、か弱き羊でした。彼らはその非力さを補うために繁殖能力を上げ、更に同族間で連携を取った行動を取るようになりました」
レギオンはその羊の説明を続ける。
ここまではどこにでもいるような動物の話だ。しかしそこからカールシープの物語は急展開を迎える。
「彼らの生存戦略は成功しました。いえ、成功しすぎました《・・・・・・・・》。彼らはその繁殖能力の高さもあり、瞬く間に数を増やしました。世代交代の頻度が上がることで進化の速度も急激に上がり、同族間の連携能力も飛躍的に上昇、彼らの脳は同期され、思考は一つになりました」
「そんなことが……」
確かに世界にはまるで一つの個体かのように連携の取れた動きをする『群れ』が存在する。魚は群をなし自分たちを大きく見せ、蟻は会話ができなくても息の合った連携をとることができる。
しかしそれでも群れで完全に思考が一つになるなど、聞いたことがなかった。
「その数の前に天敵はいなくなり、カールシープの増殖速度は更に増えました。そしてカールシープが三つの山と七つの平原を覆い尽くした時、彼らは悟りました。このままでは食べる物がなくなり餓死すると、そしてその直前には自分同士を食べ合う惨劇が起きてしまうことを避けることができないとも、同時に悟りました」
一つの動物が増えすぎると、その動物の食べている物は当然減ってしまう。
しかしそうなるとその増えた動物を捕食する動物が増え、崩れかけていた生態系のバランスを整えてくれる。
そうして命の循環は回っているのだ。
しかしカールシープの進化速度はその循環が追いつけないほど速かった。結果彼らは食物となる草を食べ尽くし、絶滅の道を進んでしまったのだ。
「彼らは自らの進化を呪いました。必死に生き、進化した結果がこれなのかと。このまま絶滅を受け入れるしかないのかと、絶望しました。しかしその時……奇跡が起きたのです」
レギオンは恍惚とした表情をしながら、言葉を続ける。
「天より『神』が現れたのです。異常な進化を遂げたカールシープに興味を持った主は、哀れな子羊を救うことに決めて下さったのです」
「神……?」
唐突な神の登場に困惑するルイシャ。
本当にそんなものがいるのか、と尋ねたくなるが質問が挟める間もなくレギオンは言葉を続ける。
「主は数え切れぬほど増えた羊を、奇跡の力で一つの体にまとめてみせました。そしてただ増えることしか能のなかった羊に新しい体と、生きる意味を与えて下さったのです」
「なるほど……そうして生まれたのが貴方、ということですか?」
ルイシャがそう言うと、レギオンはにこやかに笑い「察しが良くて助かります」と口にする。
「私はあの方によって深い絶望から救われました。ですから私はあの方の言うことは全て聞きます。あの方の理想とする世界を作るためであれば……私は喜んでこの命を投げ捨てます」
そう語るレギオンの肉体が、ボコボコと隆起し始める。
筋肉が膨張し、体がどんどん大きくなっていく。
肌は浅黒くなり、角も長く鋭利なものになる。ものの数十秒でレギオンは別人のような姿になってしまう。
もとは中肉中背の一般的な体型だったが、今の背は二メートルを超え、筋骨隆々の化け物になってしまった。体から放たれる魔力や気も最初とは比べ物にならないほど大きくなっている。
そのあまりの変貌に、ルイシャも身構える。
「これはいったい……」
「私には二つの異律があります。一つは膨大な数の命を一人で持っているという多命の律。そしてもう一つがどんなに大きな怪我を負っても、一つの命を犠牲にすることで他の命を守る犠牲の律。この空間に閉じ込められたせいで後者は使えなくなりましたが……私が大勢いることは変わりません」
レギオンが今までどんな大怪我を負っても平気だったのは、その度に自分が持っている命の一つを消費しダメージを肩代わりさせているからであった。
その能力の名こそが『生贄の山羊』。
レギオンは体内にいる自分同士で繁殖しており、その数は今も増え続けている。それゆえ正面から戦ってもレギオンの命を減らす速度が増える速度を上回ることはない。
しかし『生贄の山羊』は無限牢獄による律の上塗りで消えた。
今のレギオンは大きなダメージを受ければ、そのダメージ分の命を消費するようになった。
ならば数を増やすのは得策ではない。力を分散するのではなく、『集中』した方が受けるダメージは少なくなる。
「『百万の群勢』。その名の通り、今の私は百万人の私を一つにまとめた力があります。今の私を倒すことができれば、一気に百万人の私を殺すことができます。しかし……」
その刹那、レギオンの姿が消える。
右から気配を感じたルイシャが腕でそちらを防御した瞬間、腕に激しい衝撃が走る。見ればレギオンの太い腕で殴られていた。
咄嗟に気功で腕を硬くしたにもかかわらず、骨にまで衝撃が届いていた。
「ぐ……っ!」
「百万の私を相手にたった一人で勝てますか? 貴方がどこまで戦えるか……見ものです!」
ついに隠していた力を解放したレギオンは、その剛力を振るいルイシャに襲いかかる。





